第77話 フジャイラの王、報告をする
いつものように僕は一人でブルームバーグ家に来ていた。王への報告に先立ち、僕は父へ事情を説明することにした。
今回は、仲間は別行動をとっていた。次のフェルプスさんの事業の素になるようなものを探しに王都の市街に出てもらったのだ。
ブルームバーグ家の書斎で、僕の目の前には父がいた。僕は話を始めた。
「ベルンハルトに関してのご報告があります。
先日、ベルンハルトから逃げ出して来た民が我が国に助けを求めてきました。保護をし、事情を聞いてみると、はぐれのリザードマンが現れ、ベルンハルト村を襲い、壊滅的状態になっているので、助けて欲しいということでした。
村の防衛は リチャード兄とその騎士団がいるはずだと問うと、保護した民は、兄たちは村を棄て、逃げ出したということでした」
父の顔は聞いているのだろうが、無表情だった。構わず、続けた。
「庇護を求められたことから、やむを得ず、我々がそのリザードマンと戦い、強敵でしたが、なんとか勝利を得ました。しかし、リザードマンに襲われた村々では、多くの住民が傷つき、食料も失っていました。そのため、治療と炊き出しを行い、近隣で同様の被害を受けた村にも同じ支援を施しております。
この被害が収まったことと、リチャード兄が防衛を放棄した不始末が国内に広がる前に、父上に相談しに来た次第です」
父はしばらく黙っていた。そして、僕の言葉に嘘がないか確かめるような目を僕に向けると、静かに言った。
「リザードマンを征伐したとの証拠はあるか?」
「はい、ここに」
僕は異次元収納からリザードマンが使っていた重たい片手剣を二本出した。重い鉄の音を響かせながら、二振りの片手剣が机に置かれた。父は、じっくりとその剣を見て、柄を触った。握りを確かめる様な素振りをしながら、話し出した。
「リチャードはこの家にいる。そして、今、征伐隊を集めている」
そして、片手剣から手を放すと、また、重そうな音がした。父は言った。
「愚かな息子は可愛いという。エリザベートはリチャードの失敗をなんでも許してしまう。私も同じだった。
愚かな息子ではあるが、根は素直で、いつかはそれなりの領主となり、ジョージを補佐できるようになるのではないかと思っていた」
父の顔つきが苦しそうになる。
「あれはもうベルンハルトに戻れない。王都にもいられないかもしれない。いや、それより、フジャイラ王よ、ベルンハルトを救ってもらい感謝する」
父は僕に頭を下げた。そして、続けた。
「このことは、すぐにでも王の耳にいれる。早ければ沙汰が明日にはあるので、王宮への参内の準備をお願いする」
静かな沈黙が僕たちの間にあった。僕が頭を下げ、無言で立ち去ろうとすると、廊下で騒ぐ声がした。
「アルス、アルスが来ているだと!奴はブルームバーグ家の人間ではないのだ。この家に入る資格などない。どこだ、何処にいる?」
それを制止するセバスさんの声がした。
「リチャード坊ちゃま、興奮すると傷に響きます。落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられるか?どこだ、セバス、どこだ?昔の部屋か?言え!」
「リチャード坊ちゃま、落ち着いて下さい。旦那様と面談中です」
「そうか、アルスは、父上と面会しているのか?また、金の無心でも来ているのだろう、注意してくれる」
「お待ち下さい、アルス坊ちゃまはそんなことではお見えになりません」
「そんなこととはどんなことだ。まるで、私が毎回、父上に金の無心をしているようではないか?」
「いえ、そんなことは言ってはおりません。ここは大人しくお帰り下さい」
「分かった、帰る。セバス、お前がいたら、私が動けぬではないか、私から離れろ」
「分かりました。えっ、話が違います。帰ると言われたではないですか?」
「馬鹿め、私はアルスには言わなければならないことがあるのだ」
セバスさんを騙して、リチャード兄は、父の書斎の扉を開けた。
「父上、リチャードです。入ります」
扉を開けたリチャード兄は、僕を見つけると、獲物を見つけたオオカミのような笑みを浮かべた。父の前では僕が逆らえないことが分かっているのだろう。
