第56話 転生者、魔道具工房を再建する
僕は新しく建った魔道具工房に入った。肝心な魔道具転写板だけがなかった。村で事前につくったその機械を異次元収納から取り出し、据えた。そして、魔素取り込み回路を加えた改良版の水の魔道具の魔法陣の原紙をセットした。
魔道具で試し刷りしてテストすると、結果は良好である。
一緒に来ていたカミーラ王女、カルロスさん、クロードさんとセバスさんで使い勝手を確認してみて、問題ない事が分かった。原版をさらに二枚作った。
「セバスさん、これを予備として、公爵家で保管お願いします」
僕がその原版を渡すと、セバスさんが言った。
「坊ちゃん、明日から作業者を入れ、生産を開始します。これで、公爵家も救われました。ありがとうございます」
「父上にもよろしくとお伝えください。それと、クロードさんにはいつも助けられております。セバスさん、ありがとうございます」
僕はその言葉で王都を離れることになった。
僕は魔道具工房を再建するにあたり、父上と約束した。
「僕はブルームバーグ家の名前も要りませんし、ブルームバーグ家の資産も不要です。これからは、冒険者として仲間と生きていこうと思っています」
「それは、ブルームバーグ家と決別という訳か?」
「はい」
「確かに、私は、辺境の村に送るというお前にひどい事をした。それは家を守るために仕方無かったのだ」
「果たして、そうでしょうか?」
「魔道具の利益は我が家を変えました。元は言えばそれを作りだした僕のせいでもあります。しかし、父上も母上も二人の兄も自身の欲を満たすことで、僕のことなど微塵も考えている素振りはなかった。
僕は七歳の身で辺境のベルンハルトへ向かう間、家族であることの理不尽さを呪いました」
「済まぬ」
「いえ、良いのです。父上は家を守ることが大きな仕事です。今思うと、考え方によっては僕がベルンハルトへ行くことは理にかなっています。
そう考えた僕はベルンハルトにいる境遇を怨むのを止め、新しい事をやっていこうと思いました。そのおかげで一生を過ごす仲間とも会えました」
「それは、ブルームバーグ家と自ら縁を切るということか?」
「そうです。しかし、それは順番が違います。まず、家が、父上が僕と縁をきったのです。そして、それを僕が受け止めたというのが真実です」
「そうか、ここに居てくれと言うのは無理な相談なのか?」
「はい、残念ながら」
「そうか、分かった。好きにするが良い」
「ありがとうございます」
「一つ聞くが、ブルームバーグ家はこれからどうすれば良いと思う?」
「長男であるジョージ兄をベルンハルトから王都に戻し、魔道具工房の専任となさりませ。すれば、兄弟喧嘩もありません。そして、ジョージ兄を後継と認めるのです」
「なるほどな。リチャードはどうする」
「ジョージ兄の後継が正式に認められれば、ブルームバーグ家の別の所領を任せたらいかがでしょう?ただ、リチャード兄は野心が多すぎます。どんな処遇をしても不満をもつのではないでしょうか?いっそのことベルンハルトで過ごしてもらうのも良いかもしれません」
「そういうものか?」
「いずれにしろ、ご決断は父上が行われます。僕が言えるのはこれまでです」
「そうか?何もしてやれぬが、愚かな父を持ったと諦めてくれ」
父は僕に背中を向けた。
「これから、魔道具工房の再建に行って来ます。もう、この屋敷には戻って来ません。では、さようなら」
僕がそう言って、出て行こうとすると、
「アルス、最後にエリザベートに会って行ってくれないか?二人の兄がいなくなり塞ぎこんでいるのだ。
お前はこの家から出て行く人間だ、最後くらい顔を見せてやってくれ。
頼む」
振り返り父を見るが、父の表情はよく分からなかった。
「分かりました」
と、言って、父の書斎を離れた。
僕は母の部屋のドアを叩き、声をかけた。
「母上、アルスです。入っても良いですか?」
僕の声に驚いたような母の声が聞こえた。
