■第16話 要件定義の完了と、第二部の終幕
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二年生も終わりに近づき、予備校の面談スペースには張り詰めた空気が漂っていた。
「受かってから考えればいい」――涼子が言ったその言葉は、確かにその瞬間の俺たちを救ってくれた。けれど、現実はそれほど甘くない。センター試験(現・共通テスト)が視野に入り始めた今、俺たちは「東大」という一括りの看板ではなく、その中にある「科類」を選ばなければならなかった。
「……陽太、決めた? 文科一類なら法学部だし、理科一類なら工学部や理学部がメインだけど」
涼子が志望校調査票を眺めながら、どこか晴れやかな顔で問いかけてきた。俺は、手元にあるノートを見つめた。これまで積み上げてきた、複雑な文章を分解し、論理的な構造へと組み替える「解読」の作業。この面白さを突き詰めるなら、進むべき道は一つしかない。
「俺は、理科一類にする。将来はシステムの設計や、複雑なビジネスロジックを組み立てるような仕事に就きたいんだ。この受験で学んだ『仕様書を正しく読み解く力』は、きっとそこでも最強の武器になるから」
俺がそう告げると、涼子は我が意を得たりという顔で微笑んだ。
「陽太らしいね。……私は文科二類、経済学部を目指すわ。あのブルジョワたちが言ってた『効率』だけじゃ救えない、社会の複雑な仕組みを、自分のこの『読解力』で解き明かしてみたいの」
そして迎えた、二年生最後の「東大レベル模試」。それは、既製品の情報を詰め込んできたエリートたちと、自力でエンジンを叩き上げてきた俺たちの、2年生最後の腕試しの場だった。
数週間後。返却された成績表の束を、俺たちは静かに受け取った。
「……陽太、見て。私、数学と国語の偏差値がまた上がってる。特に数学の後半、完答はできなかったけど、部分点の積み上げが凄いことになってるわ」
涼子の判定は、安定の「A」。俺もまた、理科一類の志望者の中で着実に順位を上げていた。
成績表に並ぶ設問別の得点データ。そこには派手な「逆転劇」などない。ただ、ブルジョワたちが「予想の的中」で稼いだ配点に対し、俺たちは「問題文の正確な読解」によって、泥臭く、しかし確実に一点ずつを毟り取った形跡が刻まれていた。
ラウンジで会ったあの男子生徒が、自分の成績表を見ながら、隣の友人と淡々と話しているのが見えた。
「……今回、物理の予想トピックが少しズレてたな。でも、他の教科でカバーできたからA判定は維持できたよ。君はどうだった?」
彼らもまた、買った情報を完璧に自分のものにする努力を継続し、その地位を揺るぎないものにしていた。俺たちが追い上げても、彼らもまた止まらない。実力の差は依然として存在し、彼らの背中はまだ遠い。
だが、俺の中に焦りはなかった。
掲示板に並ぶ俺たちの名前は、もう「下のクラスからの奇跡」ではない。地道なルーチンを積み重ね、一文字ずつ読み解いて辿り着いた、必然の現在地だ。
「……やったな、涼子。とりあえず、スタートラインには並べたみたいだ」
「うんっ! まだあいつらの方が上だけど、私たちの『泥臭い最適化』、ちゃんと通用してる!」
二年生、終了。
要件定義はすべて完了した。俺たちはもう、迷わない。
視界の先には、一年後の春――本当の「合格」という答え合わせが待っている。
(第二部・完)
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