第65話 転生者、試練を受ける
王との面会から数日開けて、僕は一人、王宮に呼ばれた。父もおらず、カミーラ王女もいない。一人だけだった。
迎えの馬車では一言もなく、黙々と淡々と、王宮へ進んだ。王宮前で放り出されるように馬車から追い出され、王宮前にいた執事服の男に連れられ、広間に連れてこられた。
「なんだ、まだ、可愛い子供ではないか?」
どこからか、その声が聞こえた。
声の主に振り向くことなく前を進むと、止まることを促され、そして、跪くように指示された。片膝をつき、俯いて待っていると、やがて、玉座に人が座る気配がした。遠くから声がかかった。
「面を上げろ」
頭を上げ、前を見るとマギビスタの王がいた。数日前の印象とは違った厳かな感じであった。
「王より話がある」
遠くから声がかかった。それを機に王の横にいる人物が話し始めた。
「そなたはブルームバーグ家の三男アルスで間違いないか?」
「はい。その通りでございます」
「そなたは、辺境にあるベルンハルトの近くの未開の地にアルスブルクなる村を作った。相違ないか?」
「はい。その通りでございます」
「その未開の地をフジャイラの国として我が国に承認を求めている。相違ないか?」
多少の違和感はあったが、大筋では間違っていなかったため頷いた。
「はい。その通りでございます」
「王よ、間違いございません。お言葉を」
大臣は王に返答を促した。
「許す」
王は短くそう告げた。
しかし、その一言だけで広間の空気が張り詰めた。
「フジャイラの国のアルス、王は許された。フジャイラの国は許された見返りを我が国に支払わなければならない。その額、10万Gを月の終わりまでに我が国に支払い続けること。それが、フジャイラの国の存続の条件だ。良いか」
「承知しました」
「では、その言葉をここに記した書面がある。ここにサインをしろ」
跪いた僕の前にお盆に乗せられた書面を王の横にいた男が持ってきた。僕はその書面の内容を確認した。金額の前後に不自然な余白があった。僕はそれを見て、サインするのを躊躇った。
「何をしている。早くしろ。サインせねば契約は成立しないぞ」
急かされたが、僕は迷いながら、言葉を発した。
「王よ、不調法をお許し下さい。書面に嘘偽りはございませんが、お支払いする金額の数字の前後に不自然な余白があります。フジャイラの国の存続がその金額でかかっているのであれば、それは厳密でなければなりません。
数字の余白を埋めて頂きたく思います」
「フジャイラの国のアルス、お前は王を信じないという訳か?この契約は無しとなっても良いのか?」
「偽りが混じる契約であれば、フジャイラには必要ありません。もし、どうしてもとマギビスタ国がこのままで契約を望まれるのであれば、その場合は致し方ありません。ご辞退いたします」
「ふん、子供の分際で多少の無礼は許されると思ったか?」
「いえ、確かに私は子供です。しかし、同時に民を預かる王でもあります。民が苦しむ未来があれば避けるのが仕事となります」
「そうか、この契約は無しだ。早々に引き下がれ」
その男は急に態度を変え言い放った。その時、王が一言発した。
「許す」
「えっ、何と?」
その男が思わず、振向き、聞き返した。
「大臣、許すと言った。聞いていなかったのか?」
王はその男を睨んだ。その威圧に男は慌てて契約書の金額の前後の余白を線で埋めた。
「これで、相違ないか?」
大臣は僕に契約書の確認を再度促した。
「問題ございません」
僕が答えると、
「では、サインをしろ」
高圧的な物言いだが、僕はサインした。それを大臣は見届けると、叫んだ。
「これで契約は相成った」
その言葉に僕は少しだけ緊張が解け、周囲を横目で見た。多くの貴族が列席しているのが分かったが、人の顔までは分からなかった。父もどこかで、僕の姿をみていたのかもしれなかった。
「この儀は終わり、フジャイラの国王は退席しろ」
大臣の声に膝立姿勢から立ち上がった。少し足が震えているのが分かった。転ばぬよう後ろに振り返り、ゆっくり一歩ずつ歩いて、広間の扉まで行った。いつの間にか扉が開き、廊下まで歩くと扉がしまった。フジャイラ王国としての本当の戦いは、ここから始まるのだと思った。
そんな僕に部屋の外にいた執事が僕をある部屋に連れて行き、待つように促された。
どれくらい待ったか分からないが、椅子に座っていたら緊張が解けてねむっていたらしい。誰かに声をかけられ、目を覚ました。見ると、父がいて、その横に王がいた。
