第5話 悠さん? 井上さん?
朝、給湯室にポットを持って行こうとしたら、もう既にお湯が沸いていた。
誰がやってくれたんだろう?
「おはよう」
振り向くと井上さんがいた。
「いつもやってくれてたの、白石さんだったんだね」
「ああ、うん。ありがとうね。……じゃあ、これからは頼む!」
笑って押し付けようとした。
「僕の方が先に来てたらやっとくよ。当番とかじゃないのにやってくれてたの、優しいね」
なんか褒められ慣れてないから、くすぐったかった。
「こういうとこ、目についちゃうだけ」
私、係じゃないんだけど、やってくれる人がいないからやってるだけなんだよね……。
新しいプロジェクトの会議があった。
井上さんも参加していた。
今までは、参加してても気にしてなかったのに。
プロマネの岩城さんが、プロジェクトの概要説明を始めた。
「今回はクロスプラットフォーム前提で進める。PCとモバイル両対応だから、連携よろしくな」
「今回の強みは、アパレルブランドのAI試着機能だ。サイズ提案やコーデ提案までやる。見た目と操作性、どっちも大事になる。ウェブとモバイルどっちもだけど、いけるよな?」
「はい」
わー! リーダー任されちゃった!
岩城さんの話し声が遠くなっていく。
「モバイル設計に関しては、……」
何人いる? 三人いるよね。まとめないといけないね!
人まとめるの初めて……責任重……。
「……君、白石君? 聞いてる?」
「は、はいっ」
「スケジュールかなりタイトだから、井上君とよく話し合って進めるように」
井上さんと?
「……はい?」
「あー、細かいことは井上君に聞いてくれ」
「じゃあ、今日はここまでな。週末ごとに進捗会議やるからよろしく。解散!」
会議室をふわふわした足取りで出て行こうとする私に、後ろから井上さんが声をかけてきた。
「よろしくね」
なんか余裕の笑顔。確か元々モバイルアプリ開発側のリーダーだったような気がする。違ったっけ?
「わからないところ、色々教えてください」
「もちろん。いつでも」
同い年なのに、私はこんなに緊張しまくってるのに、なんでそんな余裕そうなの?
◇
午後。
業務連絡が入る。
――今週金曜日、悠さんからの予約。
また予約したの……? 会社で話せばいいやん!
……まだ、結婚どうするか決めらんないのかな?
会議室で、今後の業務の進め方について井上さんとデザインチームとで打ち合わせすることにした。
みんな揃ったのを確認して、口を開いた。
「えっと……じゃあ、始めます」
「佐伯さん、モバイルやったことあるっけ?」
「はい」
「中村さんと田辺さんはモバイルやってないから私やるね」
井上さんと仕様詰めないといけないのか……。
「まず全体の画面構成から決めたいです。今回、試着機能が売りになるので、そこを中心に組んだ方がわかりやすいと思います」
井上さんが少し身を乗り出して言った。
……全体構成なら、入口から決めた方が早いか。
「先にトップ画面決めない? カテゴリ別に服を並べて、ドラッグで試着できるのがいいと思うんだけど……。井上さん、出来そう?」
「できるよ。サンプル作って持って行こうか?」
「うん、お願い」
あとは、ページごとの細かい指示をして打ち合わせは終わった。
「白石さん、いい感じだよ」
「え? 何が?」
「リーダーやるの、自信なさそうにしてたからさ」
私、自信ないって言ったっけ? なんでバレてんの?
「……ありがとう。と言うか……」
声のトーンを落とす。
「会社で話できるのになんでまた……。お金かかるでしょ?」
「キャンセルしたら、キャンセル料かかっちゃうよ」
「こっちからは、理由ないと断れないの」
「……もう一回だけ、付き合ってよ」
「知り合いとはあっちで会いたくないわ」
キッパリ言い切った。
「そうか……」
くるりと背を向けた背中が寂しそうに見えた。
「わかった。あと一回だけね」
彼は振り向いて、笑みを浮かべた。
「ありがとう」
――キャンセルさせたら、私が悪者みたいじゃない?
