切ない話
どうも、しゃーなこと星野紗奈です( *´艸`)
今回は「切ない話」を手に取っていただき、ありがとうございます。
途中英文が出てきますが、もしかしたら間違っていたらすみません……
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
それでは、どうぞ↓
「あーあ、ママになんて言い訳しよう」
今日返却されたばかりの英語の小テストを見て、ため息とともにそんな言葉をこぼした。
「奈乃果、どうだった?」
早百合が心配そうに近づいてきた。
「35点。まただめだったよ」
そうやって笑ってごまかしているものの、内心すごく焦っている。なぜなら、夏休み明けの定期テストの結果が悪かったら、塾に通わされることになっているからだ。
「そっか……。やっぱり、私が夏休みに教えようか?」
「いやいや、早百合にそこまで迷惑かけられないし、自分で何とかしてみるよ」
「そう?奈乃果のお願いなら、なんでも聞くから、いつでも相談してね」
「うん、ありがとう」
さて、どうしたものか。私はそんなに馬鹿ではないのだが、英語だけはどうにもできないのだ。何か良い方法を探さなければ、私は中学校生活という名の青春を謳歌することができない。
そうは言っても、明日から夏休みだ。これは遊ばないわけにはいかない。現に、カレンダーの白い部分は文字でいっぱいだ。これからの予定を考えていたら、英語の小テストの点数なんてすぐに忘れてしまった。
終業式が終わり、私はまっすぐ家に帰っていた。
「英語、どうしようかな……」
また一人でため息をついた。どうにかしようといろいろな案を頭に浮かべてみるが、どの方法もうまくいきそうにない。はあ、とため息をつく。今日何度目のため息だろうか。
すると、突然後ろから声をかけられた。
「Hello」
振り返ると、茶髪の美少年がいた。夏の風が彼のさらさらとした美しい髪を揺らす。ラベンダーのような甘い香りが鼻をくすぐる。彼は絵に描いたようなイケメンだった。
「Hello?」
もう一度話しかけられ、はっと意識を戻した。しかし、彼が話しているのは私の苦手な英語。
「えっと……。へ、へろー?」
彼の口から出た言葉が挨拶だということはさすがに知っていたが、いざ話してみると難しい。発音がなっていないのが自分でもわかるほど、カタカナ英語になってしまった。この後はどうしたらいいのかわからず、顔を真っ赤にして焦っていると、彼は突然笑った。
「ふふっ、君はほんとに英語ができないんだね」
笑いながら彼はそう言った。私自身、英語ができていないのはわかっている。しかし、初対面の人に笑われるなんて初めてで、少々むかついた。
「ふふっ、ごめんね。よかったら僕が教えてあげようか?」
「どんな人かわからないのにそんなこと頼めません」
「それもそうか。僕の名前は流衣だよ。よろしく」
「それで、私に英語を教えてくれるってどういうことですか?」
流衣の話を聞いてみると、なんと彼はハーフらしい。だからさっきの挨拶も妙に発音が良かったのか。後ろで私のひとりごとを聞いていて、英語の勉強を手伝おうかと声をかけてくれたそうだ。人の独り言を盗み聞きするなんて趣味の悪い奴だ、と思ったが、口には出さなかった。
正直に言うと、この人を信用していいのかわからなかった。普通の人なら、あって数分の人を頼ったりしないだろう。でも、なぜだか彼に頼まなければならない気がした。
「じゃあ、教えてもらってもいいですか」
「僕で良ければ」
そういって流衣は笑った。不覚にも、ときめいてしまった。その笑顔は夏の太陽と同じくらい、いや、それ以上にまぶしかった。
それから私は、毎朝公園のベンチで英語の勉強をするようになった。夏休みなのに早起きを毎日続けなければならないなんて、とはもちろん思った。しかし「早起きは三文の徳って言うでしょ?」と流衣が一歩も譲らなかったので、しぶしぶその約束を了承した。
「おはよう奈乃果」
「流衣、おはよう。今日も早いね」
「まあ、早起きには慣れているからね」
「すごいね、流衣は」
「じゃあ、今日も始めようか」
