011:売り上げと打ち上げと出産
ゲオルグが商業ギルドから戻ってくるのだが、少し怒っているような気がする。
二時間後、戻ってきたゲオルグを迎え入れた私とアントンとトルーデとロッテはいつも飄々としている彼がどうしたのかと首を傾げた。私は三人を連れ、庭先でゲオルグに理由を聞いてみる。
「割り当てられた売り場、隅っこなんですよ! エレノアさまの初めての商売だってのに!!」
これじゃあお客がこないとゲオルグが憤っていた。当然、売り上げのあるお店は良い位置を割り当てられているし、長く商業ギルドと付き合いのある店も良い場所を選べる。
ゲオルグが憤ってくれるのは嬉しいけれど、新参者の洗礼と受け取った方が無難だろう。新参者なのだから仕方がない。これから何度も商業ギルドに顔を出し、仕事を続けていけば、いずれは私たちの店を知ってくれる職員も増えるだろう。
「納得いかないっす!」
「気持ちは分かるが落ち着け。エレノアさまに言っても仕方あるまい」
憤るゲオルグに髪が伸びたアントンが肩に手を置いた。まだ少し不貞腐れるゲオルグに私は苦笑いを浮かべて声を上げた。
「今は地道に実績を重ねていきましょう」
そう。商売は一日で大儲けなどできやしない。先ずはお店の存在を知って貰い、お客さんを増やして知名度を上げる。あとは信用を勝ち取れば、噂が広がり、更にお客さんが増えるはずである。売り上げを元手に貴族のドレスを買い取って、レースを再利用したり、状態の良い生地に手を入れて売り出すこともできるはずだ。代筆業の方も少しづつお客さんは増えている。
最初に訪れた女性のお客さんが『青い鳥という代筆屋はよくしてくれる』と噂を流してくれたらしい。女性のお客さんから直接話を聞いて訪れてくれる人や、噂を聞きつけて訪れる方が増えていた。
有難いことだが、口コミひとつでこうも人の流れが変わることに、少し怖さも感じる。ただ最初のお客さんの期待を裏切るような真似はしたくないから、誠実に手紙を代筆することを念頭に置き私は『青い鳥』で依頼を受けている。
私は露店でなにを売ろうかと考えていると、アントンがゲオルグをじっと見ている。
「ゲオルグ。いつ露店を出せるんだ?」
アントンの声に、私はそうだと頷く。初めて店を出すのだから、商品を用意する量や時間を肌感覚で行わなければならない。値段も決めなければならないのだから、時間はどれくらいとれるのだろう。
「明日と言われました」
ゲオルグが『酷くないっすか? いきなり言われてもって感じですよ!』と悪態をついている。私はゲオルグを宥めながら、四人に視線を向けた。
「時間がないわね。今日の予定は変えて、明日の準備をしましょうか」
私が声を上げると、四人が頷く。
「承知しました、エレノアさま」
「はい! 頑張りましょう!」
「では私は重い荷物があれば協力致します。必要な時に呼んで頂ければ」
「俺も荷物持ちならいつでも呼んでください」
今日も買い取った衣料品の手直しを予定していたが、出店の日が明日と決まったなら準備をしなければいけない。物置部屋に保管している手直した商品を出して、売れそうな品を先ずは選別してみよう。
私はトルーデとロッテを連れて物置を目指すのだが、選定は二人がやるから私は自室でゆっくりしていて欲しいと懇願される。あまり心配を掛けるわけにもいかないし、これから先、彼女たちにも商売勘を身に着けて欲しい気持ちがある。それなら、トルーデとロッテには物置の売れそうな品を選んで貰い、最終判断は私が下そうと決めようと伝えた。
「トルーデ、ロッテ、お願いね。私は部屋に戻っているから」
廊下の途中で別れを告げた私は自室へと戻り、トルーデとロッテの選定が終わるまで読み書きの勉強用の問題を作ろうと机に腰掛ける。露店で売る品を決めたなら、売値と底値を決めてゲオルグにメモを渡す用意をしなければ。
