第76話 フジャイラの王、因縁を解決する
たどり着いたベルンハルトは、村とは思えない惨状だった。春の耕作が始まったはずの畑には逃げ遅れた人々が倒れ、助けを求める呻き声だけが風に流れていた。
移動の魔道具を村の入口に止め、一度来たことがある広場の先には、視界を遮っていた家がなくなっており、その奥で荒れ狂ったように家々を壊している影を見つけた。僕等の発見は彼の者にも通じたのか、影は動きを止め、こちらを振り向いた。そして、少し笑ったように見えた。
僕等は近づき、その影もゆっくりと近づいてきた。僕の足は震えもなく、力強く地を踏みしめ、アレオス騎士団長とカミーラ王妃を守るかの如く僕は先頭にいた。
影はやがて姿を現し、右眼がつぶれたリザードマンだとはっきり分かった。
リザードマンは一声吠えた。
「ウギャオ」
彼なりの再会の挨拶だったのかもしれない。僕は魔弾を撃つ準備をし、カミーラ王妃が前に出ようとするのを手で押さえた。
リザードマンは笑ったのかもしれない。少しだけ口を開き、鋭い牙を見せた。そして、顔をくいッと振って、何かを促す素振りをした。
「奴は私を待っています。陛下、手出しは無用に願います」
アレオス騎士団長は諸刃の両手剣を抜き、構えて僕の前に一歩出た。
リザードマンも片手剣をそれぞれの手に握り、構えた。
二人の間には数メートルの空間があった。
その瞬間、二人の殺気にその空間が凍ったように感じ、その凍った空間がひび割れるように二人が動き、剣が交錯した。
「キン、キン、ガキン」
と、二人が密着し、剣の力比べの状態が続き、
「ガッ」
と、音がして、火花を散らしながら鍔迫り合いとなり、やがて互いに力を弾き返した。二人は離れ、元の場所に戻った。
アレオスの息は荒く、少しだけ膝をついて、隙を見せた。襲ってくる可能性を考えて、いつでも魔弾を撃つ準備をしていたが、リザードマンはアレオスの様子をじっと見つめていただけだった。
アレオスが再び立ち上がり、剣を構えるとそれに呼応するように、リザードマンも剣を構えた。
「アレオス騎士団長、奴は右眼が見えません。右側からの攻撃が有効です」
僕は助言を与えた。アレオス騎士団長は首を振った。
「彼は追撃せず、私に力が戻るまで待ちました。彼は戦う相手には敬意を払う武道家です。卑怯な手段は選べません」
アレオス騎士団長の物言いに、僕が答えた。
「奴は弱き無辜の人を殺しているのですよ。容赦してはいけません」
「陛下のお言葉ですが、私の我儘を許してください」
と、アレオス騎士団長は再び剣に殺気を込めた。
「アレオスは勝つ」
僕にしがみつく様に立つカミーラ王妃が祈りを込めた言葉を僕に囁いた。
やがて、二つの物体は動き出し、その動きは目で追えない速さの影となり、影が持つ剣から光が放たれ、それが舞った。
「キン、キン」
と、剣がうち合わさる音の中に、肉と骨が切られる音が混じった。
「ザクッ」
「ボゴッ」
「ドゴッ」
さらに赤いしぶきと青いしぶきが上がった。そして、一方の影が跪き、一方の影は倒れ、大きな地響きが鳴り響き、砂が舞い上がった。
砂の霧が晴れた先には、跪き、腕をおさえたアレオス騎士団長がいて、その傍らには大の字に仰向けに倒れたリザードマンがいた。
”良かった”
僕はアレオス騎士団長に近づき声をかけた。
「勝ちましたね」
アレオス騎士団長は首を振った。
「違います。勝たせてもらいました。あの者は死に場所を求めていた」
「何でそんなことが分かるのですか?」
「彼は私を殺せた。その最後のひと振りを躊躇い、私に隙を見せた。私は彼を切った。その後に最後の一太刀を、この腕の骨に当てて止めました」
アレオス騎士団長の二の腕は肉が切られ、骨が見えていた。
瞬間的に僕は治療をした。
「ヒール」
アレオス騎士団長の腕の傷が修復されると同時に、彼は泣き出した。
