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【完結】夫を亡くした私ですが息子と一緒に幸せになります~代筆と繕い物、ときどき騎士さま~  作者: 行雲流水


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031:安堵と不安と優しさ

 ヴァルターと仲間の男性騎士一人と一緒に屋敷を目指す。


 仕事は良いのかと問えば、緊急事態から上の人から許可を得ているそうである。最近のハンスの様子を語っていれば、ヴァルターが気づけなくて申しわけないと高い背を丸くして落ち込んでいた。私も今の今までハンスの症状は風邪だと思っていたのだから、毎日屋敷へ顔を出すわけでもないヴァルターが、ハンスが寝込んだことを知らないのは当然だろう。

 彼らと話しているうちに、少し頭がすっきりとしてきた。不安は消えていない。けれど、助けてくれる人がいること、もしかすると希望があるかもしれないと望めたことが私の気分を落ち着かせてくれている。


 「ヴァルター!」


 「エレノアさん! 戻ってきたぁ!」


 もう一人の男性騎士と女性騎士が門扉のところに立っていて、私たちを見るなり声を上げた。そして白衣姿の人もいる。騎士の二人は私の姿を見て、凄く安堵の表情を浮かべていた。


 「何事もなくて良かった」


 「早くハンスのとこへ行ってあげて」


 ホッとしている二人に私は街中で無視してしまい申しわけないと頭を下げる。すると気にするなと二人がゆっくりと首を振った。事情を知った彼らは状況的に仕方ないことだと。数度しか顔を合わせていないというのに、本当に気さくな人たちだ。嫌な顔ひとつせず、騎士団の医者を連れてきてくれている。

 

 「では、ご案内を」


 白衣の人は屋敷の主人が戻ってきたのだからと私を急かした。私もハンスを診て欲しいから『どうぞ、中へ』と告げる。私を心配してくれていた騎士団の三人は庭先で待っているとのことだ。私は白衣の人とヴァルターを伴って玄関へと入った。すると壁にもたれかかっていたイダとアントンとゲオルグが一斉にこちらを向いた。


 「エレノア! 大丈夫なのかい!? 足、ボロボロじゃないか!!」


 私の下へと駆け寄ったイダが両腕を肩に置く。


 「心配してくれてありがとう、イダ。でも、今は」


 「分かってる。早くハンスのところに行ってやりな」


 そう言ったイダは右手を放して、ぽんぽんと私の二の腕を軽く叩いた。アントンとゲオルグもなにか言いたそうにしていたけれど黙ったままだ。私はそのまま歩いて、自室の中へ入る。

 

 「エレノアさま!!」


 ロッテがハンスのベッドの側で涙目になっていた。トルーデも物凄く心配したという表情をありありと浮かべている。ハンスの面倒は二人が見てくれていたようで、二人もハンスの口の中のことや痣に気付いたようだ。イダとゲオルグとアントンは開いたままの扉から中の様子を伺っていた。

 

 「お願いします」


 「失礼」


 私の声に顔色一つ変えずに白衣の人はハンスのベッドに寄った。ふむ、とハンスの首元に手を当て、口の中を開く。そのあとハンスの服を捲れば『ああ』と小さく声を上げる。ハンスから私たちに向き直った白衣の人は、無表情のまま告げた。


 「酸っぱい果物……レモンやライムを与えてみて欲しい。もしかすると改善がみられるかもしれな――」


 「――ハンス、エレノア!! 医者を連れて参りましたわ!!」


 バンという扉が開く音とともにベアトリーチェが凄い勢いで入ってきた。彼女の後ろには白衣を纏う中年の男性がいる。彼は手拭いで汗を拭いているから、ベアトリーチェは相当に急かしたようだ。


