■第15話 並走する二つの「最適化」と、合格の先の空白
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二年生の冬。最上位クラスの教室は、本番まで一年を切ったという緊張感に包まれていた。
俺と涼子は、神田先生との対話を経て、再び自分たちのロジックを磨き上げる日々に没頭していた。
相変わらず、俺たちのやり方は地味だ。朝は決まった時間に起き、十分な睡眠時間を確保し、午前中は国語的なアプローチで問題文の「仕様書」を読み解く。午後は、そこで見つかった「基礎の欠落」を一年生の時の教材まで戻って埋め直す。地道なルーチンこそが俺たちの生命線だった。
一方、あの「ブルジョワ層」の立ち位置も、揺らぐことはなかった。
「次の模試の対策、例の『極秘レジュメ』でもう終わらせたよ」
「冬期講習は、一コマ三十万の『東大入試解析ゼミ』を二つ追加した。今年の数学の傾向は、ほぼ網羅できたと思う」
彼らは最高品質の「既製品」を次々と手に入れ、常に最上位の成績を堅持し続けていた。俺たちが自力で切り拓こうとしている荒野に、彼らは資本力という名の高速道路を敷き詰め、涼しい顔でトップを走り続けている。
ある日の放課後、ラウンジで顔を合わせたあの男子生徒が、ふとした様子で俺たちに問いかけてきた。
「ねえ、高橋くんたちは、東大に行って何になりたいの?」
唐突な質問に、俺は答えに詰まった。
「……何に、って。そりゃ、まずは合格することを目指してるけど」
「ああ、もちろん合格は前提だよ。でも、合格はただの通過点でしょ? 僕は法学部に行って、将来は官僚になるって決めてるんだ。そのための最短ルートとして東大が必要だから、こうして効率的に勉強して受かるつもりなんだよ。……君たちは? どんな将来のために、そんなに必死に『読解力』なんて鍛えてるの?」
隣にいた涼子も、言葉を失っていた。
俺たちは、目の前の「東大」という巨大な壁を倒すことだけに全神経を注いできた。だが、彼らにとって東大は、将来の目的を達成するための「効率的な手段」に過ぎなかったのだ。
「……僕は、目的のために手段(勉強)を最適化してる。でも君たちを見ていると、手段そのものが目的になってる気がしてね。それじゃあ、受かった後に燃え尽きちゃうよ?」
彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべて去っていった。その名前の先にある景色は、俺たちのものとは全く別物だった。
「……陽太。私たち、東大に入って、何をするんだろうね」
涼子の呟きが響く中、俺はある光景を目にした。
ラウンジの隅で、先ほどまで余裕の表情を見せていた彼らが、鬼気迫る表情で参考書に向き合っている姿を。
彼らが手にしているのは、一回数十万するというあの「極秘レジュメ」だ。だが、それを持っているだけで魔法のように点数が取れるわけではない。彼らはその「既製品」を自分の血肉にするため、凄まじい集中力で内容を頭に叩き込んでいた。
マーカーで真っ赤になった資料。何度も読み返したのか、端がボロボロになったテキスト。
(……あいつらも、遊んでるわけじゃない。買った情報を自分のものにするために、あいつらなりの『必死な努力』をしてるんだ)
効率的なルートを買っているからこそ、それを一滴も無駄にしないための執念。それは、俺たちが読解力を鍛えるために払っているエネルギーと、本質的には同じ熱量だった。
「涼子、見て」
俺が指差した先を見て、涼子も小さく息を呑んだ。
自分たちとは違うOSを積んでいるけれど、この「受験」という戦場に命を懸けていることに変わりはない。
「……そうだね。あいつらも、あいつらのやり方で必死なんだ。……なんか、ちょっとだけスッキリしたかも」
合格の先の「空白」は、まだ埋まっていない。
けれど、目の前の敵もまた全力で戦っているのだと知ったことで、俺たちのエンジンに再び火が灯った。
「よし。あいつらが既製品を極めるなら、俺たちは自分の頭を極めるまでだ。……行くぞ、涼子」
「了解っ! 受かった後に何をするかは、受かってからあいつらに見せつけてやればいいもんね!」
冬休みのスケジュール表。その「空白」を力強く塗りつぶし、俺たちは再び、それぞれの最適解を求めて走り出した。
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