第74話 フジャイラの王、新年を迎える
新年をアルスブルクで迎え、皆等しく年をひとつとった。僕は八歳となり、カミーラ王妃は十八歳だ。年末からスコッテイ王女も里帰りし、代わりにマーガレット王女もマギビスタの王都に戻った。
人も増え、国の体を成し、本日は、議会場での新年の挨拶と簡単なお祝いを行い、今、自宅に戻り寛いでいた。多くの人の視線を浴びる度にやり残してきたことを思い、やるべきことを思い出した。しかし、昨年とは違う、前向きの力だと受け止めることにした。
「アルス兄様と呼ぶべきかしら?」
そう言いながら、スコッテイ王女が寄って来た。振り向いて、彼女に言った。
「家の中でしたら、僕の呼び方は何でも良いですよ。人前では困りますけど」
「そう、では今迄通り、アルス様で良い?」
そう言いながら、僕の前の椅子に座った。少し見ない間に、以前より大人びた雰囲気になっていた。
「はい、良いですよ。何か、ご用事ですか?」
僕は彼女に返答した。
「ええっ、用事がないと話しかけてはいけないの?」
「いえ、そういう訳ではないですが」
「聞いて欲しいことがあるの」
「何でしょうか?」
「マギビスタの王都って何も無いのね。ちょっと退屈過ぎるのよ。何とかならない?」
スコッテイ王女は投げやりな話し方をした。
「そうですか?リバーシで遊べるようにしましたし、音楽も聴けますし、ダンスもできるようにしました。新しいデザートもエルザの店から提供されます。こちらにいるマーガレット王女よりは色んなことができると思います。それでも退屈であれば、読書とかされたらどうでしょうか?」
「そうなんだけど、」
「もし、お茶会に誘われないのなら、ブルームバーグ家に頼んでみますが」
「そうなんだけど、」
そんなスコッテイ王女を追ってきたのか、カミーラ王妃が話しかけて来た。
「アルス、スコッテイの話をまともに聞いてはいけない。本来の王女がやるべき、刺繍とかレース編みに時間を割いたり、サロンの付き合いである詩の朗読会や古典文学の解説会へ参加する必要があるのに、何もできていない。できていないから、王都はやることがないと言い続けているのだ」
スコッテイ王女はカミーラ王妃の言葉を無視するように僕に話しかけた。
「アルス様、お姉様の指の爪、綺麗だと思わない?」
「ええ、カミーラはいつも綺麗ですよ」
と、僕はそう言ってカミーラ王妃を見た。聞こえていたのか、カミーラ王妃は立ったままニコニコしていた。
「あのキラキラした爪が私にもあると、私も綺麗だと言われると思うの」
「そうですか?」
「それにお姉様はいつも良い匂いをさせているわ?」
「そうですね。カミーラはいつもいい匂いです」
カミーラ王妃は嬉しそうな顔をしていた。
「でしょう。それに、髪の毛もつやつやでサラサラよね」
「そうですね。カミーラの髪は触っても気持ち良いですよ」
カミーラ王妃はニマニマと笑っていた。
「何で?」
「えっ、何で?僕は分かりませんよ、カミーラに聞いて下さい」
「その理由をお姉様は教えてくれない、意地悪しているのよ」
「はぁ」
と言って、カミーラ王妃を見ると満面の笑顔を見せていた。僕はそんな彼女に声をかけた。
「カミーラ、どうして教えてあげないのですか?」
「スコッテイにはまだ早い」
カミーラ王妃は冷たく言い放った。
「早くないです。今年で私もひとつ年を取り、一人前のレディーとなりました」
スコッテイ王女は軽く怒り気味にカミーラに聞こえるように言った。
「ねえ、アルス様、」
と言いながら、急に僕の顔に胸を擦り付けるように抱きついてきた。不意を突かれ、僕は押し退けることもできず、息がしづらくなり、スコッテイ王女の胸の中でもがいた。思わず悲鳴を上げた。
「カミーラ、助けて」
「止めなさい、スコッテイ」
その声にスコッテイ王女はカミーラ王妃を訴えるように見た。
「分かったわ、教えるからアルスから離れなさい」
しかし、僕からスコッテイ王女は離れなかった。回答がないと止めないということらしかった。観念したように王妃は言った。
「サリーの店」
「サリーの店?」
「ガレオンから移住してきた女性がやっている。美容室とアルスが名付けた。そこにいけば綺麗にしてもらえる」
