第6話 一枚だけ
日曜日。姉の結婚式。
天気も良いし、暑くも寒くもなく、過ごしやすい。
天気もお姉ちゃんの味方だな。
受付を頼まれたので、朝早く美容院に出掛けてセットしてもらい、衣装を着て結婚式場に急いだ。
式場に着いて家族用控え室に行くと、父と母がいた。
「紗奈、紗英に会った?」
「まだ」
「綺麗よ。おめでとう言ってきたら」
「うん」
新婦の控室に入る。
コンコンコン。
「どうぞ」
部屋に入ると、姉は鏡の前に座り、ベールをつけてもらっているところだった。
白いドレスの上に、薄いレースがふわりとかかる。
鏡越しに見えた姉の横顔は、どこかの雑誌の表紙のように綺麗で清楚だった。
口元が静かに引き締まっていて、笑っているのに、少しだけ遠くに行ってしまうような気がした。
「お姉ちゃん、すっごい綺麗!」
「……ありがと。受付、よろしく頼むね。梨花にも頼んであるから」
「梨花さんもなのね。わかった」
「そういえば、俊がなんか伝えたいことがあるみたいよ。会ったら声かけてあげて」
「ん……」
「俊に告白されたの?」
ズバッと姉に言い当てられて、息が止まる。
「なんで……?」
「根拠はないけど……なんとなくね。あの時やたら紗奈に絡んでたじゃない? もしかしてと思って。でも、俊は軽く見えるけど、根は悪い人じゃないわ。……多分」
そう言って姉はクスッと笑った。
「今日返事することになってる……」
俯いて答えた。
「やっぱり。断り辛かったら、私が言ってあげるから」
「自分で言う」
姉が時計を見た。
「そろそろ梨花来てるかも。よろしくね」
私は何も言わず、部屋を出た。
お姉ちゃんって、こんな時でも周りの人のこと考えられるんだ……。
受付のテーブルに行くと、梨花さんが来ていた。
「紗奈ちゃん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
受付しながら、上の空だった。
――俊への返事どうしよう。断る気満々だったのに……。
お姉ちゃんのせいだ。あんなこと言うから。
気持ちが揺れながら、受付は終わった。
「そろそろ行こっか。式始まっちゃうよ」
そう言う梨花に、微笑み返した。
◇
父の腕に手をかけて姉がバージンロードを歩く。
壇上では、新郎の神谷健斗さんが少し緊張した顔をして待っている。
母は今にも泣きそうだ。
泣くの早いぞ……。
俊の顔を見ると、姉をずっと目を細めて見ていた。
私は、パッと目を逸らした。見てはいけないものを見てしまった気がした。
心臓の鼓動が勝手に早くなった。
姉が健斗さんの元へ。誓いの言葉が始まった。
つい、私は俊を見てしまう。私から真横の席。今は俯いている。
「……誓います」
「それでは誓いのキスを……」
健斗さんが、姉のベールを上げた。
二人のキスを見ながら、俊の方に視線を移すと、俊はやっぱり俯いていた。
姉と健斗さんは幸せそうに二人でバージンロードを歩いて外に行った。
「皆様は外に出ていただき、並んで新郎新婦をお待ちくださいませ」と係員。
教会の外に行くと、俊が近づいてきた。
「紗奈ちゃん。今日帰り少し遅いよね? 駐車場で待ってるよ。終わったらラインちょうだい」
「うん。わかった」
「写真撮ってもいい? めちゃ可愛いから」
「うん」
つい、営業スマイルをしてしまう。
……いかん。
少し表情を崩す。
カシャ。
「ありがとう」
「いえいえ」
俊が耳打ちしてきた。
「本当は、抱きしめたいところだけど、みんないるからやめとく」
「また、そういうこと言う……」
俊は朗らかに笑った。
係員が、花を配る。
「新郎新婦がいらっしゃいますので、かけてあげてください」
拍手に包まれ、二人が出てきた。
「おめでとう!」
隣の俊が、二人に声をかけた。
「お似合い! 健斗さん、紗英のこと頼みます!」
私は、ただ笑ってた。
写真撮影タイム。
梨花さんが、カメラを持っていて、俊と私と新郎新婦で撮ってくれた。
「私、撮ります」
梨花さんのカメラでみんなを撮った。
健斗さんが自分の知り合いのところへ顔を出しに行った。
「俺も撮る」
俊が姉を撮り始めた。梨花さんも入る。
「紗奈ちゃんも入りなよ」
梨花さんが気を遣っていってくれたが、私が撮ってあげることにした。
「私、撮るよ?」
俊のスマホで撮ってあげた。俊が何度もポーズを撮るのでその度にシャッターを切る。
「姉妹で撮りなよ」
梨花さんが私のスマホで撮ってくれた。
「ありがとう」
係員が来た。
「披露宴の準備が出来ましたので、移動をお願い致します」
◇
披露宴は、つつがなく進んでいく。
姉の方ばっかり見てる俊を見て思った。
お姉ちゃんのこと、そんなに好きなんだ……。
お姉ちゃんには何枚も写真撮るのに、私には一枚だけだ。
そんなことばかり考えていたら、料理も味気なく感じた。
……返事どうしよう。
なんで私と付き合いたいんだろう。
お姉ちゃんを忘れたいから?
……もう手が届かないのに。
私が付き合ったら、どうなるんだろう? 姉のこと忘れられるんだろうか?
お姉ちゃんは俊のこと、どう思ってるんだろう?
たぶん……お姉ちゃんのことだから、その気はないと思う。
考えていると、俊のことが気になってきた。……同情心? たぶん違う。
自分の気持ちがよくわからなくなってくる。
――披露宴が終わった。
◇
「お疲れ様」
姉が声をかける。
「お姉ちゃんもお疲れ様。今日はゆっくり休みなよ?」
笑って言うと、姉も笑った。
姉たちは、このまま新居に入るらしい。すでに引っ越しも終えていた。
「私、用事あるから一人で帰るね」
「あら、どしたん?」
「俊がね……」
「あー。……大丈夫? 付いて行こうか?」
「小学生じゃないんだから」
笑って言った。
「いや、でも。……心配だよ。変なことする人ではないと思うけどさ」
……キスされそうになったけどね。
「大丈夫だよ。……言わなきゃよかったな」
「私から注意しとくわ」
お姉ちゃんに言われたら、辛いと思う……。
「いいって。私だって子供じゃないし、対処法わかってます!」
「そう……わかった」
私はその勢いのまま、駐車場に向かった。俊にラインした。
すると、俊が歩いてきた。
「お疲れ様」
「遅くなってごめん」
「気にしなくていいよ。こっちがお願いしたんだし」
だんだん胸がドキドキしてきた。
白いスポーツカー。ドアを開けて、助手席に乗る。
「疲れたでしょ」
そう言って、俊が私の手を握った。
暖かくて、少しだけ湿っている。
なんて言おう……。まだ、決めてなかった。でも、気持ちは決まってた。
「怖いけど、返事聞かせて欲しい」
私は、俊の目を見た。俊も見つめ返す。真剣な表情。
――お姉ちゃんの言葉を、信じてみようと思った。
「迷ったけど……私、俊と付き合うよ」
「ほんと?!」
俊は深いため息をついた後、「よかったー」と呟いた。握った手が震えていた。
俊が私の頬を撫でる。
「紗奈、好きだよ」
そっと唇を重ねた。優しかった。
――好きって返せなくてごめん、俊。
◇
井上匠の家。
机の上に、もう一本、新しい杖が置かれていた。




