第13章-28 アイネズとハナナ
「あらまあ」
驚いたように、ハナナは口元に手を当てた。ライモンはほっとして息を吐きだした。
「申し訳ありません、ライモンさま。前を見ておりませんでしたわ」
「ああ、ぶつかる前でよかった」
「ありがとうございます。表が騒がしいので、そろそろお昼の支度かと思って、キブシさんと話をしておりましたの。あら」
そこでようやく、ハナナはライモンの背後を見やった。そして、知った顔を見つけて、相好を崩した。
「あら。あらあらまあまあ」
ハナナはすいっとライモンの手を離れて、前に出た。アイネズが少しだけ困ったような笑みを浮かべて、彼女に向かって手をあげた。
「やあ、ハナナ」
「坊ちゃま」
アイネズのあいさつもそこここに、ハナナはさえぎって声を上げた。それを聞いた瞬間、アイネズの笑みが片方だけひきつった。だが、それに気付かぬように、ハナナは嬉しそうにアイネズのそばに来た。
「あらあら。坊ちゃままでこちらにおいでになったのですね」
悪気は一切ない声音に、アイネズは片手で顔を覆った。
「ハナナ。坊ちゃまはやめろ」
「あらまあ」
一瞬、ハナナは口元を手で覆い、それからくすくすと小さく笑った。
「申し訳ございません。そうですわね、ご領主さまになられたのですから、坊ちゃまはおかしいですわね。旦那さまか、お館さまとお呼びしなくてはね」
「そうしてくれ」
アイネズは吐息を落としながら、そう言った。それから、ライモンに苦笑めいた笑みを向けた。
「ハナナは以前、私の乳母をしておりましてね。小さい頃の呼び名をつい読んでしまうようです」
「アイネズさまもですか」
「も?」
ライモンが似たような笑みを浮かべると、アイネズが小首をかしげた。ライモンは吐息をついてうなずく。
「はい。俺も坊ちゃんって呼ばれるんです。やめてくれと言ってるんですけどね」
誰に、とアイネズは口には出さなかった。ライモンが親指でロウゼンを指し示している。ああ、とアイネズはうなずいた。
「なるほど」
それから、アイネズはライモンの肩を抱いた。
「同じ者同士、ということですね」
仲間を得たかのように、アイネズはにっと笑ってみせた。ライモンはその笑顔と言葉に刹那、あっけにとられたが、すぐに笑みを返した。
「ハナナさま」
母屋の中から女性の声がして、そのあとで姿が現れた。キブシだった。手に持つ野菜を見ながらだったから、ライモンたちには気付いていないようだ。
「これはどういたしましょうか」
それから顔を上げて、そこにライモンたちだけではなく、アイネズとその護衛の騎士たちがいることに気づいた。驚きに顔がこわばっている。