「アルス様、本当?」
胸の中でもがき、完全に声が潰れた僕に、スコッテイ王女が聞いてきた。
「ふぉう、れすっ。 ですから早く、はなしてくださいっ!」
酸欠で視界がチカチカする中、僕は必死に声を絞り出した。
新年早々、スコッテイ王女はサリーに頼み込んで、髪を切ってもらい、爪をキラキラ光るようにして帰って来て、自慢げに僕に見せた。
「アルス様、どう、綺麗ですか?」
「あー、綺麗になりましたね」
「お姉様より綺麗?」
「いや、カミーラが綺麗ですよ」
「アルス様はデリカシーのない酷い人です」
急にスコッテイ王女が怒り出した。
「そういう時は嘘でも私の方が綺麗というべきです」
なるほど、そういうものかと思い、もう一度言い直した。
「カミーラより綺麗になりましたね」
「私を好きになった?」
「えっ」
少し考えた。
「はい」
と、思わず会話の流れで答えると、スコッテイ王女が今度は優しく抱き着いてきた。そして、耳元で囁いた。
「それでこそ、私のアルス様です」
それを見ていたのか、雰囲気で分かったのか、カミーラ王妃が現れ、いきなり声をかけてきた。
「スコッテイ、アルスに何している」
「何も、アルス様が私がお姉様より綺麗だと言われたので嬉しかったものですから」
「何だと」
カミーラ王妃の視線が僕を突き刺した。
「アルス、どういう訳だ。まだ、スコッテイは子供だが、子供の方が良いのか?私に誓った言葉は嘘だったのか?」
言葉の刃が斬りつけていった。
「いえ、そんな事は無くて、カミーラが綺麗だと言っても、スコッテイ王女が嘘でも今回は綺麗だと言うものだと言われるものですから、そう答えたまでです」
呆れた顔して、カミーラ王妃が話し出した。
「子供の嘘に簡単に騙されおって。前世の知識があってもそうか、アルスはどれだけ女にモテなかったのだ」
それから思い直す様に言った。
「だからこそ、私が守らねばならない。スコッテイ、アルスから離れろ」
カミーラ王妃は厳しい言葉を投げつけた。
スコッテイ王女はカミーラ王妃に叱責されたが、すぐに元の人懐っこい姿に戻った。そして、新年の挨拶に来たフェルプス商会のファビオさんとエルザさんに、サリーの店の事を話すと、エルザさんがすかさず食いついた。
「場所はどこでしょうか?私も早速行ってまいります」
と、スコッテイ王女に店の場所を聞くと、出かけて行った。新年早々、サリーが大変になってしまった。反省しなければならない。
ファビオさんと今の魔道具事業と健康飲料の状況と今年の販売予想を聞いていると、いつの間にか、エルザさんが見違えるようなって帰って来た。即座に、私達に話しかけて来た。
「アルス様、カミーラ様、是非その美容院とかの事業をやらせて頂けないでしょうか?」
さらにエルザさんは続けた。
「髪といい、爪の輝きといい、このお店を作れば、きっと王都で評判になります。そうだ、エルザの店に来るお客が、美容院のお客となり、美容院のお客がエルザの店のお客になりますね。
そうだ、エルザの店の横に美容院を作ったらどうかしら。どう思う、ファビオ兄さん?」
フェルプス商会の一族は似ているのか、皆、せっかちに見えた。
「良いね、エルザ。それは相乗効果を期待できる店の配置だな。早速やらせてもらおう。良いですよね、アルス様」
僕にファビオさんが聞いてきた。
「でも、エルザさんはレストランのマギビスタ全国展開を検討されていて、忙しいのでは?」
と、僕が返すと、
「いや、レストランと一緒に美容院を作ってしまえば良いのです。ですから、検討は一緒にできますし、利益は想定以上になると思います。問題ありません」
と、ファビオさんは相変わらず商人モードであった。
「アルス様、カミーラ様、フェルプス商会はもう少しでマギビスタ王国最大の商会になります。そのためにはエルザのこの事業も成功させなければなりません。ご協力をお願いします」
深々と頭を下げた。そして、付け加えた。
「父も新しい事業が欲しいと言っています。父の願いも叶えて頂けないでしょうか?」
「えー」
と、その言葉に思わず僕が声を出すと、
「アルス、また仕事が増えたな」
カミーラ王妃が僕を諭すように言った。