「どうぞ」
「入ります」
僕は母の部屋に入った。懐かしい母の匂いがした。母は窓辺で読書をしていた。本から目を上げて、僕をジッと見ていた。
「アルス、ホントにアルスなの?」
「はい、アルスです。今、冒険者をやっており、偶々、仕事で王都に参りましたら、この度、魔道具工房の不幸を聞き、セバス経由で父上の了承のもと、この家に参りました」
「冒険者の仕事は七歳では危険じゃないのかしら?でも、そんな子供を魔物も多くいる辺境へ送り出す馬鹿な親もいたものね。ごめんなさい」
母は少し泣き声になった。そして続けた。
「お父様から許されたのなら、当分、この家にいられるのでしょう?」
「いえ、これから魔道具工房を修復し、それが終わったら、王都を出て、冒険者の生活に戻ります」
「えー、何でもう少しゆっくりできないの?この家には、ジョージもリチャードもいない、誰も居なくなったの。広すぎて、寂しくてしょうがないの。いてくれても良いじゃない」
「できません。父に独立すると宣言しました」
「独立って?」
「ブルームバーグ家の人間でなくなることです。一人で生きていくことにしました」
「アルス、貴方はまだ七歳なのよ。そんなことが出来る訳ないじゃない」
「父上は了承して頂けました」
僕はきっぱり言った。母はしばらく黙って考え込んでいたが、
「そう」
と、ぽつりと言った。それから、
「アルス、こっちへいらっしゃい」
と言い、僕は言われるままに母の元へ行った。母は立ち上がって、僕に近づくと、両手で僕の頬を覆って、
「まだ、柔らかくて子供の頬だわ。よく顔を見せて」
と言うと、顔を近づけ、ゆっくり僕を抱きしめた。母の匂いが鼻腔を満たしていった。母は言った。
「ごめんなさい。何もできなかった。馬鹿な母親で、ごめんなさい」
母は泣き出した。
母の涙で僕の肩口が濡れ、僕も泣いていた。
母が少し落ち着くと、僕は言った。
「母上、僕は仲間を待たせており、魔道具工房の再建を急がねばなりません。これでお暇させてください」
そして、母の腕を体から剥がして、動き出した。母が言った。
「待って、アルス。私を置いていかないで」
「母上、僕は仲間に支えられて強くなりました。母上も母上を支えてくれる父上にもっと頼るべきです。さようなら、母上」
僕はその泣き声混じりの声をだして、母の元を去った。部屋の外に出ると、泣き顔を隠し、涙をぬぐって駆けだした。
仲間の元へ。
僕等白銀の翼は王都を離れた。
一日も滞在しない短い王都の生活だった。僕は思っていた。アルスブルクをこの王都以上の大きな街にするのだ。
王都を大分離れ、移動の魔道具を出すと、全員で乗り込み、冒険者ギルドのあるボーグの街へ向かった。
移動魔道具を操縦する僕の横でカミーラ王女は言った。
「アルス、そなたは泣いていたな」
「いえ、泣いていません」
僕は嘘をついた。
「いや、泣いていた」
カミーラ王女はしつこかった。
「泣いていただろう。私たちが待っていた部屋に来た時、目が真っ赤だった」
「泣いてませんよ」
「隠さなくても良い。髪の毛も濡れていた。あれは涙であろう」
母の涙なのかもしれない。
「なんで、こだわるんですか?どうでも良いじゃないですか?」
僕がむっとした感じで答えると、
「嬉しいのだ」
「何がですか?僕が母の前で泣いてしまったことがですか?母の引き留めを振り切って来たのです。僕は王ですが、まだ、強い王ではありません。それくらいは許してください」
「そうか、母上と会って来たのか?嬉しいぞ」
「何がですか?」
「そなたは私を選んでくれた。そなたの家よりも、父の命令よりも、母の愛よりも、私を選んだのだ。それが嬉しい」
それから、カミーラ王女は僕を抱きしめた。
「アルスの中の一番は私なのだ。これほど嬉しいことはない」
カミーラ王女の腕の力がさらに加わった。
きつく、かたく。
伝わるカミーラ王女の温もりが先ほどまであった心の空白を埋めていくような気がした。




