第83話 フジャイラ王、伝達方法を考える
「情報とは、現在の状況だったり、判断に役立つ知識になります。特に離れた場所にいる人と声で話せると凄く便利になります。これを魔道具で実現します」
僕は前世の記憶を辿りながら、カミーラ王妃に説明した。
「カミーラは王都にいるスコッテイ王女と、今ここで、顔を合わせているように念話ができます。これが、スコッテイ王女だけで無く、フェルプス商会のエルザとも、ブルームバーグの者とも会話することが出来るようになります。ベルンハルトのカルロスさんとも、宿場の警備隊ともです。手紙なら数日とか1週間とかかかる報せが、すぐに届きます。前世の世界では、電話と呼ばれていました」
王妃の顔が、変わっていった。
「……アルス。それは、誰でも使えるのか。念話の資質がない者でも」
「はい。魔道具ですから、誰でも」
王妃はしばらく黙り、それから、ぽつりと言った。
「国が滅んだ夜、皆、散り散りに逃げた。誰が生きて、誰が死んだのか、それすら分からなかった。あの夜、声さえ届いていれば——」
王妃は言葉を切り、僕を真っ直ぐに見た。
「作れ、アルス。何を置いても、それを作れ」
手がかりは、身近にあった。カミーラ王妃とスコッテイ王女の念話だ。
僕は二人に頼み、念話をしている間の魔力の流れを調べさせてもらった。マーガレット王女の鑑定を調べた時と、同じやり方だ。分かったのは、二人の魔力が、遠く離れていても対の様に震え合っているということだった。片方が震えれば、もう片方も同じように震える。
「つまり、対になる魔石を作れば良いのです」
同じ魔石を二つに割り、双方に同じ魔法陣を刻む。片方の魔石に声の震えを伝えると、どれだけ離れていても、もう片方の魔石が同じ震えを出す。声を震えに変え、震えを声に戻す仕組みは、録音の魔道具で既に作ってある。組み合わせれば、電話になるはずだった。
試作は失敗の連続だった。声が潰れ、途切れ、ある日は隣の魔石にしか届かなかった。それでも、雪解けの水が土に染みるように、少しずつ、声は遠くへ届くようになった。
最初の一組は、僕の家と、王都のスコッテイ王女の部屋に置いた。
試験の日、魔石に魔力を通すと、淡く光った。僕は声を吹き込んだ。
「スコッテイ王女、聞こえますか。アルスです」
一拍の間があって、魔石が震えた。
『……アルス様!?聞こえます、聞こえますわ!まあ、まあ、どうしましょう、本当にお声が!』
横で聞いていたカミーラ王妃が、僕を押しのけて魔石に取りついた。
「スコッテイ、私だ。姉だ」
『お姉様!念話と違って、耳がくすぐったいですわ。ふふ、変な感じ』
「そうか。そうだな。……変な感じだな」
王妃は笑っていた。笑いながら、目尻を指で拭っていた。念話ができる姉妹でさえ、魔道具を通した声には、別の温かさがあるらしかった。
その日、二人の「試験通話」は夜まで続き、僕は自分の家から締め出された。
二組目はベルンハルトのカルロスさんへ、三組目は宿場の警備隊へ届けた。
カルロスさんの毎週の報告は、手紙から声に変わった。声には、手紙に書かれない物が乗る。疲れ、迷い、そして自信。領主代行の声が週ごとに太くなっていくのが、僕には何よりの報告だった。
宿場では、さっそく電話が働いた。街道の外れに怪しい人影が出たという通報がその場で警備隊に飛び、ルドルフ隊長の巡回が半日で駆けつけた。盗賊は、荷を奪う前に捕らえられた。
「報せが盗賊より速く走る。こんな国が、どこにある」
ルドルフ隊長は、魔石を眺めてそう呟いたという。
噂を聞いたフェルプス商会のファビオさんは、例によって飛んで来た。
「アルス様!その魔道具、商会に!いえ、国中に!各家に一台、いや各部屋に一台!」
「落ち着いてください。まだ、作れる数に限りがあります。それに——」
僕は少しだけ、声を落とした。
「声が遠くへ飛ぶということは、誰かに途中で聞かれるかもしれない、ということです。国の報せ、商いの数字、家族の内緒話。全部です。だから、証書と同じように、対の魔石に魔力を登録して、登録した者の間でしか繋がらないようにしました。この備えができるまで、売り物にはしません」
「……鍵のない蔵は、蔵ではない、ということですね」
