第13章-15 威を借りる
「ご領主さま?」
はっと何かに思い当たったかのように、ライモンは繰り返した。それからシラフジを見やる。彼女はライモンの想いに気づいたようにうなずいた。
それに気付かぬように、トビが続ける。
「おまえも知っての通り、うちのおやっさんはご領主さまと、それは懇意でな。誰の土地でもないのはご領主さまの土地と同じことだから、好きなように使っていいとお許しいただいているんだよ」
「へえ」
今度はライモンが少しだけ小ばかにしたように物言いをした。それにトビがやや眉を上げる。
「ご領主さま、ねえ。どこのご領主さまだよ」
ライモンは挑発するかのように言葉を続けた。一瞬、トビがたじろいだようだった。それから、持ち直したかのように、鼻を鳴らした。
「どこのご領主さまだあ。この領のご領主さまに決まっているだろう。おまえ、知らないのかよ」
「へえ。じゃあ、そのご領主さまのお名前は、なんていうんだ」
「名前?」
トビとカチは顔を見合わせた。おそらく、知らないのだと思う。領主一族の人の名前なぞ、平民だと知らないものも多い。口にするのもはばかられる、というものもいる。彼らにとって、ご領主さまはご領主さまであって、名前を持った人の子だという認識はないのだろう。
ライモンも、かかわりがあるから知っているだけで、ここで暮らすには領主の名前なぞ知らなくても生活できる。それほどに、彼らとライモンたちとでは交わることはない。
「知るかよ」
怒ったように、トビが叫んだ。その声に、ライモンははっと我に返る。
「領主さまの名前なんか知らなくても、領主さまは領主さまだろう。ずっとここを治めてきたんだ。えらい人なんだぞ。そんな人と、うちのおやっさんは懇意なんだ。すげえだろう」
「はいはい、すごいすごい」
小ばかにしたようなライモンの言葉に、トビはさらに怒ったようだ。だが、ライモンは気にも留めなかった。
「確かに領主さまはえらいんだろう。だが、領主さまが偉くても、おまえらが偉いわけじゃない。なんでそんなに威張れるのかな。おまえらは牧童だろう、俺と同じように」
そう言った瞬間、ぷっと吹き出すような音が聞こえてきた。ライモンが振り返らなくても、シラフジが声を出さずに笑っているのがわかった。肩が小刻みに震えているのが、なんとなく伝わってくる。セイジュも同じようなものだった。
トビは顔を赤くしていた。カチはどうしていいのかわからぬように、ライモンとトビを交互に見やっている。
「ライモン、おまえ、俺たちを馬鹿にしているのか」
トビの低い声に、ライモンは片手を振った。
「バカにしてるんじゃない。ただ、事実を言っているだけだ。おまえは領主さまの威を借りているだけだろう」
正論ではある。だが、それがさらにトビをあおったようだった。トビはいきなり腕を振り上げ、ライモンに殴りかかってきた。
それにすぐに対応したのは、モエギだった。低い姿勢からすっと前に出ると、突き出された腕を掬い取るようにして、音もなくふわっと投げた。おそらくトビは宙に浮いた感覚だけがあっただろう。それから背中をしたたかに打つ。
「ぐっ」
衝撃で胸の空気が全部出たような声が、トビの口から漏れた。モエギは表情一つ動かすことなく、トビの腕を取ったまま肩を押さえた。
「なっ」
「ライモンに害を及ぼすことは許しません」