「アルス、何しに来た。もう、ここはお前の家ではないのだ。公爵家だぞ、お前の冒険者の身分で入れる家では無いのだ」
リチャード兄は腕を怪我しているのか、包帯でまかれた腕を首から吊っていた。セバスが、遅れて発言する。
「旦那様、申し訳ありません。リチャード様がどうしてもということでして...」
その様子に父は無言で答えた。
「アルス、どうせまた金でもせびりに来たのだろう。この家の財産はジョージ兄さんと私の物だ」
兄の言葉に僕が答えようとすると、父は片手を上げ、僕を制した。そして、父が言った。
「この家の財産は、リチャード、お前の物でもない。ジョージが全て受け継ぐ」
父が発した驚きの言葉にリチャード兄は、父を見て、即座に言った。
「父上、ベルンハルトを上手く統治できれば、王都に戻してもらえると約束されたではないですか?王都に戻ればこの家はジョージ兄と私で折半することになるはずです。お忘れになったのですか?」
「忘れてはおらぬ。忘れていないからそう言ったのだ。胸に手を当てて考えてみろ」
父の言葉は厳しかった。
「どういうことでしょうか?さっぱり分かりません」
リチャード兄は、包帯を巻いていない手で胸を押さえて見せた。その仕草を見た父は言った。
「アルス、いや、フジャイラ国王は、ベルンハルトを襲ったリザードマンの報告に来られた。お前が逃げ帰り、これから討伐隊を組んで出発しようとしている件だ。すでに倒したと報告された」
「馬鹿な、嘘に決まっています」
そう言いながら挑戦的な目でリチャード兄は僕を睨みつけた。その横で、父は辛辣な言葉をリチャード兄に投げつけた。
「ベルンハルトの領主はリザードマンを恐れ、一太刀も浴びせず、民を棄てて逃げ帰ったそうだ。相違ないか?リチャード」
「父上は、そんな戯言を信用なさるのですか?嘘にきまってます」
「そうか、簡単に分かる方法がある。お前の腕の包帯を取って見ろ。リザードマンと戦い、民を逃した後、やむを得ず王都で巻き返しを図るというお前の言う通りであれば、そこに何らかの傷があるはずだ。取って見ろ」
父の剣幕に兄は腕の包帯を取ったが、傷は見当たらなかった。
「...おかしいですね。ヒールポーションのお陰ですかね、完治しています」
リチャード兄は見え透いたことを言った。
「分かった。治ったのかもしれん。しかし、今の状態で戻っても、ベルンハルトはお前を受け入れないと思うが、どう思う」
「そんなことはありません。私はベルンハルトの領主です。偉大な領主には村民は従います」
「果たしてそうかな?今回、お前には騎士団をつけないで、ベルンハルトへ戻ってもらう。それでも良いか?」
「そんな、」
リチャード兄はその言葉を言って黙った。
「そんな、の次にはどんな言葉がくるのだ」
父のリチャード兄への追求は厳しかった。リチャード兄はそれに相応しい答えを探しているように見えた。父はリチャード兄の言葉を待った。
「父上は私がベルンハルトへ戻る道中、魔物や盗賊に襲われても構わぬと申されるのですか?」
「だとしたらどうする?」
「私のことは可愛くないのですか?」
「今更何を言うのだ。父に嘘をつくような息子が可愛い訳がない。私に嘘をつくという事は、私が、王に嘘をつくことになるのだ。それはどういうことを意味するか、お前は考えたことがあるのか?もう、そう言った嘘はアルスの件でこりごりだ。
本当のことを申せ、嘘であれば、私の代わりにこの国の法がお前を裁く。その覚悟をもって話すのだ」
父はリチャード兄の逃げ道を塞いだ。リチャード兄の顔は強張り、さきほどからの余裕も無くなっていた。リチャード兄は突然、跪き、父にひれ伏して、叫ぶ様に言った。
「父上、嘘をついておりました。リザードマンを一目見て怖くなり、逃げ帰ってきました」
そんなリチャード兄を見ながら父は言った。
「分かった」
「あー、分かって頂けたのですか?」
リチャード兄が顔を上げた。その兄に父は冷徹な声で言った。
「出て行け」
「...どこへ」
リチャード兄が間を置かずに聞いた。
「何処へでも良い。お前の好きな所へだ。ブルームバーグ家はお前を必要としない」
書斎には重苦しい沈黙だけが残った。