 そうしてベアトリーチェは『さあさあ、ハンスを診てくださいまし!』と中年の男性を急かしてベッドの側へと導く。騎士団の医官である白衣の人は変わる状況に目を回しているものの、新たに現れた医者へ『貴方の所見を聞きたい』と真剣な眼差しを向ける。持っていた鞄を机の上に置いた中年の男性も白衣の人と同じように、ベッドに眠るハンスの様子を見て目を見開いて、これはと小さく呟くと黙り込む。代わりに騎士団の白衣の人が口を開いた。


 「私には子供がこうなった原因は分からない。ただ最近、風の噂で歯茎からの出血や身体に痣が出ていたら、酸っぱい果物を与えろと聞いた」


 噂だから本当に効くとは限らないがと騎士団の白衣の人が中年の男性に視線を向ける。


 「ふむ。私の師匠は元船医なのだが……長期間、海に出る船乗りに、子供とよく似た症状が多く出ていたそうだ」


 騎士団の白衣の人が中年の男性に頷いた。


 「数年前、国外の船医たちの間で、この病には柑橘が効くと分かったらしい。師匠の元にも知らせが届いた。ただ、この国ではまだほとんど知られていない」


 市井でも発病するのであれば、早く伝わるように王立医師会に報告してみても良いかもしれないと二人は語り合っている。私はトルーデに目配せをして、なにかあるかと問えば返事はないということだ。私とトルーデの様子を察したゲオルグは『俺、ちょっと買ってきます!』と告げて、だっと走り出す。二人の医者はそんな様子に目もくれず、話を続けていた。


 「詳しい原因までは分かっていない。ただ、この病は長く新鮮な果物や野菜を口にしていない者に出やすい。もしかすると子供には生の野菜や果物を与えていなかったのではないかな?」


 中年男性はこちらに振り向く。私は正直に答えるべきだと口を開いた。


 「まだ幼いため、スープに浸したパンとすり潰した煮物を食事に出しておりました」


 「なるほど。それが重なったのだろうね」


 「まさか……そんな、ことで……」


 ぽたぽたと私の目から涙が流れ落ちていく。良かれと思ってハンスに与えていたものが、まさか病気を引き起こす切っ掛けになっていたなんて。トルーデも両手で顔を覆っているから、あとで貴女には責任はないと伝えなければ。そう。屋敷で起こったことは私の責任なのだからと私は拳を握り込む。


 「お二方。貴方たちの所為でもない。与えていた食事が悪かったわけでもない。いくつもの不運が重なっただけのこと……神の悪戯とでも言うしかないでしょう」


 騎士団の白衣の人が優しい言葉を投げてくれる。少し心が軽くなったような気がするけれど……全ての靄が晴れたわけではない。口を堅く結んでいる私を見た中年の男性は、持っていた黒い鞄を持ち直して私を丸椅子へと導いた。


 「さて、子供のことも気になるが、私は貴女の足の怪我も気になるのでね。治療をさせてくれないか?」


 私の膝を見た彼は『随分と無茶をしたものだ』と苦笑しながら、鞄を開き中から消毒液とガーゼを取り出す。


 「ここにきて良かったよ。代筆屋青い鳥の看板が見えた。師匠の大切な奥方の衣装を直してくれた店だ」


 足下に屈んだ中年の男性は目を細めながら教えてくれる。形見である橙色のワンピースを直して欲しいと依頼をくれた老人の弟子だそうだ。あの老人は外の国で船に乗り医者を務めていたとのこと。引退して、王国に戻ってきて弟子を取って医者を育てているそうである。あの老人のペンダコは医者として、ずっとずっと知識を得ていた証拠だったようだ。


 「師匠は随分と気落ちしていていたけれど、形見が元通りになったと喜んでいる。あの師匠が貴女が教えてくれたことを実践しているよ」


 くつくつと面白そうに笑いながら中年の男性が私の膝に包帯を巻いてくれる。ただの擦り傷だから、少し大袈裟に見えるけれど気持ちが有難かった。鼻を啜りながら礼を告げる私に、中年の男性は『このような偶然もあるのだね』と包帯の最後をテープで止めた。すると、どたどたと誰かが廊下を走る音が響いた。


