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夫を亡くした私ですが息子と一緒に幸せになります~代筆と繕い物、ときどき騎士さま~  作者: 行雲流水


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014:男爵夫人と心配と日常 

 屋敷の応接室に、気の強そうなミュラー男爵夫人が扇を開き口元を隠しながら私の目の前に座している。


 当然、義母ではなく、現ミュラー男爵夫人である。側に控えているアントン、ゲオルグ、そして彼女に付けられている護衛男性の顔は緊張で引き攣っていた。

 三人とも、これから剣でも交えるのかというほど緊張した顔をしている。トルーデとロッテにはお茶を用意して貰っていて今は応接室にいない。そうしてトルーデがお茶が出してくれると、目の前のミュラー男爵夫人が開いていた扇をパッと閉じる。


 「単刀直入に伺います。アドルフさまのお子を、ミュラー男爵家の後継者に担ぎ上げるおつもりは貴女にありましょうか?」


 本当に単刀直入な質問だった。そして直後にゲオルグが息を呑む音が聞こえ、ミュラー男爵夫人の護衛は真正面に向けていた視線を横へとずらす。トルーデとロッテにハンスの面倒を見て欲しいと頼んだのは正解だっただろうか。私の答え次第で応接室は嵐が吹き荒れるかもしれないのだから。しかし私の心の中は随分と落ち着いていた。


 「いいえ。たしかに生まれた子はアドルフさまのお子で男児でありますが、私はミュラー家の籍から出た者です。息子の意思もありましょうが、私から推挙することはあり得ません」


 「はあ?」


 私の言葉にミュラー男爵夫人が目を丸く見開いて貴族にあらぬ声を出す。そうしてまたゲオルグが下顎を引いて歯を出し、ミュラー男爵夫人の護衛は更に横へと視線を逸らす。アントンは変わらず無表情であるものの、真冬だというのに額から一筋の汗を流していた。


 「どういうおつもりですの!? 生まれた男児の継承権を母親である貴女が放棄するなんて!!」


 貴族であったのなら、ご子息を男爵位に就かせたいとは考えませんの――と、彼女は憤っているらしい。私はただハンスが成人することを一番に願っている。亡くした弟のようになって欲しくないし、母のように私もなりたくはない。ミュラー男爵夫人の言葉の意図は掴み辛いものの、どうやら私とは根本から考え方が違うらしい。だから私は努めて落ち着いた声を上げる。


 「そうは申しておりません。私が息子をミュラー男爵にふさわしいと担ぎ上げる気はないということです。三日後には義父母との話し合いがございます。ふじ――」


 夫人もご参加しませんか? という言葉は掻き消えた。


 「――そう、それですのよ! わたくしが確認したかったことは……!」


 閉じた扇を私に向けたミュラー夫人に私は『はあ』と気の抜けた返事をするしかない。


 「わたくしは我が子の継承権が貴女のお子より高いものであれば、なにも手も口も出すつもりはございません。今は我が夫とわたくしの間には男児が一人。第二子が誕生すればまた別の話となりますが……ミュラー男爵家を潰えさせるわけにはなりません」


 夫人はミュラー家の義両親に恩義を感じているそうだ。傾きかけていたご実家である騎士爵家の財政を持ち直して貰ったそうである。そういえばアドルフも『弟嫁の実家を助けるため、いくらか支援をしたい』と私に教えてくれていた。はたと思い出した私はミュラー家の義両親の懐の深さを思い知る。


 目の前の彼女は義両親に恩義があるため、ミュラー家に対して不誠実なことはしたくないそうだ。ただ、やはり夫が男爵位となったから、自身の子に継がせたいと語ってくれた。アドルフの子は義両親と弟夫妻が認めてくれるのであれば、ミュラー男爵家継承権は第二位となる。ミュラー男爵夫人の話に私は特に反論する理由はないと頷けば、目の前の彼女は扇を開いて口元を隠した。


 「では、貴女自身はご子息をミュラー男爵家の次代にと担ぐおつもりはない。そういうことですのね」


 「はい」


 「承知致しましたわ。貴女と話せて良かった……――ですが、貴女以外の者がそうしないとは限りませんわ。十分、お気を付けくださいませ」


 たしかにミュラー男爵家の長兄の子を次代にと叫ぶ人はいるのかもしれない。義両親と弟さんに夫人が実施を推挙すると言っても、横槍が入る可能性は十分あるのだろう。貴族社会について詳しくはないが、男爵家といえども味方、敵、中立を保つ人、いろいろといたのだから。


