第64話 転生者、翻弄される
その凛とした声が広間に響き、僕は思わず身を固くした。王はさらに続けた。
「チャールズから事情を聴いて驚いた。王都を騒がす人間がこんな身近にいたとはな。アルス、もう少し、面を上げろ」
僕は自ら王と呼んだ人物を見た。どことなく、目元から鼻にかけて父に似ていた。
「私はチャールズとは子供の時からの長い付き合いになる。私には女しか生まれず、チャールズには男だけが生まれた。この国の行く末を案じ、私は、チャールズに冗談といわずにお互いの子を結婚させようと言っていた」
王は僕を値踏みするような視線でじっと見つめていた。
「なるほど。私の威圧にも動じぬか。面白いな、チャールズ」
王は横の父を見ると、その横にいるジョージ兄が委縮していた。
「そうか、そういうことか?」
と言って、僕の方をみた。そして、話しかけて来た。
「アルス、お前は何歳だ?」
「七歳になります」
「ほう、幼過ぎるな。まだ、母が恋しい歳ではないか?」
王が嘲笑するように薄く笑った。横にいるカミーラ王女にも失礼にあたる不躾ないいかただった。僕は怒りを抑えながら、毅然と言った。
「母がなぜ出てくるか分かりません。母は母、僕は僕で、互いに尊重しながら生活しています。それに、僕には既に守るべきものがあります」
僕は隣に座るカミーラ王女を一瞥してから言った。
「おい、アルス。失礼にあたるぞ。物言いには注意するのだ」
父であるブルームバーグ公爵が横合いから口を出して来た。王は笑いながら、
「良い良い、チャールズ。気骨もあるではないか?それに、魔法も使えるのだなぁ。そして、水の魔道具もお前が作った。違うか?」
「いや、それは...」
僕はブルームバーグ家の事情もあり言い淀んだ。
「ほう、それは隠すのか?
歯切れが悪いな。
実はチャールズから聞いているのだ。
正直に話しても良かろう、お前は魔法の天才なのだろう?」
僕は王と父の関係を考え、王の権威の前に正直に話した。
「そうです。私は全属性魔法が使えます。そして、水の魔道具も作りました」
「それだけか?」
「王都でフェルプス商会が販売している灯りの魔道具を作り、エルザの店の食べ物も僕が作りました」
「そうか?アルス。お前は為政者として失格だ」
「えっ」
「チャールズは何もお前のことを話してはいない。よくもべらべらと自分の手の内を晒したな。
それでは王にはなれない」
王はそれだけ言うと難しい顔をした。何かを考えているようだった。皆が、王の次の言葉を待った。
「上に立つ者の一言で簡単に民が死ぬ。お前は私を簡単に信じ、お前の秘密を喋った。
それは王である私に、お前を国の脅威だと思わせた。脅威は排除される。それが国家というものだ。
私は、王としてお前の村を認める訳にはいかない」
毅然と言い放った。そして、続けた。
「但し、ひとつだけ条件がある。私の末の娘、マーガレットを娶れ。そうすれば、その村の存続とマギビスタの庇護を保証しよう」
そして、王は僕をじっと見つめてきた。回答を待っているようだった。それに、促されるように、僕が口を開こうとした時、カミーラ王女が突然、話し出した。
「アルス、惑わされるな。
これは最初から仕組まれた茶番だ。すでに、王と其方の父上とは話ができている。
マギビスタの王女と其方を結びつけるための芝居なのだ。気づけ」
「ほう、貴方がフジャイラの亡国の姫か?」
王はカミーラ王女と話を始めた。
「そうとも、私がカミーラだ。フジャイラの王女で、アルスは王になる」
「しかし、流れる血は王でも今は力なき者だ。何ができる?」
「私、一人では何もできない。しかし、アルスがいれば何でもできる」
「おー、大きく出たな。そのアルスは、貴方のその想いを重荷に思っているかもしれんぞ」
「そんなことは無い。私達は互いの気持ちを確かめた」
「そうか、誑かしたの間違いではないか?」