「私達は彼の人生を狂わせたのです。我々のために彼はリザードマンの谷で居場所をなくし、我々に殺されるために彷徨った。悲しき騎士です」
そんな彼に、カミーラ王妃が言葉をかけた。
「馬鹿なことを言うな、アレオスよ。お前はスコッテイが奴隷のまま死んだ方が良いと申すのか?」
「いえ、そんなことは...」
アレオス騎士団長は泣き声でその先が言えなかった。
「魔物にも生活があり、家庭もあるだろう。しかし、我々も守るべきものがあるのだ。その為に戦うのが、王であり、私であり、その手伝いをするお前なのだ」
カミーラ王妃が言った。それでも泣き止まぬアレオス騎士団長に続けて言った。
「お前は戦って勝った。正しい行いをしたのだ。それを誇れ。私はそんなお前が誇らしいぞ」
その言葉に、アレオス騎士団長の泣き声はさらに大きくなった。倒れたリザードマンの無表情の爬虫類の顔が笑っているように見えた。
僕たちはベルンハルトの村長を探したが見つからなかった。殺されたのかもしれないと判断し、この村に救護施設を建てた。
僕が怪我人の治療を行っている間、一旦、引き上げたカミーラ王妃と騎士団長は、ベローと炊き出しをする人を連れて来た。新たに建てた建物で炊き出しを始めた。
この村が一段落すると、この地域の別の村も周ると、行く先々で焼けた家と負傷者が待っていた。同じように救護施設を建て、炊き出しを行っていった。同じように荒らされた村が、ベルンハルトの他に五つあった。この村々の人の喜びの顔を見て、アレオス騎士団長は少しづつ立ち直っていった。
魔物に襲われた村々が落ち着いてきたのを確認して、王都に行くことにした。
「陛下、春の試験はいかがしましょうか?」
カルロスさんから言われると、僕は言った。
「日延べが難しそうなので、試験はやりましょう。でも、その前に王都に報告に行きたいので、冒険者パーティ、白銀の翼のメンバーとトーリさんを呼んでください。お願いします」
カルロスさんは、カミーラ王妃と騎士団長を呼びに行った。併せてトーリさんも呼んできた。
「今回のリザードマンの件で王都に報告に行くつもりです。トーリさん、数日になるかもしれませんが、街の運営をお願いします。帰って来たらすぐ春の試験を行います。予定が詰め込まれましたが、上手くやりましょう」
僕が言うと、
「分かりました、陛下。任せておいてください」
と、トーリさんが答えてくれた。
「では、出発します」
僕等は移動の魔道具で王都へ旅立った。
冒険者、白銀の翼は問題もなく王都へ入場し、フェルプス商会に挨拶に行った。例の如く、フェルプス会長の面会となった。
フェルプスさんに事情を話すと、すぐ、ブルームバーグ家へ使いを出してもらった。そして、僕にフェルプスさんが言い出した。
「アルス様、今晩と言わず、これからは、自由にフェルプス商会がやっている宿をお使い下さい。それと、これから雑談になりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「この春、名実ともに、フェルプス商会はマギビスタ国の最有力商会となりました。また、ファビオもエルザもそれぞれの事業を作り、商売に自信を持ったのではないかと思います。
これも一重にアルス様のお陰でございます。ありがとうございました」
フェルプスさんは頭を下げた。その言葉に僕は答えた。
「こちらこそ、助かっております。フジャイラはまだ小さな国。フェルプス商会が大きくなれば、僕たちの国も大きくなると信じています」
僕の答えを待っていたかのように、フェルプスさんは言った。
「アルス様、そのためには、ファビオ、エルザ以外の私も活躍しなければなりません。それに相応しい事業はありますでしょうか?」
「今度は会長ですか?」
思いもよらない話の展開に僕は驚くしかなかった。




