第70話 フジャイラの王、村を広げて街とする
リチャード兄のベルンハルトの訪問から数日が経って、村へ新たな訪問者があった。旅の芸人一座で天駆けるキャラバンと名乗った。
座長が言った。
「我々、天駆けるキャラバン一座は、諸所の国や場所を巡りながら、我々の祖先から聞いた、失われた一族を探すいつ終わるともない旅に出ております。
しかし、旅の途中ではありますが、この国の北方にきましたが、受け入れてくれる村もありません。寒くなってきて、野宿することもできず、漸く見つけた村で、一晩の宿と食事を恵んで頂けないでしょうか?」
この言葉は流浪を経験したカミーラ王妃の琴線に触れたらしく、マーガレット王女の鑑定を使っても怪しい者もいなかった。困っている人達は無下にできず、村への滞在を許した。
彼等を空いている集合住宅に泊めて、共同浴場を勧めた。
「風呂というものは初めてかもしれません」
そう言いながら、一行は風呂で旅の疲れを落とし、浄化した服に着替えると、食堂で温かな食事を囲んだ。
座長はソノワと言った。食事をとりながら、彼は語った。
「王よ、風呂と食事を振舞って頂き感謝いたします。
旅の一座の戯言としてお聞きください。
私たちの祖先はメーリッシュという国で暮らしていました。しかし魔物の侵攻で一族は五つに分かれました。
ウン族、ドイシュ族、トレシュ族、クアトロ族、シンコ族――。
私たちは、そのウン族になります。
私たちは、とある村で寄宿生活していたのですが、その村も飢饉により、食い扶持を減らすために追われてしまいました。それから今迄、流浪の旅を続けています。
私たちの特技は舞踊と歌で、それを生業として各地を巡り、分かれた支族を探しておりましたが、その旅の辛さに、少しずついなくなり、今の五十人程度の一座となりました」
「大変でしたね、どれくらいの旅になりそうですか?」
僕が聞くと、ソノワは深い皺をさらに深くして、
「分かりません。分かれた支族に会えるかもしれませんし、そんな昔の話は作り話で、旅をするだけで道端の石に変わるだけの旅になるかもしれません」
と、言った。その言い方に、カミーラ王妃は自分の姿を重ねたのか、ソノワに聞いた。
「ソノワとやら、その支族に会えたらどうするのだ」
「はい、共に生きていこうと思います」
ソノワの答えに、カミーラ王妃は厳しい声で言った。
「それを本当にできると思うか?その支族は裕福でないかもしれないぞ」
「それは...」
ソノワが言い淀んだ。その姿を見て、カミーラ王妃が僕の横腹を肘でつついた。僕が彼女を見ると、綺麗な顎をくいッとソノワの方へ向けた。
”なるほど、そう言う事か”
と、僕はソノワさんに提案をした。
「ソノワさん、この村の住民になりませんか?」
僕が言うと、ソノワさんが反応した。
「えっ、それはどういう事でしょうか?」
「この村は人を必要としており、貴方たちは仲間と住む所を探していた。その地にこの村を選んでもらえると嬉しいということです」
「そのお言葉は嬉しいのですが、我々は歌うことしか出来ません。この村の仕事を手伝うこともできないと思います。それでも良いのですか?」
「はい、村の娯楽が少なく、劇場を作ってみようかと思っていたのですが、出し物も無いため、どうしようかと考えていたところだったのです。よろしければ、その運営をやって頂くと村民にも愉しみが増えます」
「ありがたい言葉です。しかし、我々には分かれた支族を探すと言う宿命があります」
「ならば、我らと一緒に探せば良いではないか?」
カミーラ王妃が横から口を出し、自身の境遇とフジャイラの民を探していることを話した。
「そう言う事であれば願ってもない話です。一度、皆に相談してからでいいでしょうか?」
ソノワさんはそこでその話を引き取った。そして、食事を食べ終わると、弦楽器を片手に曲を弾き、歌い出した。
