19.転移
眠りに就いて漠然とした俺の意識は、女神さまの世界に来た時と同様に突然覚醒した。横たわったまま周囲を見ると、今居る場所は岩の上のようだった。
『ここは……』
上体を起こして一段高い視点で周囲を見る。見渡す限りの広大な海が広がっていた。どのくらい広大かと言えば、どの方角を見渡しても自分がいる岩場以外の陸地が見えない。
『そうだ。俺は転移したんだったな』
どうしてこの場所にいるかを思い出す。俺は女神さまの用意したでかい枕で眠りに落ちてここに来たのだ。
俺が乗っている岩は陸の孤島というにもあまりにも小さく心もとない。ただの数人しか乗れないほどの小ささで思わず心細い気分になってしまう。
ここが女神さまと一緒にいた世界とは別の場所だということがわかる。水だけの風景なのは今まで通りだが、この空間には母のような温かみがない。
岩はゴツゴツとしているし、海は時折大波を立てて荒れ狂っている。海というものは本来このような場所だとはわかっているのだが、女神さまに甘やかされてすっかり牙を無くした俺には恐ろしく見えた。
唯一安心できるのは海が青いことだろうか。そこだけは女神さまの世界と共通しており、その青さを見ていると少し心が安らぐのだった。
『女神さまは……居ないな。まだ来ていないのか』
俺の一番の不安の種は水の色でも、先ほどとは違う世界に居ることでもない。傍に居てくれると安心できる存在が欠けているからだ。
俺にとって女神さまは居てくれれば安心できるし、逆に居なくなれば心が不安で千々に乱れてしまう。
長く一緒に居るうちにその存在はとても大きいものになっていた。何者にも代え難い特別な人だ。
何か事情があって遅れているのだろうか?それとも予期せぬトラブル?さまざまな要因を考えながらやきもきしていると、目の前の空間に穴が開いて光が漏れ出てくるのがわかった。
固唾を飲んでその光を見ていると、徐々に穴が広がって光も強くなる。はたしてそこから現れたのは女神さまだった。何故か口元を手で隠している。
『……うん。着きましたね。大海さん、お待たせしてしまいました』
『あっ……はい。大丈夫です。俺もさっき来たところなので……』
不安に駆られていたところに女神さまが来てくれて、それで安心したからか思考が途切れてしまった。妙に心が浮き立っている。
『大丈夫ですか?少しぼんやりしているようですが……』
『はっ、はい。女神さまに会えたら何だか安心しちゃって』
『ふふっ、待っていてくれたのは嬉しいですね。お待たせしてすみません』
『いえ、大丈夫です。……ところで女神さま、どうして口元を手で覆っているんでしょうか?』
俺と話している最中もずっと口元を手で覆っているので気になった。そして俺が質問すると顔が真っ赤になってしまう。
『いっ、いえ……。特に何があったという訳ではないんです。ただ、気分の問題でして……大海さんの寝顔を見ていたら時間を忘れて見入ってしまって、特に唇が気になって目が離せなかったとか、そういう訳では……』
女神さまはしどろもどろになっている。かわいい。そんな女神さまを見ていたら心が豊かになってすっかり落ち着いた。
女神さまはまだしどろもどろになっているが、俺は微笑ましいものを見る目でそんな彼女を見つめていた。




