第百九十話【松山桜:あの子の世界】
ある夜のこと。
一年前に亡くなった母が夢に現れ、驚いた。
「はあ、やっと帰ってこれたよ」
そう言って、茶飲み話でも始めるみたいに行方不明になった長男の話を始めたので、私は実家の縁側にいるようなつもりで話を聞いたわ。
春の日差しの古い家。近くの竹林がさわさわと風で揺れる。
久しぶりの母さんは相変わらずで、どうやら長男も無事だと知ってほっとした。あの子ってば、そんなに遠くまで行っていたのね。
竹雪は無事に運命の人に会えたらしい。
よかったわ。
安堵とともに涙が……
目が覚めて、私は私の部屋で起き出した。
ある街のちょっと大きい庭付き一軒家。
夫が医者で身入りもいいので、二番目の子供が生まれた頃に建てた家。寝室は夫婦同室より個々で欲しいと言ってわけてもらったの。
さて、竹雪の居場所は分かったけど、どうしましょうね。
夫はまだ、私たち一族のことを知っているからいいとして。二人の弟妹に兄と母親の正体を話さなければならないかしら。
荒唐無稽な話を普通に育ったあの子たちに伝えるには、荒唐無稽な私の力を教えなければ始まらない。
とりあえず、朝は夫も子供たちもいつものように送り出し、夜にでも話しましょう。次男は中三、長女は中一で部活はしてない。今日は夫も夕飯時に帰る予定だし。
そうして、日が暮れて家族揃って夕食をいただいた。
なんとなく、竹雪が好きだったものばかり作ってしまったわ。炊きたてご飯にだし巻き卵。唐揚げにハンバーグ、お芋のサラダに具沢山のお味噌汁。
夫は「豪勢だな」としか言わなかったけど、次男と長女は何かを察した顔になったわ。私の様子を見ながら忙しなく食事を終えた子供たち。夫の食事が終わるのを待って、食器を下げてお茶を淹れる。
食事が終わっても、みんながテーブルに着いたまま。
最初に口を開いたのは次男だった。
「母さん、もしかして兄さんのこと、何かわかったの?」
やっと夫もハッとした。
私は隣に座る夫を見て、正面の席に座る次男と長女を見た。
そして、小さく深呼吸して話を始める。
「昨夜ね、夢におばあちゃんがやって来て教えてくれたの。竹雪は異世界に行って運命の人と幸せになったって」
次男と長女は変な顔になった。
隣の夫は首を傾げてる。
「母さん、それじゃ草助も小菊もわからないよ。俺もわからないし。もう少し詳しく話してくれ」
「違うだろ!」
夫が聞き直そうとしたら、次男がテーブルをバンと叩いて怒鳴った。
「母さんごめんなさい。あたし、母さんがお兄ちゃんのこと心配してないみたいで腹が立ってたけど、実はおかしくなるほど心配していたんだね。父さん、母さん入院した方が良くない!?」
長女までおかしなことを言い出しちゃったわ。
半年前から電話をしても出なくなり、念話を送っても返事をしなくなった竹雪。それでも不思議なほど不安がなかったのは、おばあちゃんが一緒に行っていたからだと今ならわかる。それに、運命の人とも会えていたし。
ただ、夫と弟妹たちは大慌てだったわ。
警察に相談に行ったり、村の人に聞いて回ったり。
「竹雪も書き置きでも残してくれれば良かったのに。ああでも、突然召喚されてファンタジーな廃墟に呼び出されちゃって大変みたいだったから仕方ないわね」
「あ、ああああ」
「父さん、父さんっ、母さんを診てあげて!」
「いや、その、母さんはおかしくないはずだ、たぶん」
たぶんなんて失礼な。
「ちゃんと初めから話さなきゃ、わかりにくいわよね。あのね、母さんとお兄ちゃんとおばあちゃんは、超能力者なの。ご先祖様が神様にお供えされた生贄の出戻りで、その血が脈々と──」
「うわぁぁっ、母さん、しっかりしてくれ!」
「神とか言い出しちゃったよっ、変な新興宗教にハマってないよねっ!?」
どうしましょう。
パニックになっちゃったわ。
竹雪が一族の中でもとりわけ大きな力を発現させ、私では育てられないと相談した時の良之さんみたい。良之さんは私が育児ノイローゼになったと騒いで謝って混乱してたわ。
ああ、あの時は父さんが説明してくれたんだっけ。
隣の夫、良之さんをチラリと見たら困ってしまってあわあわ言ってる。
ダメだわ。
仕方ないわね。困った時は実力行使。
私は、喚く子供達をふわりと浮かせた。ついでに夫と私も浮いてみた。一軒家で天井の高いリビングでよかったわ。
「へ……?」
「んなっ!? んななっ!? 何これ!? 飛んでる!?」
