⑩二人のお茶会
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「サムくんは、ぐっすりね」
ベッドの上の寝顔を見つめながらアメリーがほほえむ。そして、隣の部屋に移動しようと、手でサインを送ってくる。それにうなずき、ハンドサインで応えるドレイクとグレイス。
そんな三人を、お茶の準備にとりかかっていた侍女頭のマチルダが目にして、クスクス笑っていた。
「さて。じゃあお待ちかねのティータイムといたしましょうか」
「イエーイ!」
「ドレイク、あなたは持ち場に帰りなさいよ。警備の仕事があるでしょう」
ドレイクの拍手を手で制して、アメリーは冷たく言い放つ。
「ガーン……」
「これは、女子会よ? 男子禁制です。さっきマチルダさんにお菓子をわけてもらったから、その籠をもっていって。他の騎士の皆さんと食べなさいな」
ドレイクは口を尖らせ、こちらをチラチラみながら帰っていった。
テーブルの上には、本日アメリーが持参したお菓子がある。
一口サイズのミニケーキや季節のフルーツをふんだんに使ったタルトとフルーツサンド、スコーンだ。
彩も豊かなスイーツたちがところ狭しと並ぶさまに、グレイスは目がくぎづけになった。
「わあ! どれも美味しそう」
「うふふ。そうでしょう? グレイスさんの好きなものが分からなかったから、とりあえずわたくしのおススメのものを詰めてもらったの。うちの料理長に、年ごろのお嬢さんと可愛い紳士が食べるのよって伝えたら、気合を入れていたわ。『色合いにこだわって作りました』って」
「ええ! とても色鮮やかですね。ミニケーキのカットも美しいわ」
アメリーが食べ始めても、グレイスはなかなかフォークを入れようとしない。
不思議に思ってなぜ食べないのかきけば「とても美しいから、崩すのがもったいなくて」とかわいいことを言う。
銀髪の整った顔にほわりとゆるい笑みをのせ、少し照れながら話すグレイスを、アメリーは抱きしめたい気持ちになった。
「うちの料理長はぐちゃぐちゃにして食べても『おいしく食べてくれるならそれが一番』って笑う人よ。わたくしは歳をとっていますから、マナーもそれなりにわきまえていますけれどね。彼のそういう考えを気に入っているわ」
フルーツサンドをわざと豪快にパクつきながら、アメリーはそう言った。
「子どもたちが小さい頃は、音をたててしまうことがあるでしょう? カトラリーもうまく使えないから服を汚してしまったり。私はああいうのは大人がもっと工夫すべきだと思うのよ。もちろん早い段階でマナーが習得できるのなら、それにこしたことはないけれど」
「“工夫”ですか?」
「ええ。例えば、小さいナイフやフォークを用意するとか。幼い子であれば予めカットした状態で提供するとか。メニュー自体も、大人と全く同じでなくともいいと思わない?」
グレイスはアメリーの発言に衝撃を受けた。自分の幼少期には、ステーキソースをこぼしそうになってビクビクしながら食べたものだ。サラダなども、残してしまって叱責を受けたことは一度や二度ではなかった。
お母様ととる晩餐は、グレイスにとって恐怖でしかなかった。
「そうできたらすごくいいと思います。私は晩餐が嫌いだったから」
「――うちの子たちもね、晩餐が嫌いだったの」
グレイスが驚いて顔を上げると、その反応にアメリーは苦笑して続けた。
「食事のたびにね。お義母様が子どもたちにいうのよ。皿の音がうるさいだの、食べ方が下品だのと。下の子は我が道を行くタイプだったから気にせずもりもり食べていたけれど、上の子がねぇ……。あの子は物事を深く考えるタイプだから、精神的にまいってしまったらしくて。食事を残すようになったの。挙句の果てに食事の時間が近づくと、体調を崩すようになってしまって。あのときは、どうしようかと悩んだものよ」
上のお子さんは自分と同じタイプかもしれないと、グレイスは親近感をもった。
グレイスも食事の時間を恐怖に感じるようになってしまった時期に、摂食障害に陥ってしまったことがあった。お子さんはどうやって乗り越えたのだろう、とアメリーを見つめて話の続きを待った。
「だからね、戦ったの。まずは料理人と相談して、ひとくちで食べられるものを作ってもらった。そのひとくちサイズのケーキは、その時の成果よ。あと、他国の料理をたくさんメニューに加えてもらったわ。クレープみたいにソースごと巻いてしまうものとか、パン生地の中に具材を入れて焼いたものとか。そして新しい料理は手で食べたの。それが正式なマナーですって言い張って」
子どもがスプーンで楽に食べられるメニューを考えたりもしたのだそうだ。グレイスは先ほどから感心しきりである。
「マナーの学習は他の時間に徹底的にやったわよ? 『お母様はあなたの食事という大切な時間を奪わせない。代わりに勉強時間はしっかりおやりなさい』って」
グレイスは目からうろこが落ちる気分だった。思わず笑ってしまう。
「すごい! パワフルですね」
「あら、基本的にはお淑やかなつもりよ。一番のマナーっておいしくいただくことだと思うのよ。食事を楽しむことだと思うの。でなければ食材にも料理人にも失礼でしょ? ねえ、マチルダさん」
同意を求められたマチルダは、その通りでございます、と大きくうなずいた。
「だから食べましょ。ねえグレイスさん、そのスコーンの感想をあとで教えてね。それだけはわたくしが作ったの」
「わあ、すごいです! 私はクッキーがやっとだから」
グレイスがそう感心しておいしそうにお菓子をほおばれば、アメリーはにっこり笑った。
「あら、お菓子作り、好きなの? なんなら教えましょうか」
グレイスは、「是非!」とこたえてスコーンにかじりつく。
淑女のお手本のような女性なのに、気さくでガッツのあるアメリーを、グレイスはこの一日で大好きになった。




