第69話 フジャイラの王、兄と戦う
門番からの報告で、リチャード兄が来たことを知ると僕は村の入口まで急いだ。門番とのやりとりが移動している僕にも聞こえた。
「この村は新しくできたフジャイラ国の村であり、マギビスタ王国とは関係ありません。お帰り下さい」
門番の担当の者は決められた通りの口上を述べた。
「フジャイラ国?なんだそれは?遠路はるばる来た俺に帰れというのか?
ふざけるな。俺を誰だと思っている。
ブルームバーグ公爵家のリチャード様だぞ。お前らがそんな口をきいて良い相手ではない。責任者をだせ!」
その声を聞きながら、僕は怪我人がいないことを確認し、逃げずに対決することを選んだ。
さらに兄の声が続いた。
「おい、いつまで待たせるのだ」
リチャード兄は怒り出した。その怒りをさらに助長させるような言葉が返って来た。
門番は決められた口上を張り上げた。
「この国はマギビスタ王国で承認された国であり、その国に難癖をつけるのはマギビスタ王国と喧嘩することになります。良いですか?」
「そんな屁理屈が通ると思うのか、村人分際で何を言い出す。貴族に歯向かう者にはそれ相応の代償が必要だな。おい、お前たち、少し、脅してやれ」
リチャード兄は配下へ命令を飛ばした。
「ドーン」
と、村の入口から体当たりの音が響いた。兵士が体当たりした。しかし、扉に跳ね返されたらしい。
「何なんだ、お前らのその弱腰は!不甲斐ない。それでもブルームバーグ公爵家の騎士か!」
リチャード兄は怒鳴った。
「その転がっている者を後ろへ下がらせろ。火矢を使え!」
リチャードの配下は二手に分かれ、一方は倒れた者の救出作業を行い、他方は火矢の準備を始めた。そして、倒れた者の後ろに引き摺り、号令をかけた。
「矢を放て」
リチャードの掛け声で火矢が放たれ、火矢が障壁に突き刺さる。しかし次の瞬間、水魔法が発動し、火は一瞬で消えた。
攻撃が止んだことを確認すると、僕は門を開けるよう命じた。
重い音を立てながら、村の門がゆっくりと左右へ開いていく。
開かれた門の先にはリチャード兄が馬上におり、困惑を浮かべていた。この村の防備に驚いているのだろう。騎士団長のアレオスが前に出ようとするのを引き留め、開いた門の向こうへ、僕は一歩だけ踏み出した。
叫んだ。
「我こそが、フジャイラ国王アルス。何をしに参った。我が国で狼藉を働くことは許されない」
声はきちんと出たが、僕の足は少し震えていた。僕は前を向き、リチャード兄の出方を伺った。予想通り、リチャード兄の表情は困惑から見下した表情に変わり、話しかけて来た。
「アルス、お前はベルンハルトを追い出されて狂ったのか?情けない奴だ。なんなんだ、この、お遊びは?悪い事は言わん。国を語るなど、大逆罪だぞ。誰に唆された?その後ろのでかい男か?」
その兄の言葉には揶揄があった。僕は答えた。
「我は誰に何と言われようとフジャイラ国王アルスだ。愚弄することはそれなりの罰を受けることになるが良いか」
「誰に?アルス、お前は兄の顔も忘れたのか?忘れたとは言わせんぞ。お前を王都から叩き出した兄だ。はっはっはっ」
リチャード兄は組みやすしと思ったのか余裕の笑いが出ていた。そして、続けた。
「悪い事をしたとは思うが、そのつれない態度はいただけない。兄に歯向かう弟にはそれなりの罰も必要だ。おい、お前たち、この村を蹂躙せよ」
リチャード兄は配下に命令した。
「しかし、リチャード様。あちらにおられるのがアルス様だとすれば、我々ブルームバーグ公爵家の騎士、その方へ剣を向けることはできません。お許しください」
騎士の一人が声を出した。
「何を言う、お前たちは私の護衛だろう。私が危険な立場になっているのに戦わないのはどういう訳だ」
