■第12話 クラス昇格と、見えてきた「上位環境」のノイズ
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二年生の秋。予備校の掲示板の前で、俺と涼子は並んで貼り出された「クラス編成表」を見上げていた。
「……あった。陽太、私たちの名前、一番上の『東大・難関国立クラス』に入ってる!」
「……ああ。本当だな」
一年生の時は、一番下のクラスで講師の嫌味を浴びていた俺たちが、ついに予備校のピラミッドの頂点に到達した。
この数ヶ月、現代文の授業で学んだ「論理構造の抽出」を数学や物理に転用し、基礎と解読の間を泥臭く往復し続けてきた成果だ。俺たちのシステムは、もはや「底辺」という環境では収まりきらないほどにスケールアップしていた。
しかし、新しいクラスの教室に入った瞬間、俺たちは得体の知れない違和感に襲われた。
「なに、この空気……」
涼子が小声で呟くのも無理はない。
そこは、下のクラスにあった「やる気のない沈滞」とも、俺たちが自習室で作ってきた「冷静な集中」とも違う、トゲトゲしく、そしてどこか「歪んだ」熱気に包まれていた。
「おい、今回のオープン模試の予想問題、もう手に入れたか?」
「ああ、あの塾の極秘プリントだろ。あれさえ暗記しておけば、偏差値70は余裕だよな」
「それより、この新しい解法のテクニック知ってるか? これを使えば東大の過去問も瞬殺できるらしいぞ」
周囲の連中が口にしているのは、本質的な理解ではなく、いかに「裏技」や「特別な情報」を手に入れるかという、ドーピングのような話ばかりだった。
彼らは高性能なハードウェア(地頭)を持ち、膨大な課金(講義)を積み重ねている。しかし、その中身は、自分たちでエラーを解析することを放棄し、誰かが作った「完成済みの模範解答」を必死にメモリに詰め込んでいるだけの、脆いシステムに見えた。
「……陽太、なんか私たちがやってきたことと、全然違う」
「ああ。アイツらは『宝の山(講義)』を、ただの暗記カードとして使ってるんだ。自分で翻訳する苦労を捨てて、誰かが翻訳した結果だけを欲しがってる」
そんな中、二年生最後の大一番となる『東大オープン模試』が開催された。
全国から東大志望の猛者が集まり、予備校のクラスメイトたちも「俺たちの本当の力を見せてやる」と鼻息を荒くして挑んだ試験だ。
結果は、残酷なまでに明快だった。
予備校のロビーで返却された成績表。
上のクラスで「裏技」を自慢し合っていた連中の多くは、東大特有の「ひねった初見問題」を前に、自分が覚えてきたテクニックが通用しないと分かった途端、パニックを起こして大爆死していた。
一方で、俺たちの判定は――。
「……陽太、私……『A判定』が出た」
「俺もだ。……しかも、数学は上位一桁に入ってる」
俺たちは、自分たちの名が刻まれた成績表を静かに見つめた。
俺たちがやったのは、相変わらず「睡眠を削らず」「現代文の論理で問題を解読し」「抜けている基礎を地味に埋める」という、彼らからすれば失笑ものの、古臭くて地味なルーチンだ。
だが、その「地味な継続」こそが、どんな未知のバグ(難問)にも動じない、最も堅牢で汎用性の高い最強のプログラムを作り上げていたのだ。
「……おい、なんで下のクラスから上がってきたばかりのお前らが、A判定なんだよ!」
かつて俺たちをバカにしていた男子生徒が、震える手で自分の「D判定」の成績表を握りしめ、俺たちに詰め寄ってきた。
「どんな魔法を使ったんだ!? どんな隠し教材を隠し持ってるんだよ!」
俺は、彼に向かってキースラインのように……いや、今はただの「高橋陽太」として、穏やかに、しかしはっきりと言い放った。
「魔法なんてないよ。俺たちはただ、毎日しっかり寝て、教科書と授業の言葉を正しく読み解いただけだ。……お前らが『ゴミ』だと思って見捨てた基礎の中にこそ、本当の答えがあったんだよ」
騒然とするロビーを抜け出し、俺たちはいつものように自習室へと向かう。
A判定は出た。クラスも上がった。
だが、俺たちのやるべきことは変わらない。
「さあ、涼子。浮かれるのは終わりだ。次の25分、始めるぞ」
「うんっ。……お姉さんに、しっかりついてきなさいよね!」
上位クラスという新しい環境にデプロイされても、俺たちの「合理的サクセス・ロジック」は、微塵も揺らぐことはなかった。
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