⑮サミュエルの活躍と「親友」を名乗る女
朝早くから開ける店は「鮮度が命」とばかりに売り切って店をしめてしまうので、今開いているのは全体の三分の二ほどだろうか。通路もほどよい混み具合である。
歩道を進みながら左右のお店に目を向ける。トマト、パプリカ、ナスなどの定番の野菜から、バケツいくらで売る訳アリの果物。パン屋さんの出張販売やしぼりたてのジュース販売もある。
姉弟にとっては新鮮な光景で、二人で手をつなぎながら通路の右に左にキョロキョロ視線をさまよわせている。
「さて、手始めに果物屋さんにいきましょうか。今日の夕食のデザートに出すものを買ってくるように頼まれているから」
アメリーはそう言ってすぐ近くのお店をまっすぐに目指した。
果物屋さんは威勢のいいおじいさんだった。呼び込みの声も大きく、ちょっといかつい印象だ。
サミュエルは大丈夫かしらと見ると、物おじせず近寄って、ぶどうの値札を見比べているところだった。
「小さなぼっちゃん、うちのぶどうは甘いよお? 銅貨五枚だ。安いよお」
子どもがびっくりしないように、他の客に対するよりも少し語気を押さえて。果物屋のおやじはセールストークを始めた。
サミュエルは腕を組み、少し迷うそぶりを見せる。
「うーん。もうちょっと、やすくなりましぇんか?」
サミュエルの返しに、おやじは面白そうに笑った。
「お! その歳で交渉するとは、やるねぇ。んじゃ、二つで銅貨七枚だな」
「ありがと、おじしゃん!」
サミュエルは自分で銅貨七枚を支払った。買ったぶどうは、本日御者の補助役を務めているマルクが持った。サミュエルのいう「おんまのおにいたん」である。
グレイスは弟が代金を間違えずに支払ったことにも感心したが、値引き交渉をしたことに大変に驚いた。
「サミュエルは交渉が上手ね。おいしそうなぶどうがお得に買えたわね」
「うん! りーしゃんとれんしゅうした。ぼく、おかいもの、とくい!」
心なしかドヤ顔で言うサミュエル。
グレイスはアメリーと顔を見合わせてクスクス笑った。
「サムくん、明日のお昼はピザを焼くから、のせたい具を買っていきましょう!」
「ぴざ? なあに?」
「うすく伸ばしたパンみたいなものの上にいろいろな具をのせて、最後にチーズをのせて焼くの。とってもおいしいのよ!」
「ちーじゅ! サム、だいすき」
「グレイスさんも一つ選んでね。チーズに合いそうなやつ」
アメリーは、いたずらっぽく微笑む。グレイスは、真っ先に頭に思い浮かんだベーコンを見に、肉屋の前に来た。そして、早々とお目当てのベーコンを買ってしまえば。
(余った時間でなにかお土産を買いたい)
そう思って物色し始める。できればくんせいの類みたいなものがいいかな。うろうろと店先を歩いていると、サミュエルに呼び止められた。
「ねえさま、なにみてるの?」
「うん。くんせいをね、さがしてて」
「おばしゃん! くんせいありましゅか?」
ここの店主は、恰幅の良いおばさんだった。
何かの作業中だったのか、手をエプロンで拭きながら急いで奥から出てくる。
「いらっしゃい! かわいいお客様たち。くんせいはね、うちは四種類おいているよ。これだね」
見せてくれたのは、「豚バラ」、「とり肉」、「サーモン」、「ししゃも」の四つだった。
「海のものがあるなんて、珍しいですね」
「だろう? ここらは海から遠いからねぇ。でも、わたしは元々港町の生まれだから、海の幸のおいしさも知ってもらいたくてさ。昔からの友人といっしょにつくってみたのさ。ちょっと食べてみるかい?」
おばさんは、お兄さんたちもどうぞ、と護衛二人組にも試食を渡していた。
サミュエルは、みんなで食べる用として買うことにしたらしく、「おまけしてくだしゃい」を可愛く言って、二つで銅貨十枚にしてもらっていた。
グレイスは、サーモンの燻製を自分で買った。
「ねえさま、さーもんも、サム、かえるよ?」
