⑧幼なじみ同士の会話
主にセドリック視点で進みます。
全てを聞き終えたセドリックは、首をかしげた。
「どうした? 何か不可解なことでもあったか。俺は口では愛しているとか甘い言葉を吐きながら、他の女と浮気しまくっていたマイケルという存在が不可解だが」
「いや、俺はむしろ今までマイケルがグレイス嬢と婚約を解消しなかった理由が分からないんだよ」
「何! お嬢に魅力がないとか言ってんの?」
食ってかかろうとするドレイクを、セドリックは手で制す。
「ああ、そういうことではなく。婿になるメリットという点だよ。たしか、トルライド家には弟がいたよな。順当にいけばその子が当主だろう? だから婿入りは貴族男子としては利が薄い。男性側が浮気しまくっているのなら相手への愛もメリットにはなり得ない。それなのに婚約は継続された」
「いろいろ不満はあるが、たしかにそうだ」
「それにな、俺の頭の中には貴族名鑑の内容が一通り入っているわけだが。プラントル子爵家に「パトリシア」という名の令嬢はいない」
ドレイクは裸事件の際、しっかり浮気相手の女の家名も確認していたのだった。
「俺の予想だとその女は庶子だ。調べてみるといい。おそらく、本人がその事実を知らないのではないか。そうだとしたなら、本人がマイケルに自分は跡取りだ、と伝えているはずだ。ならば事実が判明したとき、マイケルが婚約破棄に応じない可能性が出てくる」
「おお。さすがの事情通。これで幾つか手が打てる。お嬢がせっかく決断したのに、クズと別れられなかったら大変だからな」
グレイスのことを語るとき、ドレイクの頬が優しく緩んだ。その様子をセドリックはじっと見つめていた。
「前に来た時もグレイス嬢のことを話していたよな。お前、随分とその子のことを気に入っているようだ」
「そりゃそうだ」
セドリックが意外そうに話すことこそ意外だ、と言わんばかりにドレイクは続ける。
「五年前に俺がトルライド邸に入ったばかりのころなんて、お嬢は全然笑わなかったんだぞ? まだ十歳やそこらだったのに。貴族然として口角をわずかに上げるだけだった。それもこれもあの母親が元凶だろう。家の中に閉じ込めて鞭をもった母親と何時間も顔を突き合わせていりゃあ、笑えなくもなるだろ。だからノブレス・オブリージュにかこつけて孤児院に引っ張って行って子どもたちと遊ばせたり、他家の夫人たちと一緒に炊き出しに参加できるようにしたりと、とにかく外に連れ出して一緒にすごしたんだよ。そうしてやっと大笑いできるようになったんだぞ。俺はもう、妹みたいに思っているよ」
「俺が手塩にかけて育てたんだぞ?」と言わんばかりのドヤ顔である。
「そういうときに、婚約者はどうしていたんだ?」
「最初の頃はよく来ていたかなぁ。仲は良さそうだったから微笑ましくはあったさ。でもマイケルが学院に入学してから訪いはどんどん減っていったな。今や不誠実が服着ているような男だよ、あいつは」
「グレイス嬢の支えにはならない男だったということか」
セドリックの感想を、ドレイクは首肯する。
「お嬢は文句一つ言わず、『会えるのが嬉しい』って。この前だって試行錯誤しながらクッキーを焼いていたんだぜ? 綺麗に焼けたものを渡したいからって。あんなに健気でかわいい子を放っておいて浮気するとか。許せないな!」
腕を組んでむうっと口をとがらせるドレイク。
こいつの、こういう真っすぐさは昔から変わらない。セドリックは目の前の親友の変わらぬ温かさを感じて嬉しくなった。
ドレイクは名門伯爵家に生まれ、こうみえて中身も優秀だ。同性から好かれるタイプのいい男だと思う。
貴族同士の付き合いを面倒くさいと言って辺境へ走った変わり者でもあるが、あれは付き合っていた彼女がドレイクを裏切って他家の嫡男に嫁いだことが大きいか。
セドリックがそんなことを考えている間も、ドレイクの話は続いていた。
「まあでも、姉弟仲がいいってのが救いだな。弟のサミュエルは姉を慕っていて、よく懐いている。お嬢も一緒にご飯を食べたり、絵本を読んであげたりして何かと気にかけているけれど、弟の方も姉ちゃんを守ろうとしているんだよ。お嬢が泣いているのを見て痛いからだと思ったらしくて「チチンプイプイ」してたんだぜ? 俺ドア越しに見えた時、泣きそうになったわ」
その時の情景が浮かんだのか、涙目になる幼なじみの男にセドリックは生ぬるい視線を向ける。
「そうか。色々ありそうな家ではあるが、お前と主との関係が良好そうで何よりだ。一応確認するが、お目付け役の件は、トルライド家のご当主は了承済みなんだよな?」
「ああ。子どもをあずけるのに適した人物が見つからなくて困っているようだったから、俺が『心当たりがあるから』って引き受けてきた。お前なら、なんか良いつながりを持ってそうだし」
トルライド家では今、当主の指示のもと家令と侍女頭が使用人の見直しをかけているところらしい。特に奥方周辺にいた者たちは大幅に入れ替わる見通しだ、とドレイクは話した。
「――――だから様々ごたついているわけだが。もとを正せば、奥方が「夫人」としての役割を果たしていないことが原因だ。お嬢は学院へ通うようになったから大丈夫だが、サミュエルが……家の様子が変わればカトリーナ夫人が家にいるようになるかもしれない。その時に、家庭教師としてサミュエルの側にいる夫人が必要なんだ」
「なるほど。では、子どもたちには愛情を注ぎ、ダメな大人にはビシッと意見する身分が高い女性を選んでおく。早ければ明日行けるようにするから、初日はお前が迎えに行ってくれるか?」
もうアテがあるのかとドレイクは驚いた。友は、相変わらずの顔の広さである。
「もちろん! いやー助かるよ。お前ってばなんてジェントルなんだろう! 顔もいいうえに有能だし、理知的。おまけに身分まで高い。性格はちょっとアレだとはいえ、なんで未だに独身なのかね。あんなにモテてるのにな。ハハハ」
ほっとした表情でお菓子を遠慮なくパクつく能天気な友人を見て、奴の紅茶のお代わりには、トウガラシでも入れてやろうかと目を細めるセドリックだった。




