⑨家庭教師アメリ―
アメリ―の登場です。けっこう情に厚い女性です。
セドリックとドレイクの白黒コンビが話し合った翌日、アメリー・ミールレイクはトルライド伯爵家の応接室にいた。
アメリーは初めて訪れる伯爵家の様子に、その翡翠色の瞳を期待に輝かせていた。
彼女はセドリックの叔母であり、ミールレイク侯爵の愛妻である。
セドリックはドレイクが帰った後、叔母に速やかに連絡をとり、三歳の男の子の家庭教師をひきうけてくれるよう願った。
アメリーはそんなに小さな段階から家庭教師をつける必要はないのでは、と戸惑ったが、「日中さびしい思いをしている幼子にどうか愛情を注いであげてほしい」という可愛い甥っ子の人を想うやさしさに打たれて、依頼を引き受けることにした。
承諾してすぐトルライド家からの先ぶれがあり、伯爵ご本人が自ら足を運んでくださって丁寧なご挨拶をいただいた。
その際に、顔合わせの日は伯爵が仕事のため不在であることを詫びられ、代わりにご息女のグレイス嬢が対応されるということも聞いている。
今日はその顔合わせの日。
これから自分の生徒となる子どもと出会う大切な瞬間を迎える。背筋も伸びるというものだ。
アメリーは、慈善活動に積極的な篤志家であると同時に、社交界にも顔が広い貴族女性である。
様々な方との交流を通して、トルライド家の母娘のうわさはすでに耳に入っていた。
聞こえてくる噂はあまり良いものではないが、果たして実情はどうなのか。
他家の内部に潜入調査するようなことはなかなかできないので、好奇心を浮き上がらせては、淑女の自制心で抑え込んでいた。
アメリーは貴婦人としての優雅さと少女のような天真爛漫さをあわせもつ四十一歳である。
しばらくして、なかなかにロマンスグレーな家令が姉弟を連れてきた。
姉は見事な銀髪をもつ美しい少女で、清楚な印象を受けた。弟は三歳にしてはしっかりとした足取りで歩き、時折姉とつないだ手を弟がくいっとわざとひいて、笑う。
姉もその様子を見てほほえんでいる。
(姉様と手をつなぐのが嬉しくて仕方ないのね。わざと仕掛けている感じ。仲の良い姉弟だこと)
アメリーは見つめ合って笑いあう姉と弟に、ほっこりした。
「グレイス・トルライドでございます。弟の家庭教師をお引き受けくださり、ありがとうございます」
グレイスは見惚れるような美しいカーテシーを披露した。アメリーはこれは淑女の先輩として負けてはいられない、と気合を入れて熟練の貴婦人の顔を貼り付ける。
「アメリーでございます。家名は事情があって言えませんの。許してくださいませね。ドレイクと親戚同然のつきあいとだけ、お伝えいたしますわ」
アメリーもカーテシーでこたえる。
アメリーという人物は、仲間内ではどちらかというと歯に衣着せぬ物言いをする人である。その彼女のいつもと違う気取った言い方に、ドレイクが後ろで笑いをこらえていた。
(家名を明かせないって……。どんな事情?)
グレイスは一瞬頭の中に疑問符がうかんだが、まだどんな人物か分からないのに下手に事情をさぐって藪から蛇を出しても困る。
そのため、そ知らぬふりでサミュエルに話しかけた。
「今日からサミュエルの先生になってくれる方よ。ごあいさつしましょう」
「はじめまちて。サミュウエルでしゅ。よーしくおねがいしましゅ」
琥珀色のくりくりおめめにサラサラな金の髪。にぱっと笑った顔が最高にかわいい!
アメリーは自分の顔が弛緩しないよう、筋肉を総動員して耐えた。少々眼力するどい感じになってしまったかもしれない。
彼女はしゃがんでサミュエルに視線を合わせた。
「“サムくん”って呼んでいいかしら。私のことは「せんせい」って言いにくいと思うから、“りーさん”でいいわ。言える?」
「りーしゃん?」
「はい。今日はサムくんといっぱいお話をして、仲良くなろうとおもってきたのよ。みんなで遊びましょうね」
アメリーがそういうと、サミュエルは期待で瞳をキラキラさせた。
「みんなで?」
「そうよ。お姉さまも、ドレイクも。いっしょにね」
「やったあー!」
その場でぴょんぴょんとはねて喜びを体いっぱいであらわす幼児に、ウフフと笑い、アメリーはグレイスに向き直った。
「グレイスさん、私はサムくんの家庭教師として雇われたけれど、あなたとはお友達になりたいわ。かといって、私たち歳が離れているし初対面でお友達とか言われても困るだろうから、まずはお茶のみ友達から始めない?――サムくんがお昼寝したら、二人のお茶会をしましょうよ」
後半は声をひそめて彼女だけに聞こえるように言った。
グレイスは目を瞬かせたが、嬉しそうに笑ってうなずいた。
♢ ♢ ♢
「ドレイク、はやいよお。てかげんちてー」
短い手足を必死に動かして、サミュエルは逃げる。それを鬼になったドレイクが追いかけていく。
トルライド邸の庭に、子どもの高い声と大人たちの笑い声が響いていた。
「アッハッハ。あそびは全力でやるのが、うちの掟だから」
ドレイクはそう言いつつも、サミュエルが逃げやすいように加減して走っているように大人たちには見えた。しかしながらコンパスの差は歴然。
サミュエルはまもなくタッチされてしまう。
口をとがらせて不満を示すサミュエルを見て、他の騎士が腕まくりをした。
「ようし。ぼっちゃんの仇は俺がとってやろう!」
「ワン!」
「げっ!」
騎士はドレイクに狙いを定めてダッシュをかました。サミュエルに懐いている犬のマリンが加勢して回り込む。全速力で逃げるドレイク。
鬼ごっこで中庭を走り回っているのは、サミュエルと騎士四人。それと犬のマリンである。
マリンは、厩舎のベテラン厩務員のトムじいさんが飼っている犬である。今日は特別に参加している。
先ほどまでパンツスタイルのアメリーとグレイスも参加していたが、男性に比べてやはり体力が続かない。
見守ってくれていた騎士二人とバトンタッチして、小休憩をとっているところだ。
「ドレイクとヘルマンはすごいわ。最初から参加しているのに息も切れていない」
「騎士の訓練のつみかたは並みじゃないわよ。ドレイクの実力は知っているけれど、あのヘルマンという騎士もなかなか強いわね。トルライド家の護衛騎士たちのレベルは高いと思うわ」
「そうなのですか?他と比べたことがないから。でも、彼らはたしかに強くてやさしい紳士です」
汗をぬぐいながらレモン水を喉に流し込み、ふうっと息を吐く。心地よい疲労感がグレイスを包んでいた。
間もなく「増やし鬼」に切り替わった遊びは、喜び全開で逃げ回る犬のマリンを騎士四人が囲い込み、最後にサミュエルの胸にマリンが飛び込んで終了した。