小さな声でグレイスにささやき、自分のポシェットをぽんとたたくサミュエル。その仕草がかわいらしくてグレイスは笑ってしまう。
「うふふ。うん、ありがとう。これは、私からお父様へのおみやげなの」
「おみやげ! いいね!」
姉弟がニコニコ笑いあう場面を、アメリーはほほえましく思って見ていた。
男性二人組は、試食した燻製が思いの外いけたので、全種類箱買いし、セドリックの屋敷に届けてもらえるよう手配していた。酒のアテにする気である。
店主は届け先を聞いて「ひえぇ~」と目を丸くした。
サミュエルはアメリーから「デザートピザ」の話を聞き、僕はそれにする、と言ってリンゴを一山選んで買っていた。銅貨三枚である。
味のバランスを考えながら、ベストな組み合わせを料理人たちが決めてくれることだろう。
♢ ♢ ♢
護衛の男二人は、陽光の温さと目の前の姉弟の仲のいい光景にほのぼのしていた。が、買い物の半ばからずっとついてくる粘着質な視線が気になっていた。
どちらからともなく目くばせし合い、セドリックが「ちょっと用をたしてくる」と離脱する。
そして、視線を送ってくる人物に気づかれないよう背後に回り、しれっと声をかけた。
「ごきげんよう、お嬢さん。何かご用ですか?」
驚いて振り向いたのは、ゆるくウェーブのかかった金髪に、赤い目をした小柄な少女だった。
―― パトリシア・プラントルである。
「マイケルの浮気相手かつ、グレイス嬢の親友面をしていた女」だな。
ドレイクからの情報を瞬時に思い出し、目の前の少女と結びつけたセドリックであったが、そんなことはおくびにも出さず何くわぬ顔で問いかける。
「どちらのお嬢様かな? 用事があるのは僕たち? それともグレイス嬢のほう?」
パトリシアは、目の前に突然現れた男の造形美にしばらくポーっと見惚れていたが、慌てて表情を作って話し始めた。
「私とグレイスはお友達なのだけれど、グレイスの彼が私に迫ってきて断り切れなくって。彼が結局私を選んでしまったから、婚約をとりやめることになってしまったみたいなのだけれど、グレイスに申し訳ないから謝らなきゃと思って。学院も休んでいるから、心配で……」
セドリックは、時折優越感をにじませる女の様子に鼻白む。
分かりやすく皮肉の一つでも言ってやろうか、と思ったが。マイケルとグレイスが距離を置くためには、この女の存在があったほうが都合がいいだろうと思いなおし、優しく言い返した。
「男女には相性の良さを重視する人たちがいるからね。君と彼は素直に欲望をぶつけ合える関係なんだろう。それは、人間がサルだったころから大切にされてきた本能だ。誇るべき才能だよ。君が罪悪感をもつ必要は全くないよ」
口調こそ優しいが、目の前の女に対する嫌悪感から内容は手厳しいものになっていることに、セドリックは気づかない。
「でも、グレイスは落ち込んでいるわけでしょう? それは、彼が私を選んだことが原因だから……」
パトリシアは一瞬たじろいだが、あくまでも「親友を思いやる風」の姿勢を貫かんとしてきた。
だからセドリックも、少々エンジンがかかってしまった。
「もういらないと思っていた服でも、いざ捨てようとすると躊躇してしまうことって、あるよね。グレイス嬢はぼくなんかより、物を大切にする精神がありそうだから捨てられなかったんだろう。でも、見てごらん! あの晴れ晴れとした表情を! 君もここでずっと見ていたんだから、分かるだろう? 彼女が楽しく過ごしていることを。彼女の魅力に気づく人間が、これから増えていくだろうね。これは、君と彼が欲望を満たしあったおかげだよ。人が幸せになるきっかけを作るなんて、さすがお友達だね!」
パトリシアは用事を思い出したと言って、苦虫をつぶしたような顔で帰っていった。
セドリックは社交もそつなくこなすハイスペックくんの予定ですが、叔母と母の血筋が影響して人の好き嫌いははっきりしているタイプ。




