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⑫二人の淑女

お読みくださり、ありがとうございます!

 その日、グレンダリス公爵家の中庭には、よく似た二人の姉妹がつどっていた。

 

 姉はセレニア・グレンダリス。公爵夫人であり、四十代も半ばだというのに二十代にしか見えないその美貌は「奇跡の輝き」と評される。

 妹はアメリー・ミールレイク。ミールレイク侯爵夫人である。こちらも若々しい麗人である。

 

 姉妹は仲が良く、嫁いでからもお互いの家を行ったり来たりして茶を飲み、観劇に出かけ、買い物を楽しむ。

 一見有閑マダムのような暮らしだが、どちらも社交界の華であり続けるとともに、領地領民へいかに利益を還元していくか常に考えて行動する良妻でもある。

 

「ちょっとアメリー、あなた最近楽しそうじゃない。なにかいいことでもあるの?」

「実は、家庭教師を始めたのよ。可愛い男の子なのよ」

 アメリーは姉からの問いかけに、待ってましたとばかりに話し出す。

  

「あなたが先生? そういうキャラだっけ?」

「あら。物事を楽しく教えるのは得意よ? 淑女教育の分野には需要がなかっただけ」

「そうねぇ。あなたの教え方は独特だから」

 昔、友人が「女友達だけで旅行したい」と言ったとき、周囲はみな止めるか、護衛を連れて行くようにすすめていたけれど、アメリーだけは護身術をすすめ、防犯ブザーを渡していた。

 

 「危険だからやめなさい」ではなく、「危険な目に遭ったときの対処方法を知れ」という方向性。我が妹ながら面白い人材だとセレニアは思ったものだ。

 

「今教えている子たちには、うけがいいのよね」

 アメリーは、ちょっと得意そうな顔をする。

「へえ。それは面白そうね。どんな子たちなの?」

「姉弟なんだけどね。姉の方はまじめで素直。作法が身についていて空気の読める聡い子ね。素敵な女の子なのよ。弟の方はスルスルなんでも吸収するわ。まあ、まだ三歳だから可能性は未知数ってとこかしら。控えめに言って、天使よ。二人ともとってもかわいいの」

「人当たりよく見えて、実は好き嫌いが激しいあなたにしては、珍しくお気に入りね」


 アメリーは「あのダメ男は、頭をサザエみたいに盛ったくそ女とお似合い」とか「安いポマードときつい香水のブレンドは加齢臭を超える」と笑顔で毒吐くのだ。

 子どもは好きらしいが、たいていは大人の義務としてほめ言葉を言っているだけ。客観的に良い評価をすることは、稀なのである。


「そうね。気に入っていると思うわ。あの子たちが大変な環境の中にあっても、まっすぐ育ってきているからということが大きいわね」

「どういうこと?」

「父親はいい人みたいだけれど、仕事の関係で子どもたちと一緒にいる時間がとれなかったようだし、母親はねぇ……あれは、どうなのかしらね。まあ、噂通りではないことを願っているわ。望み薄な匂いがプンプンするけれど」

「どんな匂いよ、それ」


 セレニアが苦笑すれば、妹は声を潜める。


「違う男のにおいよ。一度廊下ですれ違ったんだけど、その時に。あれは、あそこの当主の匂いではないわね」

 お前は犬か、と突っ込みたくなるが、間違ってはいないのだろう。

 妹は昔から鼻が利く。

「ふうん。父親は忙しくて、母親は盛るので精一杯。子どもは放置されているのに天使なら、頑張り屋よね」

「“盛る”って……姉様も相変わらずよね」

 からからと笑い飛ばしてアメリーは続けた。


「弟自体も、もちろんいい子だし頑張っているわ。でも彼が天使でいられるのは、姉のおかげね。姉はもう学院に通っている年齢なの。だから侍女が弟のお世話をしている時間の方が長いのに、姉の存在が相変わらず大きいのよ。手をつなぐのも、なにかの際に自分の感情を伝えに行くのも、上着を着せてもらうのも姉なの。夜は『ねえさまが本をよんでくれる』って言っていたから、姉が読んで聞かせて、そのまま一緒に寝ているのよ」