ファビオさんは、真顔になって頷いた。商人は、信用の値段を誰よりも知っている。
その夜、ベルンハルトからの電話で魔石が光った。カルロスさんの声だった。
『陛下。ご報告します。今秋の収穫、まとまりました。——支援なしで、冬を越せます』
僕は魔石を握りしめた。あの広場の約束。畑が支援なしで村を養えた日に、食堂と浴場を建てる。その日が、来たのだ。
『陛下、聞こえていますか』
「聞こえています。カルロスさん、村の皆さんに伝えてください。王は、約束を果たしに行きます」
魔石の向こうで、カルロスさんが誰かに叫ぶ声がした。わあっという歓声が、小さな魔石から、あふれるように届いた。横で聞いていたカミーラ王妃が言った。
「アルス、良い魔道具を作ったな。報せが速いのも良い。だが、一番良いのは」
王妃は、まだ歓声を響かせている魔石を指した。
「喜びの声が、そのまま届くことだ」
僕はベルンハルトの村に共同浴場を建て、食堂を作った。カルロスさんに言って、アルスブルクと朝夕の食事を運ぶ定期便を用意した。
「陛下、ありがとうございます。この村の住民との約束も果たせました。また、周りの村にも、この村を中心に、この設備を利用してもらいます」
「そうですね、これからで良いのですが、飢饉の為の食料の備蓄倉庫もお願いします。それと、これからは税を納めてもらう様になります。その為にはベルンハルト独自の産業も必要です。大変ですが、もう一踏ん張りお願いします」
僕が言うと、カルロスさんからは予想外の答えが返ってきた。
「そう言われると思いまして、備蓄倉庫の準備は進めています。しかし、食べ物は保管すれば腐るので、それが解決出来ません。アルス様、何か良い方法がありますか?」
「なるほど、それは暖房の魔道具を作りましたので、これを改良すれば出来ると思います。これがあれば、低温で物を保管出来るので、保存が楽になると思います。ちょっと待っていて下さい」
「是非、お願いします。また、この地方は昔から養蚕が盛んだそうです。それで、それから作られる織物をこの地方の産業にしようと思っております。いかがでしょうか?」
「カルロスさん、凄いですね。僕が言う事が無くなって来ました。その産業に目処がつき次第、納税の話を進めますので対応よろしくお願いします」
「分かりました。それともう一つですが、この織物の販売はフェルプス商会でなく交易都市での販売にしたいのです。フェルプス商会は陛下のお抱えで無理が利きます。しかし、そこにいつまでも甘えては今後、広がっていく村はやっていけません。こちらもお許し下さい」
「問題ありません」
僕はそう言いながら改めてカルロスさんを見た。良い笑顔だった。やりとりを聞いていたカミーラ王妃が誰に言うともなく言った。
「カルロスは良い領主になった」
僕はそう言った王妃の顔を見ながら、彼女の顔に、旅立つ息子を思う母の慈愛を感じた。
僕は通信の魔道具の会話する距離を広げる為、魔道具の声の震えを遠くまで運ぶための増幅塔をマギビスタ国内に建てていった。
これには通信魔道具の販売利益の一割を王室に献上すると言う条件がついた。この減額にはマーガレット王女の口添えとマギビスタ王の彼女への心配があった。
マーガレット王女は言った。
「アルス、私は役に立つだろう? 父上と交渉して販売利益の三割を一割に下げさせた。私にもう少し感謝したらどうだ」
「そうですね、ありがとうございました」
僕が応えると、王女は不満気に言った。
「言わせているようでつまらぬ。もっとなんかないのか?」
「何をすれば良いのですか?」
「多分、こういう時は熱い抱擁を交わしながら言うのだ。『王女の事は片時も忘れられず、こういう機会が無ければ愛を語れません。僕の気持ちを受け止めて下さい』とかな」
そのマーガレット王女の言葉をいつの間にか現れたカミーラ王妃が指摘した。
「なんだ、マーガレット、その『とかな』という言葉の意味はなんだ」
「えっ、カミーラ。どうしてそこに」
「どうしてって、ここは私の家だが。何か、不都合でもあるのか?」
「無いと言えば無い。あると言えばある。とにかく、アルスが悪い。アルス責任取れ」
「アルス、マーガレットに何かしたのか?」
何もしてない僕は王妃と王女に睨まれた。