私は毎日、いたってまじめに勉強した。とはいっても長い時間やっていたわけではない。朝早くから予定が入っていたり、泊りがけの予定があったりしたときは流衣との勉強会を休んだ。でも、流衣の教え方がうまいから、一日一時間くらいの勉強でもしっかりと内容が頭に入っていた。
「ねえ、流衣。夏目漱石が英語を翻訳した話って聞いたことある?」
「いや、知らないな。どんな話なの?」
「えっとね、夏目漱石は”I love you”を『月が綺麗ですね』って日本語に直したんだよ」
「へぇ、それは興味深いね」
「ロマンチックだよね」
「うん。また日本のことについてもっと教えてよ」
「うん。いくらでも教える!」
流衣の笑顔に、また、ときめいた。彼と過ごす時間は、私にとって『ただの勉強会』ではなくなっていた。
中学二年生の夏休み、私は恋に落ちた。
「えぇっー!?」
夏休み明けの定期テストが返却され、おもわず叫んでしまった。
「奈乃果、どうだった?」
「……85点」
「すごいよ、奈乃果!がんばったね」
「えへへ」
夏休み中の流衣との勉強の成果がしっかり出たようだ。うれしかった。それは自分の英語力が上がったことに対してなのか、ママに怒られないことに対してなのかはわからない。
「早く流衣にも報告したいなぁ……」
この点数が取れたのは、流衣のおかげだ。ちゃんとありがとうと伝えたい。でも、きっと理由はそれだけじゃない。とにかく、早く流衣に会いたい。次はいつ会えるだろうか。部活が終わると、私は寄り道せずに家に向かった。
まっすぐ帰ったといっても、家に着いたのは七時を過ぎたころだった。
「ただいまー」
「おかえり」
「うっひゃあ」
自分の部屋のドアを開けると、そこには流衣がいた。驚いて思わず変な声が出てしまった。きっとママが勝手に流衣を私の部屋に案内したのだろう、なんて考えながら高鳴る心臓を落ち着かせる。彼はにこにこしながらこちらを見ている。
「流衣、来てたのね」
「まあね。それで、結果は?」
「85点!すごいでしょ」
「本当に!?すごいよ、奈乃果!」
「流衣、本当にありがとう」
そういうと、流衣はとてもうれしそうに目を細めた。
「僕ね、英語の先生になるのが夢だったんだ」
「夢だった……?」
何かがおかしい気がした。この先を聞いてはいけない気がした。でも、流衣が私に何かを伝えようとしているような気がして、話を止めることはできなかった。
「そう。だからね、奈乃果が英語をできるようになってくれてうれしい」
「そんな、流衣のおかげだよ」
「だからね、僕もお礼を言いたいんだ」
何かの終わりが近づいていることを告げるように、風がカーテンをたなびかせる。その『何か』が何なのかは、まだわからない。どれもこれも私の勘でしかないけれど、なんだか悪い予感がする。
「奈乃果、ありがとう」
「こちらこそありがとう。助かったよ」
私は精一杯笑って見せた。この関係が終わらないように。この時間がいつまでも続くように。願いを込めて。
「ねぇ、最後に一ついい?」
「冗談言わないでよ、最後じゃない」
ああ、神様はなんて意地悪なんだ。
「奈乃果」
幸せな時間を長く続けさせてはくれない。流衣は笑った。
「月が綺麗ですね」
私が瞬きをすると、流衣は消えていた。目の前で起きた非現実的な現象を信じることなんて、私にはとてもできなかった。もしかしたら、信じたくなかっただけかもしれない。私の部屋いっぱいに広がった彼の香りだけが、彼の存在を証明していた。
「私、死んでもいいわ」
そんな言葉を口にしてみたけれど、きっと流衣には伝わっていない。届いていない、もう、届かない。
私がここまでがんばれたのは流衣のおかげなのに。いくらお礼を言っても言い足りないのに。私は流衣に恋したのに。私たちは両思いだったのに。彼は私のことなんか知らずに、私の前から消えてしまった。いや、私も彼の事なんて知らなかったんだ。
涙も、想いも、あふれて止められなかった。その夜はずっと泣いていた。その夜の月は、やはり綺麗だった。
「I miss you, my hero.」
かすかに残ったラベンダーの香りは、夏の終わりを告げていった。
ありがとうございました!