その夜も俊からラインが届く。文面だけ見ると熱烈なラブレター。
『こんばんは。お仕事お疲れ様。今何してる?』
『お風呂入るところです』
『ゆっくりあったまるんだよ。今日も好きだよ』
『おやすみなさい』
『おやすみ』
ほんと、マメだよな……。
◇
次の日。
井上さんが私の席までノートPCを持ってきた。
「昨日のサンプル、簡単だけど作ってみた」
「早っ」
画面を見る。トップにモデル画像、その下にカテゴリ一覧。
「これ、ドラッグで試着ポンポン変えられるんだよね?」
「うん。できるよ。やってみて」
スマホをデスクに立てかけて服をドラッグし、少し離れる。
「おーー!」
手を挙げたり、足を開いたりしてもついてくる。
「これ、片手で持ちながらとかも出来そうじゃない?」
スマホを手に持ったまま、横を向く。すると、服も一緒に横のスタイルも表示された。
「すごい!」
「これもしかして後ろ姿も見える?」
「商品側の360度の情報あればいける」
井上さんが笑った。
「さすが、一流エンジニア!」
つい、井上さんに近づいて小声で「レンタル抜きでデートしてあげよっか?」と言ってしまった。
「まじで?」
「あはは! うそだよ」
井上さんは、ノートPCをパタンと閉めた。
「もう教えない」
やば。怒らした?
「ごめん……うそ撤回するから」
井上さんがこっちを向き、ニヤリとした。
「あっ……」
やられた。
「まあ、明日よろしく」
そう言って井上さんは笑いながら席に戻って行った。
……なんか茶化したつもりが茶化された気がする。
◇
金曜日。
プロジェクトの設計は、特に支障なく着々と進んでいた。
私は井上さんの席に行った。
「私用の連絡しづらいから、ライン登録してくれない?」
「ああ、いいよ」
職場でレンタル彼女の話は、軽々しく出来ないから。
QRコードを読み取って登録した。
俊に出したスタンプと違うスタンプを選んだ。
『ヨロシク』『ありがとう』
推しのスタンプ。この人には可愛いスタンプは似合わない気がした。
◇
定時後。
今日は、仕事の話も含めてパスタのあるカフェで会うことになった。
店に入ると、井上さんが軽く手を挙げた。
いつものチェック柄のシャツと雰囲気が違う。
スーツ姿で外で会う井上さんは、新鮮だ。なんて呼んだらいい? 悠さん? 井上さん?
「お疲れ様」
「おつかれさま」
何も言わずにメニューを差し出してくれる。
「何食べよっかなー」
「あ、今日は奢りよね?」
念のため、聞く。ここ、肝心。
「うんうん。もちろん」
しばらくメニューを眺めて、『きのことベーコンの和風パスタ』にした。井上さんは『カルボナーラ』とサラダセットを頼んだ。
「食べる前に、渡したいものがある」
彼は紙袋からガサゴソと何か箱を取り出した。
目の前に置かれた細長い箱。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
なんだろ? なんかドキドキする。びっくり箱じゃないよね?
箱の中には、木でできた小さな杖が入っていた。持ち手には細かな装飾まで彫られている。
「え……これ、作ったの?」
「うん。言ったろ? テーマパーク行った時、作ってあげるって」
「すごい!」
手にとって、手触りを確かめた。
ツルツルでもなく、ざらざらでもなく、軽い。軽く振ってみた。
「ちなみに俺のはこんな感じ」
そう言って、スマホの写真を見せてくれた。
映画で出てくる杖に似ている。
「こっちの方が手が込んでない? ずるい」
「じゃあ、交換する?」
「うん。そっちの方がいい」
井上さんが口を押さえて笑っている。
「何笑ってんの?」
「いや、ずるいって言われると思ってなかったから……。最初にそっち作って、そっちの杖の方が時間かかったんだよ。あんまりゴテゴテしてない方がいいのかと思った」
「だから……そっちの方がいい。じゃ、交換よろしく」
欲張っていいなら……どっちも欲しいけど。
名残惜しくなりながら、いったん杖を返した。
その日は、仕事の話をしながら美味しいパスタを食べた。
気がついたら、かなり時間が経っていた。