あとはゲオルグの補佐役にトルーデに赴いて貰えば、商品の説明を任せられる。そうして一時間ほど自室で待っていれば、トルーデとロッテが顔を出す。彼女たちが持つ篭の中には結構な量が入っており、
「結構な量ね」
「多過ぎましたか?」
苦笑いを浮かべた私にトルーデは少し困ったような声で答えてくれた。
「いいえ。私が最終判断を下すから、構わないわ」
そう。最終判断を私が下しておけば、品物が売れなかった場合の責任は彼女たちに掛からない。私はトルーデとロッテに商品を広げて欲しいとお願いして、無難そうな品を選んでいく。トルーデが直したもの、私が直したもの、ロッテが直したものが目に見えて分かってしまうのは不思議だ。そしてロッテが私の側で自分が直したものが選ばれるのかとソワソワしていた。
トルーデはそんなロッテに微笑ましそうな視線を向けるも、少し落ち着きなさいと窘めている。私はあまり迷わず、直感で売り物を選ぶ。自分で選んだ品がお客さんの目に留まるかどうか……ロッテ程ではないけれど、選ばれるのか心配になってきた。
――時間は進み……翌朝。
庭先に値段ごとに仕分けた商品を詰めたものをゲオルグが持ち、彼の横には笑みを浮かべたトルーデがいた。私とアントンとロッテは二人を送り出す。きちんと売れるのか、それともまるで駄目なのか。
結果は夕方に判明するのだが、待っている時間は長いなと私は肩を竦めた。午前九時。はたとトルーデとゲオルグにお昼代を渡していなかったと思い出す。今の私には広場まで向かうと疲れてしまうから、お使いを頼もうと部屋を出て廊下を歩く。
調理場で洗い物をしているロッテに私は後ろから声を掛ける。
「ロッテ。お使いを頼める?」
「はい、なんなりと!」
ロッテがこちらに振り向いて、元気に笑いながら手拭いで水気を取っている。
「お店でパンを買って、トルーデとゲオルグにお昼として届けて欲しいのだけれど、時間はありそう?」
「承知しました!」
「じゃあ、二個だから銅貨四枚ね。お店はいつもトルーデがパンを買っているところに行って頂戴」
私は銅貨を取り出して、一、二、三、四、と声に出しながらロッテが広げた両手の上に置く。パンの値段は月に一度決められる。日常に根付いているものだから、激しく値段が変わることはない。戦争が始まり高くなっていた物価は落ち着きを取り戻しつつある。ロッテは私の言葉にこくこくと頷いて、銅貨を握りしめながら調理場を出て行く。慌てて、街の人にぶつかりはしないだろうかと、私はロッテの背に声を掛ける。
「気を付けて」
「はい!」
ロッテが振り返り、威勢の良い声を上げる。本当に大丈夫かという気持ちと、ロッテなら持ち前の元気さで乗り切れるだろうという気持ちが湧く。なににせよ、無事に彼女が戻ってきますようにと願う。そうして、時折訪れる代筆屋のお客さんの依頼を受けていれば、トルーデとゲオルグが戻ってくる時間が近づいていた。王都の街は茜色に染まり、暑かった気温も下がり過ごしやすくなっている。
「エレノアさま、どうか落ち着いてください」
アントンが屋敷の中でウロウロしている私を見つけて、庭から声を掛けてくれた。ロッテは私があまりにもソワソワしているので、少し外の様子を見てきますと言い残して屋敷を出ている。ロッテとトルーデとゲオルグがすれ違ったりしないだろうかと眉間に皺を寄せていれば、三人が揃って屋敷に戻ってくる。朝より彼らが持つ荷物は減っているようにも見えるし、変わらないようにも見える。
「お疲れさまでした。とりあえず、中に入って」
私はみんなに声を掛け、屋敷の中に入る。応接室に荷物を置いて、ゲオルグから売り上げ金を受け取った。少しは売れたようで、トルーデもゲオルグも小さく笑っていた。
「いやあ、服を畳むって凄く難しいんスねぇ。トルーデさんに教えて貰ったんスけど、俺、上手にできませんでした」
照れ臭そうに笑うゲオルグの視線がロッテに向けられる。
「ロッテ、お前、器用なのな!」
揶揄いを含むゲオルグの声にロッテはすぐさま反応した。