リチャード兄から怒りの声が上がった。
「リチャード様、我々は公爵から貴方の命の危険から守ることを厳命されておりますが、今の状況が命の脅威には見えません」
「ふん、お前の目にはただの兄弟喧嘩としか映らんのか?馬鹿者」
リチャード兄は持っていた馬の鞭で騎士を打擲した。ビシッと音がして、騎士の額から血が流れた。
「我々は馬ではありません。鞭で動かすのは愚です」
「減らず口を叩く騎士がいたことを、父上に報告しておくぞ、良いな」
「構いません」
「そうか、分かった。小さな弟に恐れる私ではない。アルス、尋常に勝負しろ」
配下が動かないことを知って、リチャード兄は自分で動くことにしたようだ。彼は剣を抜き、そのまま、僕の方へ真っ直ぐ馬を走らせてきた。
リチャード兄は僕に向かって剣を振り上げた。威嚇なのだろう、それほど力が入っているような気がしない。僕はそれを見極め、魔弾を剣に当てた。
ドンっと鈍い音がして、リチャード兄の剣が空に舞った。剣が無くなった事に気づいた兄は驚きを隠せず、思わず馬を止めた。そして、叫んだ。
「アルス、何をした」
「魔法を使った」
「お前の年で魔法を使うことはこの国では禁止だ。法を犯したな。許せぬぞ、訴えてやる」
「どうぞ、ご自由に。しかし、ここはマギビスタ王国ではなく、フジャイラ国。貴方の国の法は及ばぬ」
僕ははっきりと言った。
「何を戯けたことを言うのだ。お前は法を犯した犯罪人だ。いずれ沙汰があるだろう」
リチャード兄は村の入口にいる僕の後ろに次々に集まる村人を見ていた。その後ろにいたカミーラ王妃とともにいるマーガレット王女を見つけたようだ。リチャード兄から驚きの言葉が口から出て来た。
「マーガレット王女、どうしてここにおられるのです。私が迎えに行く迄、王都で待っていただくお約束では。私を探して、この辺鄙な村に迷いこまれたのですね。そうであれば、ちょうど良い。この野蛮な者どもから貴方様を救いますので、しばらくお待ちを。おい、皆の者、王女を救うのだ」
急に味方を得たようにリチャード兄が元気になった。しかし、王女の言葉は彼の心を打ち砕くのに十分だった。
「私は誰ともそんな約束した覚えがない」
マーガレット王女が冷たく言い放ったのだ。
「何を申されます。私はマギビスタ王に直接お会いしてお言葉を頂き、この辺境で成果を上げ、貴方を迎えに行くことになっております。お忘れなされたか?」
「お主が誰かも分からぬ。夢でも見ていたのではないか?」
マーガレット王女の言葉に、リチャード兄は言い続けた。
「我が弟の嫌な魔法で心を惑わされているのですね。申し訳ございません。兄として深く謝罪いたします。
やはり、我が弟ながら、この者は害悪をまき散らしているようです。私が成敗いたします。しばらくお待ちください。おい、皆の者、早くしないか?国家の危機である。功を立てれば褒美をつかわすぞ。早くしないか?」
マーガレット王女は呆れたのか、僕に言った。
「王よ、この者は何を言っているのだ。意味が分からぬ。アルス、早く処分しろ、目障りじゃ」
僕は闇魔法で馬の目を塞ぎ、魔弾で軽く馬の頬を叩くと、馬は横を向き、あらぬ方向へ走り出した。
「おい、どうした。どこへ行くのだ。皆の者助けよ」
その声とともに方向を見失った馬に乗せられ、リチャード兄はあらぬ方へ行ってしまった。
呆然とそれを見つめるリチャード兄から鞭を浴びた者に僕は声をかけた。
「兄がご迷惑をお掛けしました。万が一、何かありましたら、私をお頼りください。この村はいつでもお待ちしております」
名も知らぬ騎士は頭を下げ、リチャード兄を追って行った。それを見ていた、リチャード兄の配下も一斉に動き出した。