「何を言う。何と言う無礼な言い方。許すものではないぞ」
「貴方がそう強くでても、アルスは一言も反論していない。本当にアルスは納得しているのか?」
カミーラ王女が心配そうに僕を見た。僕は王にはっきりと言った。
「僕の妻はカミーラだけです。
カミーラの願いが今は僕の生きる糧となっております。カミーラ以外の女性を娶ることはありません」
「ほう、アルス、マギビスタを敵に回すぞ。村民を戦いに巻き込むことになるぞ。それでも良いのか?」
「はい、選べと言われればそうなります。仕方ありません」
僕の言葉は震えていたのかもしれないが、気持ちは伝わったと思えた。すると、突然、王が笑い始めた。
「ははははっ!そうか、駄目だったか!チャールズ、お前が言う通り簡単ではなかったな」
王の豹変に僕は驚いた。
「アルス、今のところ合格だ。だけど未熟でもある。その可能性に私はかけてみよう。
マギビスタでお前の村を庇護しよう。そして、未開の地を切り開く権利も与える。好きにしろ」
「えっ」
僕の驚く姿に、
「条件がある、お前の村から毎月十万Gの朝貢をしろ。
朝貢だ。
属国が宗主国へ捧げる忠誠の証だ。
その意味が分かるな?」
「かたじけない」
カミーラ王女がいきなり頭を下げた。状況が分からない僕にカミーラ王女が言った。
「アルス、王は属国としてフジャイラという名前を名乗って良いと言っておるのだ」
僕は言われて王の意図が分かり、頭を下げた。王は続けた。
「分かれば良い。もうひとつ条件がある。属国とは人質を交換するものだ。王女には妹がいると聞く。その娘を人質として差し出せ。その代わり、マギビスタはマーガレット王女を出す。良いな」
僕が返答をする前に、カミーラ王女が王に対して答えた。
「分かった。人質交換は当然だ。妹を差し出す。それに、そのマーガレットには私は負けないと王には言っておく」
「頼もしき王女よ。私がもう少し、若ければ側女にでもできたのになぁ」
「願い下げだ。私にはアルスがいる」
「ははは、そうでなくてはいけない。では、アルス、チャールズから指示があると思うが、別日にそう言った契約の場を設ける。その時は一人で来るのだ。良いな」
と言って、王は立ち上がり、父とともに部屋を出て行った。
その扉の締まる音に僕は安堵と同時に重たい荷物を背負わされた気がした。その気持ちを和らげるようにカミーラ王女が手を握って来た。彼女は何も言わずに僕を見つめた。僕は言った。
「父のお陰で最悪な結果にならずに良かった。それより、国として認められることでカミーラも動きやすくなります。亡国の民が集まって来るかもしれない」
カミーラ王女は期待にあふれた顔をしていた。
「アルス、今回は偉大な一歩だ。人質になる妹には申し訳ないが、王都に行きたいと言っていたのでそれでも良いかと思う。そのうち、対等な関係となって妹は引き取ろう」
「そうですね。戦いになることを思えば、これで良かったですね」
僕が答えると、カミーラ王女が心配事を口にした。
「ところで、毎月十万Gのお金を差し出すのは大変ではないか?大丈夫か?」
「今の灯りの魔道具だけでは大変かもしれませんが、エルザさんの食料事業と次に暖房の魔道具の販売を考えております。火の魔道具もありますし、魔道具事業だけでも賄えるのではないかと思っています。それに、ガラスの販売とかまだ、売ってもらう商品もあるので、今後も大丈夫だと思います。
しかし、あの王でなく、宰相とか高位貴族から増額される可能性もあるため、今後も事業の素は考え続ける必要があります」
「分かった。色んなことを言う前に、最初に言っておくことがあった。
私を選んでくれてありがとう。
私はどんなことがあっても其方の傍をはなれないぞ」
カミーラ王女は握っていた手を離すと、今度は両腕で僕を強く抱きしめた。
その温もりは、これまで背負ってきた不安を少しだけ軽くしてくれる気がした。




