027:久方ぶりの再開と内密なお願い
定期訪問でそれとなくヴァルターに好きな品を聞いてみた。
ヴァルターは酒を好まないそうだ。
以前、酔って醜態を晒してしまい、飲まないと決めたそうである。真面目な彼らしいと私が笑えば、ヴァルターは飲めないわけではないのですが……と弱気な声を上げていた。
ただ豆菓子は好きで、仲間と向かった居酒屋では飲まずに豆菓子や食事を摂っているそうである。それならばクッキーのお礼は豆菓子にしようと決め、今はどの店の商品が美味しいのか調べている最中だ。次の定期訪問までに見つかると良いけれど……と部屋でハンスの様子と修繕作業をしていれば、ミュラー男爵夫人が子供を連れてやってきたとアントンが教えてくれる。
夫人の来訪は先触れによって、日時と時間は知らされている。けれど何故、屋敷に顔を出すのかまでは分からなかった。ロッテにハンスを任せて、部屋を出た私は玄関へと辿り着く。私の姿を見るなりミュラー男爵夫人が笑い、下ろした長い髪を書き上げた。夫人の隣にはハンスよりも随分大きい子供――三歳くらい。夫人の息子だろう――が、私をじっと見上げている。
「お久しぶりですわ! 一年と少々でしょうか。お元気でありましたか?」
「お久しぶりでございます。はい。体調も崩すことはなく、平穏無事に暮らしております」
「中に入らせて頂きますわね。今日はお願いがあって、参らせて貰いましたの」
私が礼を執るやいなや、夫人はつかつかと廊下を歩いて行く。彼女が目指す先は応接室だろう。男爵家の護衛が凄く申し訳なさそうな表情で彼女のあとをついて行く。彼女の子もハンスより随分としっかりとした足取りで、夫人のうしろを歩いていた。私はトルーデにお茶の用意をお願いして、颯爽と歩く彼女の後ろを追いかけることに精一杯だった。
「座らせていただきますわ。エレノア」
「どうぞ。ベアトリーチェさま」
屋敷の主は私であるが、主導権がミュラー男爵夫人、もといベアトリーチェが握っていた。貴族と平民だから問題ない。ベアトリーチェはきょろきょろと部屋を見渡して、なにかを探しているようだ。
一体どうしたと私が気にしていると『ハンスはどこに?』と問うてきた。そして起きているのであれば、彼女の息子であるルシアンと引き合わせたいと。なるほど、今日はそれが目的だったようである。しかし、ルシアンとハンスを会わせて良いのだろうか。
「眉間に皺が寄っておられますわよ。我が夫も、義両親もルシアンとハンスの引き合わせを承諾しております。あとはエレノア次第だと」
ベアトリーチェが扇を開いて口元を隠す。そして将来、ルシアンとハンスが友人になれれば良いとも。ルシアンには平民を蔑むような貴族にはなって欲しくないそうだ。
どうして私は今までミュラー男爵家の人たちと敵対することばかりを考えていたのだろう。義両親は私をミュラー家の籍から外しても、支援をしてくださっている。ベアトリーチェはこうして息子同士の未来を築こうとしているのに。
「ま、継承権は譲る気はありませんわよ。ハンスはルシアンにとって丁度良い相手となってくださりましょう!」
上げている扇を下げたベアトリーチェさまは口元を引き延ばしていた。たしかに二歳差だから、彼らが大きくなった時に無二の友となってくれているなら私は嬉しい。とりあえず、引き合わせてみるのも良さそうかと、私はトルーデにハンスを連れてきて貰うようにと頼んだ。しばらく待てばロッテがハンスの手を引いて、応接室まで連れてきてくれる。
「ハンス」
名前を呼べば、ハンスは私の下へと少し危うい足取りでやってきた。対面にお客がいることを理解しているようで、少し不安げに私の足にしがみつく。
「かか……だあれ?」
一歳四ヶ月になるハンスは初めて見る人を警戒するようになっていた。彼にとってどんな人か分からないことが心をざわつかせているようだ。さて、ハンスにどう説明しようかと私が迷っていると、ベアトリーチェさまが扇を勢い良く閉じた。
「わたくし、ベアトリーチェ・フォン・ミュラーと申しますわ! よろしくお願い致しますわね、ハンス」
「ルシアン、です。おともだちになろう?」
名乗りを上げた二人にハンスはじっと視線を向ける。
「おろろまち?」
首を傾げたハンスの言葉にベアトリーチェと護衛が『ぷ』と吹き出していた。まだハンスは小さいからルシアンのように語彙は多くない。お友達という言葉もハンスは初めてきいたはずだ。私は椅子から腰を上げ、ハンスの下へとしゃがみ込む。そして彼と視線を合わせた。
「お友達、ね。一緒に遊ぼうって。ハンスはお友達と上手に遊べるかな?」
「……あしょぶ! たまけりゅ!!」
ハンスは私が作った布の端切れで作った玉で蹴りあいっこをしたいようである。ハンスは部屋の中でヴァルターとアントンとゲオルグの誰かと玉蹴りをするのが最近の楽しみなのだ。