「古より時は流れ、大きく五つの川ができた。その川は曲がりくねり、氾濫をおこしながらも、やがて大きな海に繋がる。川に住む人々は、川に小舟を浮かべ、海で仲間とまた一緒になることを夢見る。でも、海に向かう小舟はその流れに翻弄され、所々で立ち止まっている。それを嘆いてもしょうがない。船に乗って、川を下り、大きな海で仲間と出会うのだ。その日まで会う喜びを忘れるな、今の苦しみを捨てるのだ」
静かに拍手が起こって、ソノワさんは何かに浸っているように見えた。僕も拍手をし、カミーラ王妃は涙ぐんでいた。マーガレット王女は呟いた。
「あの人もやっと巡り合えたのかもしれない」
そう言って、僕を見つめていた。
翌日、ソノワさんから村民にして欲しいという申し出があった。村民の儀式により、カミーラ王妃からアイディーの魔法を授かり、トーリさんから村民の注意事項を受けて、晴れてウン族の旅の一座は村の住人となった。
僕は村の広場の横に劇場を建て、そこが、ウン族の仕事場となった。そして、ウン族には宿題を出した。亡きメーリッシュ民に向けてウン族がこの村にいることが分かる歌を作るということと、フジャイラの民に向けて、ここにフジャイラ国ができたということを分かる歌を作って欲しいということだ。
そのため、カミーラ王妃はマーガレット王女を連れて劇場に通い詰めとなった。僕はその歌ができたら、音楽の魔道具に入れ、ファビオさんに販売してもらうため、音楽再生の魔道具工房での製造の仕組みを作っていた。
また、それから、しばらくして村へ新たな訪問者があった。ベルンハルトから来たリチャード兄を守っていた騎士団であった。事情を聞くと、やはり、リチャード兄から代わりの者が来たので解雇されたので、王都に帰る前に僕に挨拶に来たのだと言う。
僕は言った。
「王都へ帰って、職を得ようと考えるなら、この村で暮らしませんか?村も人数が増え、騎士団員の人数も足りません。どうでしょうか?」
「アルス様、望んでもいないご提案ですが、我らには王都に家族がおります。その者達の世話も必要です」
リチャード兄の命令を断固として撥ね付けた騎士が言った。ルドルフと言うらしい。
「それでは、王都の家族もここに住んでもらっても構いませんよ。引っ越しは、移動の魔道具で行います。それに長けた者もおります。いかかでしょうか?話が必要であれば、ブルームバーグ公爵家への話も通します。一度、お考え下さい」
と言って、彼らを強引に村へ招き入れた。
風呂と食事を共にし、なんとか、この村を気に入ってもらおうと努力した。しかし、彼らの一人から鋭い質問があった。
「この村は安楽に暮らせそうですが、身分という考え方が希薄です。そのため、王から祖先より頂いた我一族の誇りがこの地では生かせない気がします。例えば、我一族がこの地に住む場合、その特権は守られるのでしょうか?」
僕は答えた。
「優遇はしたい気もしますが、それは能力によるものと考えています。マギビスタも同じでマギビスタに貢献した者に特権を与えたはずです。申し訳ありませんが、村に貢献していただくことで特権が生まれると考えてください」
僕の物言いに納得したのか、分からないが、それ以上の言葉は無かった。ルドルフは言った。
「アルス様、快きご提案痛み入りますが、我々にも家族、氏族がおります。相談しないといけないこともあります。しばし、猶予をお願いできないでしょうか?また、その場合、一族郎党が移り住むことも可能でしょうか?」
「大丈夫です。その一族が住む場合はその一族だけの居住区または村のどちらかを申し出てください。それだけの場所と建物をご用意します。但し、食事は無料のものをご用意できますが、お城のような立派なものは無理ですよ」
僕の答えにルドルフは笑って答えた。
「誰もがブルームバーグ公爵家のような裕福な家の者とは限りません」
そして、この別れからほどなくして、雪が降る前にルドルフをはじめとする多くの騎士団一族が家族を連れて移住してきた。静かだった村は一気に活気づき、新たな家々が建ち並ぶ。子どもたちの笑い声が響き始める頃には、誰もこの地を「村」とは呼ばなくなっていた。フジャイラは、小さな町へと姿を変え始めていた。