「おおっ、久々だ! 母さん、このまま空を飛ばないか?」
「ダメよ。お話の途中よ良之さん。それに私は三人も連れて飛ぶ自信はないわ。おばあちゃんと竹雪なら二、三十人持ち上げるでしょうけど」
ポカンとしていた子供二人は、だんだん頬が紅潮してくる。
「うそ、本当に? 本当に超能力者なの!? なんでもっと早く言ってくれなかったの!」
「母さん、俺たちは!? 俺たちもいつか超能力使える!?」
あらら。信じてくれたのはいいけど、答えにくいことを聞かれたわ。
「あのね、胎児の頃に発現しないと力は継いでいないのよ。竹雪はお腹に宿った時から何度も力を暴発させて、母さん何度も爆発しそうになったのよ」
「「え……?」」
「竹雪は体が弱かったでしょ? 溢れる力は抑えるのも使うのも、とてもとても疲れるの。何度も熱を出して倒れたし。力の暴走は母さんでは止めてあげられなかった。だから母さんより力の勝るおばあちゃんに竹雪を預けるしかなかったのよ」
本当は、良之さんと別れてでもあの子と一緒に田舎で暮らしたかった。でも、草助が生まれ私は良之さんと街で暮らすしかなくなった。母さんが、力を持たず生まれた子と竹雪を、一緒に育てることを頑として拒んだから。
「あなたたちのひいおばあちゃんはね、力を受け継がなかった兄弟と骨肉の争いの果てに兄弟そろって無惨な死に方をしたらしいの。おばあちゃんはあなたたちがそうならないよう、ずっと苦心していたわ」
「「…………」」
私は大きく息をつく。
「疲れたから、下ろすわね」
みんなを椅子に下ろして元の位置へ。
はあ、と、もう一度ため息。
「なあ、母さん。兄ちゃんの話を聞かせてよ」
「あたしも聞きたい。ちゃんと聞くから。ね?」
よかった。
私の子供たちはみんな良い子よ。
「じゃあ、何から話しましょうか。そうそう、あの子あちらで結婚したらしいわ」
「結婚!? あの兄ちゃんが!?」
「うわあっ、知らずにお姉ちゃんができてたの!? どんな人!?」
「お姉ちゃんもだけど、お兄ちゃんとお兄ちゃんもよ」
「「へ?」」
「小間使いから女王様になった女の子と、美形の賢者とイケメンの魔王様が夫になったって。みんな運命の人なんだって」
「何それ!?」
「盛りすぎ!」
「母さん……俺も気になるが、順番に話してくれないか? 理解が追いつかん」
「わかったわ」
それから、私はおばあちゃんから聞いた異世界での話を一晩かけてゆっくり話した。草助と小菊は翌日学校を休んで竹雪の子供の頃からの話を聞いてくれた。良之さんはお仕事だから出掛けたわ。がんばってね。
話していると、あの子のことをいくつもいくつも思い出したわ。
竹雪は神気の強い子で、欲望でも希望でも強い願いを持つ人を惹きつけた。
義務教育くらいはと、行かせた小学校でも中学校でも少し面倒なことは起こっていたのよ。おばあちゃんとおじいちゃんがうまく始末をつけてたけれど。
親がいないなら養子に欲しいとか。成人してからもやたら見合い話を持ってこられたりとか。そんなことも多々あった。
おばあちゃんの神域から出すのが難しい子だったわ。
本人も、なんとなくわかっていたからずっと一人で生きることばかり考えていたのよ。
だからおばあちゃんは、運命の人の話をいっぱいしたわ。
一人でいいから、心の拠り所を求めなさいと。
それがまさか、こんなことになるなんて。
さすがね。竹雪。
次の休みには田舎のおばあちゃん家に行って、秘密の温泉に行くことになったの。竹雪が掘ったと言ったら二人は驚いていたわ。
おばあちゃんのお家はそのまま維持して別荘にし、時々温泉へ行くことに決まったわ。神域結界は大変だけど、来るたびに強化すればなんとかなりそう。セキュリティは万全にしておきたいもの。
あの子が、帰ってくることはないけれど。
竹雪は、いつかどこかへ行ってしまう気がしていた。
あの子が自由に、生きやすく、幸せになれるならそれでもいいと思っていた。かなり不安はあったけど。
でも、ちゃんと幸せになれたのね。
それから半年ほどした頃。
おばあちゃん家の縁側で、試みに竹雪に念波を送って通じた時は驚いた。
新しい話を、家族に聞かせてあげなきゃね。
〜おしまい〜
竹雪の運命の人を見つけるお話はここでおしまいです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
この後、少しだけ後日談が続きます。