 「広場でレモンとライムとオレンジ買ってきたっスよ! ハンス坊ちゃんに食べて貰いましょう!!」


 ゲオルグは腕にいっぱいの果物を抱えている。ポケットにも突っ込んでいるから、買えるだけ買ってきてくれたようだ。私が受け取ろうと丸椅子から立ち上がると、トルーデが小さく礼を執る。


 「お医者さま方。ハンス坊ちゃんは歯茎が腫れておられます。すり潰して与えても宜しいのでしょうか?」


 今の状態のハンスに固形物は難しい。ただ新鮮な果物となれば、固形物の方が良いはず。食事を用意するトルーデはソコ気になるようだ。


 「すり潰したものでも良いが、食べられないとなれば絞った果汁を飲ませる方が簡単だろう。そのうち改善され固形物も食べらえるようになる」


 医者の答えにトルーデは顔を綻ばせる。まだ涙の痕は残っているけれど……頭を下げたトルーデは扉の方へと身体を向けた。

 

 「教えて頂き感謝致します。直ぐに用意を」


 「トルーデさん。俺、絞るっス!」


 そんな声を聞きながら私も丸椅子から立ち上がり、部屋にいる人たちに礼を執る。


 「皆さん、ハンスのために本当にありがとうございました。治療代は必ずお支払いします。他の皆さまにもお礼をさせてください」


 「なに。騎士団のしきたりもあるが、私は慌てるヴァルターが見れたから、それで構わないよ。氷の騎士と社交界で呼ばれる彼がねえ」


 騎士団の白衣の人の『氷の騎士』とはなにと私はヴァルターを見る。すると聞かないでくださいと言わんばかりに視線を逸らされた。首を傾げていると、今度は中年の男性が鞄に道具を仕舞いながら言葉を紡ぐ。


 「私も師匠が元気を取り戻してくれたことに感謝している。それに王立医師会へ報告すべきことに気付けた」


 「気にし過ぎではありませんか? 偶には誰かの好意を素直に受け取っても良いのでは、エレノア」


 そしてベアトリーチェも扇を広げて口元を隠しながら告げると、トルーデとゲオルグが果物を絞った汁を持ってきてくれる。私に手渡してくれ、ごくりと息を呑んだ私はハンスに飲ませる。

 スプーンに掬った果物の汁は半分以上ハンスの口に入っていない。けれど、ハンスが口を動かして嚥下する姿を見た。汚れた口元を清潔な布で拭って、またスプーンで飲ませるということを繰り返す。何度か繰り返して、私は二人の医者に振り返る。


 「急に状況が改善されるわけではないよ。二、三日経てば血が収まる、くらいだろうね。あとはゆっくりと症状が改善していく」


 苦笑いになりながら中年の医者が教えてくれた。薬のように直ぐ効果は表れないようだ。でも、希望の光ははっきりと見えたのだ。あとは医者の言葉を信じよう。張り詰めていた空気が徐々に弛緩していくのが分かった。もしかすると私の緊張がみんなに伝わっていたのかもしれない。すると医者の二人が白衣を直しながら、部屋の扉の方へと向かう。


 「さて、長居をしても邪魔なだけだ。ヴァルター。患者の様子を私に毎日報告してくれ」


 「私も知りたいな。王立医師会に報告するなら、回復状況を纏めたい」


 白衣姿の人にヴァルターが頷き、中年の男性にはベアトリーチェが『ミュラー家の者に様子を見にこさせ、お知らせいたしますわ』と頷いた。ではと告げる医者はヴァルターとベアトリーチェに導かれて屋敷を後にする。戻ってきたイダとトルーデとロッテとアントンとゲオルグに、私は迷惑を掛けたと頭を下げた。するとやりたいからやっただけのこととみんなが笑い、私はハンスの下へ向かう。


 ――早く元気になって、ハンス。


 小さなハンスの手を握り込んで私は祈る。部屋にいるみんなの気持ちはきっと同じはずだ。

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