第12章-45 必要
だが、その初めての体験は、悪いものではなかった。いや、楽しかったと言っていい。
「よい方でしたね」
モエギが隣でライモンに笑いかけた。ライモンはうん、とうなずいた。
「王都の貴族のお姫さまなんて、もっといけ好かない、あ、いや、なんていうのかな、気取った? そんな感じだと思ってた。領主さまの奥方みたいな、俺なんか歯牙にもかけないというか、汚いものでも見るかのようなまなざしで見るもんだと。でも、フヨウさまは違ったな」
「ライモンが次期さまと知っておられるからでは?」
モエギの言葉に、ライモンはうーんと考え込んだ。だが、いくら考えても、フヨウからはそんな感じはしなかった。
「そりゃ、知ってらっしゃるんだけどさ。俺が次期だからと言ってへりくだったり、おべっか使ったりしてる感じはなかったな。ごく普通に接してくれてる感じだった。母さんは、どう思った?」
ライモンはアカネに振った。アカネは微笑みながら返す。
「そうね。フヨウさまはいつもどおりにされているように見えたわ。でも、おそらく、あの方のほうが珍しくて、領主さまの奥方さまのほうが一般的だと思うわ。違って、シラフジ」
今度はアカネがシラフジに訊く。シラフジは黙ったまま、軽く手を広げて肩をすくめただけだった。そして、それが答えだった。
それを見やって、ライモンとアカネは苦笑した。モエギは小さく笑っている。
ふと、ライモンは真顔になって、母に向き直った。アカネがおや、という表情で小首をかしげて息子を見る。
「さっき、母さんは」
ライモンは思い出しながら言った。
「フヨウさまに、また会おうって約束してたな」
アカネは小さく微笑んで、かすかにうなずく。
「ええ、そうね」
「じゃあ、母さんはもう決めたのか、王都に行くって」
ライモンは息をのんで母の答えを待った。
だが。
アカネはゆっくりと首を横に振った。え、とライモンが小さく驚きを隠せない声を上げた。眼がまんまるに見開かれる。
「でも、フヨウさまと約束してたじゃないか。フヨウさま、あんなに嬉しそうに」
「そうね。約束したわ」
アカネは微苦笑する。それは、ライモンが見たことがない表情だった。
「母さん……?」
「約束はしたけれど、それが果たされるかどうかはわからないわ。けれど、あの時はそう言ったほうがいいと思ったの。なぜだか、フヨウさまはその約束を必要とされているような気がしたから」
「必要?」
「ええ」
アカネはかすかにうなずいた。
「どうしてかしらね。そんな感じがしたの。そう言わなければ、フヨウさまが泣いてしまいそうな、そんな感じがして。気が付いたら、約束していたわ」