「失礼ですよ、ゲオルグさん!? 私はゲオルグさんと違って、洗濯物、いつも畳んでいますから!!」
二人のやり取りを見ていたトルーデとアントンがそろそろ黙りなさいと注意をしていた。私はゲオルグから預かった売上の入った袋からお金を出して数えてみる。売れた品の値段の掛かれたメモも受け取り、過不足や間違いがないのかも確かめた。
「うん。間違いはないですね。トルーデ、ゲオルグ、ありがとうございます」
売り上げは銅貨五十枚。日雇い労働者の一日分と言ったところである。気持ち的には四倍ほとの売り上げが欲しいところだが、初日で、割り当てられた場所もイマイチだったのだから前向きに考えても良い結果なのかもしれない。私が店番に立ってくれた二人に礼を告げれば、トルーデとゲオルグがお互いの視線を合わせた。
「いえ。商品が売れたのは、ゲオルグさんが呼び込みを頑張ってくれましたから」
「いや、トルーデさんの売り文句が良かったんスよ」
どうやら二人一緒に奮闘してくれたようだ。この売上は私の懐へ入れるのではなく、みんなに還元した方が良いだろう。多くない金額だけれど、今日の食卓に彩を添えることができる。
「アントン、申し訳ないのだけれど、エールと果実水を買ってきてくれないかしら?」
「宜しいので?」
「みんなで一緒に夕食を摂ることはできないけれど、同じ時間を共有することはできるから。ちょっとした打ち上げね」
私とアントンのやり取りに、ロッテとゲオルグの顔が明るくなった。分かりやすいなと思うものの、喜んでくれたなら嬉しい。ここまでやってこれたのは四人のお陰でもある。少し贅沢をしても神さまも怒りはしないだろう。
アントンに買ってきて貰ったエールは男性陣に持たせ、果実水は夕食に出そうと話して今日は解散となる。夕食時、トルーデと今日の反省会をしつつ、ロッテも意見を出してくれた。誰かと協力してなにかを遣り遂げることに、こんな達成感があるとは思わなかった。今日の売り上げは決して大成功とは言えないけれど、次に繋げることができたのだから。
まだ生活を支えられる額ではないが、次も売れるように改善する意味が見えた。そうして試行錯誤を試みながら露店で販売を続けていれば、いろいろなことが起こった。
「エレノアさまー! 今日の売り上げ凄いっスよ!」
「今日はあまり売れなかったっス。申し訳ありません……」
「やべー人が、こっちにガン飛ばしてくるんス。なんなんスかね、あれ」
「隣の出してた人と仲良くなって、果物貰っちまいました! みんなで食べましょー!」
毎回、露店を出す度にゲオルグが明るい声で結果を知らせてくれる。売上は波があるけれど、上々といったところだ。
その頃には私のお腹は随分、いや、ぼっこりと出てきて、動くこともままならないようになっていた。
「エレノアさま、お腹、大きくなってきましたね!」
へらりと笑うロッテの声にお腹の子が蹴りを入れる。それと同時に私の眉根が寄り、ロッテが直ぐに首を傾げる。
「どうしました、エレノアさま?」
「お腹の子が動いたの。凄い元気ね……」
胎動と呼ばれるものらしいのだが、服を脱いで見ていると凄い勢いでお腹の中から皮膚が盛り上がることがある。よく裂けないなと思うのだが、医者曰く神の思し召しだとか。
既に臨月に入っているため、ちょっとしたことでも随分と苦労している。落ちた紙は誰かに拾って貰う方が楽だし、靴下を履くにも時間が掛かる。寝返りもなかなか打てないし、ご飯を食べても直ぐに満腹になったり、お手洗いが近かったりと本当に日常生活がままならない。
そんな状況のため代筆業は続けつつ、衣料品の販売はペースを落としていた。露店の売り上げが少しずつ安定していくのと反対に、私は日に日に動けなくなっていった。流石に父も心配していたようで、屋敷に顔を出し、私の様子を見て戻って行った。ヴァルターも私の大きくなっていくお腹を見る度に、少し落ち着きのなさを露呈している。
そうして。――アドルフの子が生まれる。