父が労いの言葉を言った。
「アルス、疲れただろう」
「はい、少しだけ無理をした気がします」
僕が言うと、先ほどとは違う別の顔をした王が言った。
「存在感だけは示せたか、ひとまずは良しだ」
笑っていた。そして、言った。
「会わせたい者がいる。我が娘マーガレットだ。おい、マーガレット、こちらへ来て、挨拶しなさい。これが今、王都で有名なアルスだ。可愛いだろう」
僕の前に年の頃十五歳くらいの女の子がいて、美しくカーテシーをして、話し出した。
「マーガレットでございます。貴方が王都で高名なアルス様ですのね」
「有名かどうかは分かりませんが、アルスです」
僕が答えると、彼女は冷たく言った。
「お父様、私は年下は好みではありません。アルス様に言ってもらえませんか?」
「そうか、言うのは問題ないが、お前がアルスと一緒に彼の村に行くのは決まっている」
「そんな、何もない田舎へは行きたくないとお母さまに伝えたはずです」
「困ったな。アルスには約束してしまった。契約書にも書いてある。どうしようか?契約書を書き直すには、また、多くの貴族の承認が必要となる。困ったなぁ」
王はそういった言い方をするが、全然困ったように見えなかった。契約書にも書いてなかった。何か楽しむ雰囲気がした。
「アルスはエルザの店のスポンサーだ。だから、エルザランドは待たずに入れる」
「えっ、中々入れないあの店?」
「そうだ」
「じゃ、知り合いになればあの店のシュークリームはいつ行っても食べられる?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、チャールズに聞くとエルザの店の食材は全部アルスの村から作ってくるそうだ。だから、村へ行けば食べ放題だ」
「そうなの、アルス?」
「マーガレット、馴れ馴れしいぞ。はしたない」
「良いじゃないですか、お父様。アルス、それは、本当なの?」
「はい、本当です。食べ放題はできませんが、食べてみますか?今、持っていますが」
「えっ、本当?食べたい」
「マーガレット、はしたないぞ」
王に窘められる王女を横目に、僕は異次元収納からシュークリームを人数分取り出した。
「どうぞ」
「これはどうやって出した?」
王が質問してきた。
「はい、異次元収納から取り出しました」
「アルス、異次元収納とは何だ?」
父が聞いてきた。
「闇の魔道具になります。そこに収納すれば、時間を気にせず保管することができ、作り立ての状態を保つことが出来ます」
「おい、それだけでも大変な魔道具ではないか?この世界の食料事情を変えるだけでなく、運送も変えてしまう。戦争の形態も変える可能性もある」
「はい、そのため、これは村と王都の輸送とエルザの店でしか使われておりません」
と答えると、父が残念そうな顔をした。
シュークリームを食べ終わったマーガレット王女がさらに聞いてきた。
「じゃ、プリンという食べ物もあるわね」
「はい、ありますよ。出しますか?」
「出して」
王女の言葉にプリンを人数分出した。それを食べ終わると、マーガレット王女が言った。
「もう、無いわよね」
「試作品だったら、ありますよ。炭酸のぶどうジュースとホットケーキです。一緒に出しますね」
僕はセットで人数分だした。
「いかがですか?炭酸のぶどうジュースは癖があり過ぎて飲めませんよね」
僕が聞いても返答はなく、無言の試食が怖かった。やがて、食べ終わったマーガレット王女の言葉つきが変わった。
「アルス様、その村には本当に毎日こういう物があるのですか?」
「ありますよ」
「それなら、少しだけ興味が湧きました」
言いながら、炭酸のぶどうジュースを飲み干した。
「美味しくて、喉がスッキリする」
マーガレット王女はそう言って、僕を見つめて来た。
「アルス様、間違っておりました。私は貴方が年下でも構いません。貴方の村について行きます」
と、マーガレット王女が言うと、その言葉を王が引き取った。
「そうか、それが良かろう」
王は父と顔を見合わせて急に喜んだ。それを知ってか知らずか、マーガレット王女は話し始めた。
「アルス様、私はいつ頃、アルス様の村へ行けば良いのでしょうか?」
先ほどまで嫌がっていたとは思えないほど真剣な顔だった。
僕が答えに困っていると、王が豪快に笑った。
「決まりだな」
その言葉を聞きながら、僕は少しだけ嫌な予感を覚えていた。
フジャイラ王国は認められた。
しかし、それと同時に、新たな問題も増えた気がした。