「まあ! その姉は年ごろよね? 自分の時間も、もてないでしょうに」

「そうだと思うわ。それなのにあの子、弟のおかげで幸せなんだって言うのよ。健気じゃない」

「なかなかできることじゃないわね!」

 淡々と聞いていたセレニアだったが、その姉弟にだんだんと感情移入してきていた。


「とってもいい子なのよ。でもね、婚約者が浮気しやがったのよ。しかも白昼堂々すっ裸事件だったんですって!」

「なんですって⁈」

「そうでしょう? 驚くでしょう? そんな時間があるなら婚約者を愛でろ、と言いたいわ。あんなに綺麗な子なんだから」

「許せないわね、その男! もちろん婚約は破棄したんでしょ?」

「それが、渋っているらしいのよ」

「誰が?」

「マイケルが! あっ思わず言っちゃったけれど。――――姉様、秘密にしてよね」


 その瞬間、セレニアの頭の中で各貴族家の情報がすっと繋がり、彼女はどの家についての話なのかを全て理解した。


「あー……あそこなら納得だわ。そうかあ」

「もう私はグレイスが本当にかわいそうでもったいなくて。うちの子のお相手が決まっていなかったら、うちに欲しいくらいの器量よしなのに」

 アメリーがそう嘆くと、対照的にセレニアはニヤリとする。


「あら、うちには婚約の「こ」の字も出てこない男がいるわよ」

「ちょうどいいじゃない! いまどき十歳や十五歳の歳の差は問題にならないわよね」

「全然ありね。私たち夫婦もそうだし。ただ……」

 セレニアは少し考え込む。

 息子は優秀だし、気遣いもできる。ジェントルマンでもある。外見は王子様みたいだと令嬢から黄色い声が上がる。

 けれども。


「うちのセドリックは、けっこう腹黒タイプだと思わない?」

「ああ、それは確実ね」

 セレニアの懸念にアメリーもすぐに同意を返してくる。


「あの子のお相手がわたしみたいなタイプなら、家庭内冷戦の危機だし、あなたみたいなタイプとなら、とことんやり合ってどっちかが死ぬわよね?」

 思わずその場面を想像してしまった二人は大爆笑する。

 でもその子ならもしかして……とセレニアはほのかな期待を寄せていた。


「実は私、女の子も欲しかったの。セドリックの時に難産だったから、夫が心配してそれ以降は子づくりしなかったのだけれど」

「分かるわあ。うちも男だけだから、娘と一緒に買い物に行ってドレス選びをするとか、スイーツ巡りをするとか、やってみたいのよね。まあ、もうすぐ叶うんだけど」

 アメリーは息子の婚約者の顔を思い浮かべる。うん。あの子も可愛いわ。


「私も、そういうのが憧れなのよ。セドリックも昔はドレス姿の私を見て『かあさま、すっごくきれい』って目を輝かせてくれたのに。今なんて『これほど高貴な色を着こなせるのは、母上しかいません』ってパンにジャムつけながら言うのよ? 表現力は上がったのに、心はどこにおいてきたのかしら。娘と同じテンションできゃっきゃウフフがしたいわぁ」

「そうよね。息子はつまらないわね」


 そのとき、背後から声がした。


「女性二人でなにを盛り上がっているかと思えば。息子の悪口ですか?――母上、叔母上」


 あえて気配を消して近づいてくる人がいることには、姉妹二人ともが気づいていた。

 予想通り、話題の男セドリックであった。


「悪口じゃないわよぅ。人生のため息を言葉で表現してみただけ」

 セレニアが悪びれなくウフフとほほえんだ。アメリーは甥の登場を「グッドタイミング!」と喜んで、外出への同行を打診した。

「セドリック、明日ちょっと付き合ってくれない?」

「急なお誘いは遠慮させていただきます」

  

 アメリーの誘いをスパッとお断りするセドリック。


「あら、たとえ一週間前に言ったとしても、のらりくらりでしょ? 私はあなたの頼みをきいてあげたのだから、一回くらいお出かけに付き合ってくれてもバチはあたらないわ」

 セドリックは頼みごとをしたことを引き合いに出されて、しぶしぶ了承した。


「それで、どちらにお出かけですか」

「市場よ。可愛い生徒がお金の学習をするの。あなたにはその補助と護衛をしてもらうつもり」

 ああ、面倒くさいと思いつつ、家庭教師を頼んだ手前、実はセドリックもその後の経過が気にはなっていた。

 ドレイクの勤め先での様子ものぞけるかもしれないと考えれば、案外悪くない。セドリックは考えを巡らせ「分かりました」と答える。

 

 そんな二人のやりとりを、セレニアは期待を込めたまなざしで見つめていた。


次回は「買い物の練習」です。

サミュエルとアメリ―さんのお店屋さんごっこの場面です。お楽しみに!

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