■第13話 「努力」という名の、理解不能な苦行
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二年生の秋、最上位クラスのラウンジ。そこには、俺や涼子がこれまで必死に戦ってきた「勉強」とは、全く違う次元の空気が流れていた。
「やっぱり今回の数学の第五問、S会の予想問題とほぼ一致してたな。あの直前講座、五十万したけど元は取れたよ」
「英語の長文も、予備校のアドバイザーが言ってた『背景知識』のプリント通りだった。あのデータ、マジで神だわ」
彼らが盛り上がっていたのは、自分たちの実力ではなく、いかに「買った情報」が正確だったかという答え合わせだった。
中心にいた男子生徒が、飲み物を買いに来た俺たちを呼び止めた。悪意など微塵も感じられない、ごく自然な「仲間」への問いかけだった。
「あ、高橋くん、水野さん。今回の模試、君たちが買った『情報』はどうだった? 物理のグラフの的中、してたかな?」
俺は持っていた缶コーヒーを口に運ぼうとして、動きを止めた。
「……え? 買った、情報?」
聞き慣れない日本語を耳にしたような気分だった。俺が首を傾げると、彼は不思議そうに眉を寄せた。
「そう。今回の第五問みたいな、初見殺しの問題に対応するための背景知識だよ。専門塾の予想問題とか、対策テキストとか。……まさか、何も『買って』ないの?」
「いや……買ったも何も。普通に問題文を読んで、条件を整理して解いただけだよ。必要なヒントは全部、問題の中に書いてあったし」
俺が正直に答えると、ラウンジにいた他の生徒たちの手が止まった。
彼らは一瞬、俺が冗談を言っているのではないかと疑うような目でこちらを見たが、俺の顔が本気だと知ると、今度は「見てはいけないもの」を見てしまったかのように目を泳がせた。
「……自力で? あの複雑なグラフを、予備知識もなしに、その場でゼロから読み解いたっていうのかい?」
「ああ。時間はかかったけど、文章の構造を整理して、今までやってきた基礎を当てはめていけば、理詰めで行けたから」
俺が補足すればするほど、彼らとの間に、深くて暗い溝が広がっていく。
男子生徒は、信じられないというように大きくため息をつき、俺の肩をポンと叩いた。その目は、絶望的な境遇にいる人間を憐れむ、慈悲に満ちたものだった。
「……そうか。知らなかったんだね。君たちが何時間もかけて培ってきたその『読解力』は、たった数万円の講座を買えば、一瞬で手に入るものなんだよ」
「え……?」
「可哀想に。君たちは、ゴールに向かうのにわざわざ荒野を素手で切り拓いているようなものだ。……そんなの、努力じゃなくて、ただの『非効率なミス』だよ。誰か教えてあげなかったのかい? 賢い情報の揃え方を」
嘲笑ですらない。
彼は、俺たちが誇りに思っていた「自分の頭で考えること」を、まるで「最新の計算機があるのに、そろばんで計算している老人」を見るような目で、心から同情していた。
「……陽太、もう行こう」
涼子が、震える声で俺の腕を引いた。
ラウンジを去る俺たちの背中に、周囲の「親切な」会話が突き刺さる。
「……今の、聞いた? 彼ら、全部自力でやってるんだって」
「嘘でしょ、そんなの頭が疲れ果てて本番までもたないわよ。誰か、まともな教材のリストを教えてあげればいいのに……」
自習室の席についても、俺の耳の奥にはその憐れみの声がこびりついて離れなかった。
(……俺たちが一年間かけて積み上げてきたものは、彼らにとっては、ただの『損』でしかないのか?)
俺が憧れたラノベの主人公・キースラインなら、この状況を鼻で笑い飛ばしただろうか。
だが、現実の俺の心は、彼らの「善意に満ちた正論」の前に、かつてないほど激しく揺さぶられていた。
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