 「本日は貴女がご子息を旗印に、わたくしの息子と争うおつもりなのか。屋敷を訪ねさせて頂きました。先触れを出さなかったのは貴女に逃げられては困ると案じたためでございます。失礼いたしました」


 夫人が口元を隠していた扇を閉じ小さく頭を下げる。今の夫人の態度を考えるに、やはり三日後に義両親が訪れる場に彼女もいて貰った方が良いのではないだろうか。先程、伝えようとして機会を逃してしまったから、今ならきちんと伝えられるはずと私は背を正す。


 「夫人、言い損ねてしまいましたが……夫人も義父母との三日後の話し合いにご参加しませんか?」


 私の父も参加するため、公式なものになるだろうと私は言葉を付け足した。すると夫人が怪訝な表情をありありと浮かべて息を吐く。


 「貴女、人が良過ぎではございませんか?」


 「いえ。話を持ち帰り、義両親からミュラー男爵家へ伝わるよりも、場にいて頂いた方が効率的です」


 私の提案に肩を竦めた夫人は頷いた。私もひとつ頷けば夫人の『人が良過ぎ』という言葉が反芻した。私の性格は良いのだろうか。至って、どこにでもいるような人間で、母になること、子育てをすることに恐怖を抱いているのだから小心者と表現する方が正しいだろう。

 夫人は私の心の内は知らないから、少し呆れたように私を褒めてくれたのだろうと膝に置いた手に視線を向ける。夫人の言葉は嫌味の可能性も十分あるけれど……――そういえば目の前の彼女はどうして私が子を生んだことを知ったのだろうか。疑問を抱えているよりも、言葉に紡いで聞いた方が早いなと私は顔を上げる。

 

 「夫人、質問をよろしいでしょうか?」


 「ええ、もちろん」


 「夫人が私が子を生んだと知ったのは何故ですか?」


 義両親にも伝えていなかったのに、どうして彼女が知ったのか。彼女は貴族街にある王都のタウンハウスに、私が住む屋敷は王都の隅っこだから随分と距離がある。

 

 「わたくしの弟が騎士団に所属していますもの。アドルフさまの子がお生まれになったと一部で囁かれていると教えてくれたのですわ」


 まさか騎士団に夫人の弟さんが所属しているとは……だが、可能性は十分にある話だし、夫人が嘘を吐く理由もない。それは急いで確認にくるだろうなと私は納得した。もしかして義両親も夫人経由で知ったのだろうかと、もう一度問うてみる。

 

 「いえ、夫の父母が知った経緯をわたくしは知りません」


 夫人がゆるゆると左右に首を振った。真相は三日後かと私は感謝を述べる。そうして夫人は出されたお茶をきっちりと飲み干して、屋敷を去って行くのだった。


 ――三日後。


 ハンスの面倒を見つつ、イダに授乳をお願いしたり、古着の修理や手直しをしていれば義両親との面会まで、あと少しの時間となっていた。応接室に赤子用のベッドを移動させたり、茶器が人数分足りるかと確認をしたり、していれば父が先に屋敷に顔を出す。


 「エレノア、身体の調子はどうなんだ?」


 玄関で迎えた父が開口一番にそう告げた。


 「まだ、本調子とはいかないけれど、日常生活に支障はないかと。ありがとう、父さん」


 私は正直に答えるのだが、以前父と会った時も同じことを言っていた。そうして次の言葉も決まっているのだろう。


 「で、ハンスは?」


 父は孫が可愛いようである。私は迎え入れの準備があるからとロッテに父を応接室へと通すようにと頼んだ。するとロッテは『承知しました! ご店主さま、参りましょう』と元気良く声を上げる。

 父はロッテに『頼む』と短く告げたあと『ロッテ、仕事はどうだ?』と私を気に掛ける時と同じ口調で聞いた。ロッテは『楽しいです! それに私が直した服が売れました! エレノアさまとトルーデさんのお陰です!!』と笑いながら応接室へと歩いて行く。

 

