009:初めてのお客とお代と禿頭
――事業申請は無事に通った。
推薦状を書いてくれた父には感謝しないといけないと、お礼の手紙を認めたが、返事は短く『気にするな』とあった。随分と素っ気ないものだが、私から話を聞いたトルーデは『ご店主さまは照れておられるのですよ』と笑った。
なににせよ、早く動いて少しでも今後のためのお金を用意したいからと既に行動に移していた。最初は近所から不要になった服を安く買い取ることを主に動き、屋敷の門扉には代筆業の看板を立てた。
私がいなければ、買い取り価格を決められない。個人の家からの買い取りは大量に仕入れることができない。代筆業もお客さんはまだ訪れていない。物置部屋に置かれた買い取った衣装を前に私は独りごちる。
「流石に最初から上手くはいかないわね」
不用になった服の買い取りは、まあまあといったところだろう。状態の良いものは高めに買い取り、ほつれや破れがあるものは安く。修繕も厳しいものは無料で引き取っている。積まれた衣装の数はそう多くない。そう多くはないうえに、服の大きさもまばらだし傷み具合もそれぞれだ。一先ず、綺麗なもの、傷みの少ないもの、再利用が難しいものに分けていこうと私は袖捲りをした。
「これくらいなら、まだ……こっちは駄目ね」
服自体、重いものではないから身重の私でもできることである。お腹が大きくなれば少し辛いだろうけれど……その時はその時になって考えよう。仕分けを進めていると、どたどたと音を立てながら誰かがこちらへとやってくる。
「エ、エレノアさまー!!」
ロッテが物置の前できゅっと足を止め、目を見開きながら私の名前を叫んだ。
「お客さまがこられましたーー!!」
凄く嬉しそうな表情でロッテが『代筆をお願いしたいと!』と状況を教えてくれる。私は本当にと言いたくなるのをぐっと堪えた、物置を出て『行きましょうか』とロッテと一緒に歩き出す。
初のお客さまは応接室に案内しているとのことだから、短い廊下を歩いていく。どんな内容を依頼されるのかと、少し胸が高鳴るのを感じつつ応接室の前に私は立った。少しだけ手が震えているのを自覚して、ドアノブを握り込み中へと入る。応接用の椅子にはトルーデと同じ年齢くらいの女性が座っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
私は挨拶をしてお客さんの前に腰を掛ける。にっこりと笑みを浮かべたお客さんは『よろしくお願いしますね』と告げたあと、片眉を上げた。
「代筆屋が近くにできたと噂になっているんだけれどねえ……庭にいる方が怖くて。勇気を振り絞ってきたのだけれど、若いお嬢さんで安心したよ」
お客さんが苦笑いを浮かべる。今日はアントンは休暇で屋敷にはいない。たしかにアントンは右の額に傷があるし、体格も良いし、強面だから、なにも反論ができないと私も苦笑いを浮かべるしかなかった。アントンは庭で過ごしている方が警備を行い易いと言って、外で過ごすことが多い。一緒に応接室に入っていたロッテも『アントンさんの顔、怖いですからねえ』と微妙な雰囲気を醸し出していた。
たしかにアントンは強面だから、知らない人がみれば怖いのかもしれない。ただ彼は無口だけれど、良く気が付き、相棒となるゲオルグと一緒に屋敷の雑事を担ってくれている。短い期間であるが、一緒に過ごす仲間と言っても過言ではない。ただ商売に支障があるなら、アントンの配置は考えないといけないだろう。
さて、どう話を切り出そうかと私がお客さんと視線を合わせれば『ああ、そうそう』と声が上がった。
「お嬢さん、代筆料はいくら掛かるのかしら? 門扉の前で彼女を捕まえたのだけれど、詳しく分からないから中にお入りくださいって言われてねえ」
お客さんがロッテに顔を向ける。なるほど。開いたばかりの店だから、周りの人たちに情報が回っていないようだ。代筆料の目安を看板に記しておいた方が良さそうだ。これも改善案となるなと私はあとで直そうと決め、お客さんに料金を伝えた。特に問題はないようで私は『本日はどのようなお手紙を?』と言葉を投げる。するとお客さんは勢い良く語り始めた。
「離れた領地に住む、息子夫婦に手紙を。元気に暮らしているか、お金は足りているか、ああ、そうそう。孫が元気かどうかも聞いて欲しいの」
どうやらお客さんはお子さんのことを気に掛けているようだ。戦争が終わって間もないから、いろいろと苦労しているのではと心配されている。王都は戦地から遠く離れているため、戦の影響は微々たるものだった。
戦地に近づけば近づくほど影響があったようで、生活がまともに送れているのか聞きたいそうである。なるほど、と私はメモ用の紙を取り出した。そうしてお客さんに手紙に書く内容をざっと説明する。あと、息子さんと奥さんと子供の名前を聞き、他にも書いておくべきことはないかと問いかけた。
そうして私は違う場所、自室で手紙を書いてくるとお客さんに伝える。するとお客さんが私を引き留めた。
「文字が読めない人も多いから、代読もお願いできないかしら?」
「分かりました。少し考えておきます」
お客さんの要望に直ぐ応えることはできないが、文字を読むだけならロッテの勉強に丁度良いのかもしれない。難しい言い回しや文法を使っていると難儀するかもしれないけれど、私が補助に入れば問題ないはず。
これもまた頭の片隅に置き、ロッテにお客さんにお茶をとお願いして私は一旦応接室を出る。部屋に戻る途中、トレーダに会ったから事情を説明してロッテの様子を見て欲しいとお願いしておく。さて、これからはセンスが問われるなと苦笑いを浮かべ、自室に戻った私は手紙用の紙を取り出して机に向かう。するとアドルフの姿絵と婚姻指輪の箱が目に入った。