大人が相手ではなく、二歳年上の子が相手となるので少し不安であるものの、同年代の子供と遊ぶ良い機会だろう。私は首を傾げているベアトリーチェさまに玉蹴りがしたいようですと伝えると『ああ』と納得されていた。ルシアンはよく分かっておられないが、説明よりも実践する方が早いだろう。私がロッテに頷けば、彼女は応接室を出て行く。そうして部屋から玉をとってきてくれた。
「どうぞ、ハンスさま」
「ロテ」
ハンスは玉を手に持ったまま、ロッテに何度も頭を下げる。ありがとうの言葉を正確に操れないハンスが最近覚えたことだった。
「あー!」
ハンスが玉を蹴って、とことこと追いかけていく。ルシアンはハンスが玉を蹴っている姿を目で追っているだけだ。ベアトリーチェは『ルシアン』と短く声を掛けた。
「ぼくも?」
不思議そうな表情でルシアンはベアトリーチェを見つめ返すと、意を決したような顔になりハンスの方へと歩いて行った。彼はハンスに友達になろうと言っていたものの、どうすれば良いのか分からなかったようである。
ハンスは遊び相手がきたと張り切ってまた玉を蹴る。男爵家の護衛が柔らかい声で『お互いに玉を蹴るんです』とルシアンに伝えた。するとルシアンは『ぼくもけっていい?』とハンスに問いかける。
ハンスは『どじょ!』とルシアンに元気に返事をしていた。どちらも気遣いができる子だと私が目を細めていれば、いつの間にかベアトリーチェが真剣にこちらを見ている。私はハンスとルシアンのことはロッテとトルーデ、そして男爵家の護衛に任せようと椅子に座り直して前を向く。
「本題と参りましょう。仕事の依頼……というよりは相談ですわね」
ベアトリーチェが扇を開いた。先触れから軽く話を聞いているものの、詳しい内容を私は知らない。服の修繕に関することらしいのだが、いったいなにを頼まれるのだろうか。私がベアトリーチェに視線を向けると、彼女は語り始める。
「嬉しいやら、悲しいやら。終戦を迎えて、夜会が数多く開かれておりますの」
それはそうだろう。五年も続いていた戦争がようやく終わったのだから。はて、それが服の修繕に繋がるのだろうか。ベアトリーチェの言葉を待っていれば『貴女なら、ミュラー男爵家の財政をご存じでしょう?』と告げた。そして月に何度、夜会に参加しているかも教えてくれる。
「参加しすぎでは……?」
勝手に私の片眉が上がっていた。ドレスを新調しなければならないから、ミュラー男爵家の財政を圧迫しかねない。
「当主が交代しましたもの。皆さまにわたくしたちの顔を覚えて貰わねばなりませんわ」
たしかに、アドルフが戦死したとはいえ急な交代劇だったからベアトリーチェの主張も理解できる。
「衣裳部屋に眠っているドレスの仕立て直しをお願いできないかしら?」
新しい衣装を買うよりも、安く済むとベアトリーチェが続けた。ドレスのレースを最近の流行へと替えて欲しいそうである。たしかに新調するより安くなるだろうけれど……依頼先は私たちで良いのだろうか。
「仕立て屋に頼み、ミュラー男爵夫人は仕立て直したドレスを着ていると吹聴されては困りますもの。で、あれば貴女に任せた方が良いだろうと判断しました」
信頼のおけない店を頼るよりはマシと彼女は判断したようである。私が屋敷のみんなに口止めすれば、口外することはない。イダも貴族関係の品だと分かれば、察してくれるはず。ふふんと笑っているベアトリーチェに私は懸念を口にする。
「しかし私は、社交界を離れて久しい身です。流行りを掴めません」
社交界を離れてしばらく時間が経っているのだ。流行りのドレスなんてさっぱり分からないのである。そんな私がドレスを仕立て直すなんて、無謀ではないだろうか。
「あら、わたくしがいるではないですか!」
扇を閉じたベアトリーチェが胸を張りながら私を見ている。たしかに彼女の助言があれば流行りは掴むことができる。あとはセンスの問題だろう。トルーデは裁縫の腕はたしかなものがあり、修繕は得意だと豪語している。だがデザインをして一着を作るのは苦手と聞いていた。仮に仕事を受けるのであれば、私のセンスが問われることになる。
「では、お試で一着、作業に取り掛からせていただけませんか?」
私はこう切り出して、材料費と費やした時間の分の費用だけを頂きたいと申し出る。もし今回の品でベアトリーチェが問題ナシと判断するのであれば、次は正規の料金を頂きたいとも。
「承知致しました。内密に進めてくださるのであれば、わたくしに否やはありませんもの」
ふふとお互いに笑い会えば、ハンスとルシアンが楽しそうな笑い声を上げる。長期的な依頼は不可能だろうけれど、挑戦してみる価値はあると私は気合を入れるのだった。