 二人は放っておいても大丈夫だと私は前を向き、調理場にいるトルーデにお客さまに出す茶葉はなににしようかと一緒に悩む。これからくる方たちは貴族である。

 下手なものは出せないのだが、私には判断が難しい。貴族のお茶会では産地や味について事細かく語っている人がいたけれど、私は美味しく飲めればそれで良かった。私の父も飲めれば良いという口である。ミュラー家の義父母と夫人がお茶に詳しくないことを願おうと、少し前に買ってきた高級茶葉にしようと決めるのだった。


 そうして。


 先に夫人がマーサを引き連れて屋敷を訪れ、義両親も直ぐに顔を出す。お三方を応接室へと通せば、父が席から立ち上がって礼を執った。義両親と父は『久しぶりだ』と挨拶を交わしている。

 そういえば義両親と父はアドルフと私の婚姻式以来の顔を合わせたはずだ。そうして夫人も名乗りを上げ、父は夫人に丁寧に挨拶をしていた。お腹が膨れてすやすやと眠るハンスを横に、トルーデが淹れてくれたお茶が渡れば話し合いが始まる。


 「エレノア。おめでとう、と言いたいところだが……君が子を生んだと知った我々は驚いていてね。しかも男児と聞いては居ても立ってもいられなかった」


 義父は子守に大変な時期に押しかけたことに対して小さく頭を下げる。夫人もたった一人で赤子の面倒を見るのは大変だろうと声を上げる。

 私はトルーデとロッテ、そしてイダに助けられている。アントンとゲオルグもハンスを時々あやしてくれるから助かっていた。貴族の人は乳母に任せることが多いらしいから、義母は自らの手でおむつの替えや処理をしたことがないのだろうと苦笑いを浮かべてしまう。平民と貴族は違うから比べても意味はない。そんなことを考えていると義父が二の句を告げる。


 「本当にアドルフの子なのか?」


 「はい。間違いありません」


 義父の疑問に正直に答えた。私は不貞など働いていないのだから、この件については堂々としているべきだろう。ただ、まあ……本当に何故、アドルフがいなくなった後で発覚するのかと頭を抱えたくなったけれど。でももう、私は子を生み育てている。アドルフに恨みを抱く暇もないまま忙しい日々を送っていた。


 「そう、か」


 義父と義母がなんとも表現し辛い顔で私を見ている。なにが言いたいのか分からない。けれど複雑な胸中にあることだけは確かだろう。少しの沈黙が降りれば、義父母は『アドルフの子は望めないと諦めていたのだが』『本当にあの子は……』と声を零した。


 驚くことに義父母はハンスの誕生を喜んでくれている。ただやはり、継承権問題には首を突っ込んで欲しくないようで、義父が真面目な表情になる。


 「ミュラー男爵家次期当主は彼女の子、つまり、ミュラー男爵家長男が継承権第一位だということを君に承知して欲しい」


 義父はミュラー男爵夫人へ視線を向けた。三日前も散々話したことだなと、私は肩を竦めたくなるのを我慢しながら口を開く。


 「はい。私はそのつもりです。ただアドルフの子が大きくなった際、本人がどう答えるかまでは保証はできません」


 私がはっきりと告げれば、義父母が安堵の表情を浮かべた。どうやら義父母は私がアドルフの子を男爵家の正当な後継者だと声高に叫ぶと考えていたのだろうか。もし誰かが私と同じ状況になった際、そう考える母親がいてもおかしくはないけれど。


 私はハンスにアドルフの子だと教えるし、アドルフが生きていれば貴族であったと教えるつもりだ。アドルフの子であるハンスが成人した際、彼がどう答えを出すかまで私は分からない。その旨を伝えれば、義父母が小さく息を吐き、夫人が首を縦に振る。そうして同席してくれている父が声を上げた。


 「口約束で揉めるくらいなら認識を紙に残しておきましょう」


 父の提案に義父母が顔を見合わせる。義父母は父の言葉でその方が良いだろうと頷く。父は用意した紙に慣れた手つきで書き記していく。


 ひとつ、現在の慣習に従い、ハンスが第二位の継承権を有することを双方確認する。

 ひとつ、ハンスが成人した際には継承権を放棄することができること。

 ひとつ、ミュラー男爵夫妻の間に新たな子が儲かれば、ハンスの継承順位はさがること。


 父が書き終えれば、こちらでよろしいかとミュラー家の義父に確認を取る。確認書を義父が義母と夫人にも読まれば、承知したと頷いた。私も構いませんと頷いて……確認書が認められた。


 あれ……ミュラー男爵の確認は必要ないのだろうか?

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