「アドルフ、初めて代筆の依頼がきたの。上手く書けるかしら?」
独り言を呟いて、私は筆を執る。慌てず、ゆっくり丁寧に文字を紙に記していく。貴族が好んで使うものではなく、平民の人たちが普段使う言葉を記すようにと気を払う。小さな手紙用の紙にたくさんの想いを乗せられるように。一文一意で読み間違いがないようにと心掛けた。
「貴族向けの手紙より難しいかも……」
貴族の手紙は定型の挨拶文を書き込み、そこから本題に入ることが多い。時折、遠回しな言い方を使ったりするけれど……五年間貴族だった私はそれに慣れてしまっていたようだ。
素直に体調の心配やどう過ごしているかと問うていると、少し気恥しくなってしまった。書き上げたのだから、お客さんを待たせては申し訳ないと、修正用の手紙の紙を念のために用意して応接室を目指す。扉の前に立てば、中からロッテとお客さんの笑い声が聞こえた。どうやらロッテの明るい性格がお客さんとの会話を弾ませているらしい。心配は必要なかったかと私は扉をノックして、中へと足を進めた。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう。見せて頂けるかしら?」
私の声にお客さんが手を伸ばす。私は書いた手紙をお客さんに渡した。おもむろに受け取ったお客さんは文字は読めるけれど、書くことを不得手としている人のようだ。
文字は読めるけれど、書けないという人は一定数存在する。紙やインク代に筆代が高く、文字を上手く書けるまで練習できずそのまま過ごしていくのだ。私は恵まれていて、幼い頃から読み書きの練習を家でさせて貰っていた。
「字が綺麗ね。以前、頼っていた代筆屋は少し雑な所があったのよ」
お客さんが苦笑いを浮かべた。私は男爵家に入ってからも、手紙を書く機会が多くあった。文字が汚いと馬鹿にされてしまうため、丁寧に書くことを意識していた。こんなことでお客さんに褒められるとは思わず、少し照れ臭い。しかし手紙の内容に満足して貰えるだろうかと、お客さんが読み終えるまで胸が少しうるさかった。
「問題ないわ。お願いした通り、優しい口調の文章ね」
そう口にしたお客さんは代金を机の上に置く。銅貨十枚と紙代の報酬は高給取りとは言えない。けれど私が初めて自分で稼いだお金だった。小さな額でも、自分の仕事が暮らしを支えるお金になったという実感がどこからともなく湧いてくる。私は机の上に置かれた銅貨を受け取って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ。また機会があればお願いね」
私が礼を執ると、お客さんは席から立ち上がる。すかさずロッテが移動をして、扉の方へと向う。
「ご案内いたします!」
扉を開けながら元気に声を上げるロッテにお客さんは笑みを浮かべて『お願いね』と言い残して応接室を出て行った。そうして私は手に取った銅貨をしばらく見つめていた。
上手くいくか分からないまま始めたことだし、気道に乗るかもわからないけれど……最初のお客さんに褒められたことは素直に嬉しい。トルーデとロッテも協力的なので、本当に有難いことだ。目を細めながら銅貨を見ていると、ふいに気配を感じて顔を上げた。そこにはトルーデが立っていて、微笑ましい表情を浮かべている。
「良かったですね、エレノアさま」
「トルーデ! もうっ!」
揶揄われていることが一瞬で分かり、私は顔を赤く染める。一先ず、看板の手直しをしようと、ゲオルグを呼び、看板に料金を書き足して貰った。アントンの庭の配置はどうするのかは明日、彼と話し合って決めよう。そうして私はまた物置の買い取った衣料品の仕分けに戻り、次の日も届いた衣料品の仕分けをしているといつの間にか時間が過ぎていた。
代筆の依頼を受けた二日後。朝。
アントンが屋敷にやってきているのだが、どうにも様子がおかしい。いつもキリっと背を伸ばしているのに、今日に限っては少し背を丸めていた。私は気になってアントンの下へと向かえば、とんでもない光景が目に入る。
「アントン、どうしたの、ソレ!」
「いえ、ロッテから私の雰囲気が怖いと言われまして……髪を短くすれば雰囲気がマシなるかと理髪店に向かったのですが、全て剃られまして」
そこには髪の毛を綺麗さっぱり剃ったアントンが立っている。どうやらお任せで髪を短くして欲しいと理髪店に向かえば、綺麗さっぱりと髪を剃られたようだ。アントンは眉尻を下げながら、綺麗になった頭を撫でながら言葉を続ける。
「これから暑くなるし丁度良いだろうと」
確かに暑くなる時期となるから良いのかもしれないが、厳つさに拍車を掛けていた。とりあえず、事情を話して玄関の門扉の前に立つことは控えるようにと私はアントンにお願いする。凄く申し訳なさそうにしているアントンには悪いけれど、たしかにアントンが始終立っていれば中に入り辛い。二日前はお客さんがロッテを偶々捕まえて、中に入ってくれたのだから。
「うぉ!? アントンさんの頭がツルツルに!!」
「ア、アントンさん? 余計に怖くなっているじゃないですかー!!」
庭に出てきたゲオルグとロッテの声が屋敷に響く。困り顔のアントンに私はつい笑みを浮かべてしまった。二日前、お客さんに書いた手紙は送り主へと届いているだろうか。まだ時間が掛かるかもしれないけれど、届いていれば最後にはこう書かれているはずだ。
――代筆屋『青い鳥』、エレノア・カウフマン……と。




