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牛飼いと守護精と  作者: 久保 公里
第13章

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第13章-29 ハギノ

 「あ、あなたは……」


 アイネズが誰かわかっているのだろうが、名前が出てこないようだった。それも無理はない。アイネズが領主になったとたん、あのライモンの暗殺騒ぎだ。キブシにしても、新しい領主の名前は聞いてはいただろうが、思い出すことはなかったのだろう。


 「ご領主さまにご挨拶申しげます」


 ハナナは野菜の入った籠を手にしたまま、一礼した。フヨウのように優雅とまでは言えないが、それなりに様になっている。さすがに前領主夫人の侍女をしていただけはあった。


 「ハギノか」


 アイネズは偽名ではなく、本名で彼女を呼んだ。ぴくり、とハギノの肩が揺れる。


 「あなたにも話があります。これから食事の支度なら、先のほうが良いでしょう。ハナナ、少しの間、彼女を借ります」


 「かしこまりまして」


 にっこりと微笑んで、ハナナは一礼する。


 ハギノは先に立って母屋に入っていくアイネズと、ハナナを困惑したように交互に見やった。ハナナが後押しするかのように、そっと彼女の背中を押した。それに勇気づけられたかのように、瞬間ハナナを見つめてから、アイネズの後ろに従って中に入っていく。


 ライモンは、アイネズがまるでこの母屋の主人であるかのような態度に、少し気を悪くして同じく入っていった。そして、そのあとを、モエギ、ロウゼンやアカネ、セイジュが続いていく。ちゃっかりシラフジもそこにはいた。


 さすがに、アイネズの護衛の騎士たちはアイネズに制止された。彼らは戸惑ったようだったが、母屋のまわりを警護するように言われて、しぶしぶと従っていた。


 いつもの慣れ親しんだ部屋が、急に狭く感じられた。それもそうだろう、父が亡くなるまでは四人で、亡くなってからは三人で暮らしてきた部屋だ。そこに今は三倍近い人がいるのだ。狭く感じるのも仕方あるまい。


 ライモンの想いをよそに、アイネズがハギノに視線を向けた。ハギノは目を伏せたまま、アイネズの言葉を待っている。


 「さて。此度の騒動の処分が正式に決まりましたので、遅まきながらご報告いたします」


 アイネズはまず、ライモンに向かって言葉を紡ぎ、軽く一礼した。ライモンが軽くうなずく。


 「ハギノ」


 名を呼ばれて、ハギノの肩がびくりと動く。だが、目は伏せたままだった。それが領主に対する礼儀なのか、不安を押し隠しているためかは、ライモンにはわからない。


 「そなたの夫、領主館の守護隊長であったアカガネの処分が決まった」


 過去形で話すアイネズに、ライモンははっとした。つまり、すでにアカガネは守護隊長ではないということだ。


 それはほかのものも分かったようで、そこかしこで小さく息をのむ音が聞こえてきた。


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