E組
畑本がいう『おもしろいこと』が起きたのは、それから数日後のこと。
この日の櫻田は東間・茅野瀬と一緒ではなく、一人で学校へ登校していた。
学校の正門まで来ると、そこには数人の生徒が立っており登校してくる生徒に挨拶しては何か話し
かけていた。よく見ると、正門前の生徒達は皆風紀委員の腕章を付けており、その中に東間の姿があ
った。
「なんだ、風紀委員の仕事だったのかよ」
櫻田は東間からは『明日一緒には行けない』としか言われていなかったため、今日風紀検査がある
ことは知らなかった。
小・中学でもあったことだが、正門前に生徒が数人いて『おはようございます』と声を掛けられる
となんだか緊張して歩くスピードが遅くなる櫻田。だが、ここを通過しなければ、学校に入れない。
「はーい、そこのガールっ!」
「っ!?」
櫻田が正門をくぐるかくぐらないかでもたもたしていると、一人の女子風紀委員が駆け寄って来た。
「おはようございまーす!」
「おっ…おはようございます…」
朝からテンションが高い大きな声。そして、160以上はあると思われる長身が櫻田に恐怖を与える。
「風紀委員二年E組の百合友笑子です!よろしくお願いしまーす!」
「どっ、どうも…」
「では早速、風紀検査を開始しまーす!」
「えっ、ちょっ…」
百合友は風紀検査と言って、櫻田の背後に回り込み突然くすぐり攻撃を開始した。
これは何かの罰ゲームか?と疑問を抱きながらも、櫻田は彼女の言う風紀検査になんとか耐えた。
「ご協力ありがとうございまーす!特に怪しい物、持ってなかったのでこのままどうぞ」
「あっ…はい」
櫻田は彼女から逃げるように正門をくぐって教室へ向かって走り去って行った。
…その日の昼休み。
「あはははははっ…!!!」
「笑いごとじゃないぞ、東間」
「ごめんごめん。まさかあんなことになるなんて…あはははっ」
「あぁ…ひどい目にあった…」
東間は櫻田の風紀検査を目撃していたが、それを止めず黙って見ていたらしい。
自分も風紀委員として仕事をしなければならないということもあったが、それは建て前。
本音は面白そうだったからあえて見逃し、止めなかったのだ。
「ねっ?しょーこちゃん、おもしろいでしょ?昔からなんだよ」
「本当、道久君のいう通りだったわ。見た目大きくて怖そうだったけど、喋ったら面白い子だね」
東間と畑本の二人だけ会話が盛り上がっている。
だが櫻田はテンションが下がっていて、稲井は黙って聞いてるのみ。
かなりの温度差だった。
「道久君って百合友さんと仲良いの?」
東間が畑本にそう尋ねると、「ううん。同じ初等部から上がってきたってとこ以外は全然」と、
意外な返事が返ってきた。
「えっ?じゃあ、なんで…」
隣で聞いていた櫻田が尋ねる。
それは東間や稲井も同じ疑問だった。
櫻田や東間は一年C組、D組だったため、何度かクラスを訪れたことはあったが、E組に足を踏み
いれたことは一度もない。そもそも友人やなんらかの用事がなければ、行く機会もないだろう。
今回は畑本がE組へ行こうと言いだしたことから、放課後に皆でE組の教室を訪れることになった
のだった。
「E組は元々、出席日数不足者が集まった臨時のクラスとして作られたものらしい。だが、今は
成績や出席日数関係なく…「二年E組へようこそ!」
宮間の説明が途中、大きな声でかき消されてしまった。
その声の主は、今日風紀検査で会った百合友笑子。
「いやぁ~E組って先生以外は誰もこないからさ。こういうの嬉しいなぁ~」
E組のクラスは櫻田達と同じ階にあるのだが、クラスメイトや教師以外は誰も来ないと言う。
なので他のクラスの人がやって来ると嬉しいらしい。
「あっ、皆に紹介するね。あそこの隅に隠れてるのが、うちの委員長!」
あそこと言われても分からないだろうが、正確には黒板横の隅。カーテンで身を隠している男子
生徒のことを指している。
「恥ずかしいから帰るって聞かなかったんだけど、皆が早く来てくれたから帰れるに帰れなくなっ
ちゃって。あーやってカーテンにくるまってるの」
頭隠して尻隠さずというよりは、身体隠して足隠さず。
顔は見えないが、身体はほっそりしていて背も高い。だが、櫻田達が注目していることが分かるの
か、ぶるぶる震えている。
「だらしがねぇーな。いつまでもガキじゃねぇんだから、しっかりしろよ」
するとどこかから眼鏡を掛けた短髪の男子生徒が現れ、カーテンにくるまっている委員長の頭めが
けてゲンコツをくらわした。
「あっ、ちなみにあれは委員長の影武者ね」
「影武者じゃねぇよ!双子だ!」
「あーそうだった。そうだった!」
「いい加減覚えろよ、このクソ女!」
「二川廉太郎君と二川琳太郎君は一卵性
の双子で、カーテンで隠れてるのがお兄さんの琳太郎君。こっちの怒ってる方が弟の廉太郎君だよ」
畑本が百合友に代わって二人の自己紹介をする。
「どうも。兄の代わりに代理委員長を任されている弟の廉太郎です」
人見知りなのだろうか、先程の殺気は感じられない。
初対面ではあるが、一卵性の双子で兄と弟でこれだけ違うのは違和感がありすぎる。
「この通りうちは陰気なクラス。他のクラスとの交流は学校行事以外ほぼ皆無に等しいです」
「でも、みんながみんなそんなんじゃないですよね?」
「もちろんです。ただ…」
「ただ?」
「みっ、皆…E組の担任の影元先生の影響を受けて…知らず知らずに性格が暗くなって…」
「影元先生って誰だ?」
「さぁ?知らない」
「私も知らない」
櫻田と東間、そして稲井は影元という教師を知らない。
学校にいても知らない先生は多くいる。名前だけ知っているが、授業を受けたことがないとか。
自習やテスト期間だけ会ったことがあるとか、いろいろだ。
「影元先生はE組が臨時クラスだった頃からこの学校にいる先生だ。中等部の頃、一度だけ授業
を受けたことがある」
「あっ、もしかしてあの授業か?」
「あぁ」
『あの授業』というのが気になるが、櫻田達三人はあえてそのことについて触れなかった。
「けど、影元先生は今年定年退職されて代わりに新しい先生が来ることになっているんです」
「そうなんだぁ~。良い先生だといいね、廉太郎君」
「だと…良いんですけどね。あははっ」
畑本は空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないが、笑顔だった。
しかし、彼以外はなんだか空気が重くのしかかったかのように暗かった。




