第55話 転生者、王都へ戻る
カミーラ王女の元へ僕はカルロスとともに急いだ。
王都の僕の家の状況を話すためだ。
僕は家にいたカミーラ王女を捕まえて、ファビオさんから聞いた王都の状況を話した。それに、彼女も懸命に考え、二人でこの村の人々が一番幸せになる方法を考えてみた。
一つ目は、商会を切り捨てることだ。魔道具の販売を止めれば、僕の手掛かりを追う事は難しくなり、この村の存在も分からなくすることができる。しかし、フェルプス商会との伝手を失えば、自給自足の村になり、発展が出来なくなる。この選択はない。
二つ目は、戦うことだ。この村が見つかるまで戦力を蓄え、この村に立てこもる方法もある。しかし、これこそ、村の発展を阻害する行為だし、最悪、マギビスタの国軍と戦う可能性もある。いくら戦力を増やしたところで、多勢に無勢である。戦えば、村人を傷つけるだろう。この選択はない。
三つ目は、村を捨て、逃げることだ。この村の環境は良い。珍しい植物があり、食物がある。それに、二百人からの村人がいて、その人々をまた流浪の生活に戻すことになる。もう、王女と騎士団を生き長らえさせれば良いというレベルではない。この選択もない。
四つ目は、僕が王都に帰り、水の魔道具工房を再建することだ。そうすれば、ブルームバーグ家の体面を取り繕え、収益もまた確保できる。今までの考えの中では一番良いように見える。
しかし、王都を追い出された身としてはブルームバーグ家の子息の身分では帰れないし、帰れたとしても、追い出されない代わりにブルームバーグ家に拉致され、家から出れなくなる可能性もある。
だが、僕がブルームバーグ家に拉致されても、統治と利益を生む仕組みができた村は発展していくだろう。
貴族の身分を捨てて、王都に入り、それから工房を再建し、出ることができる方法があれば、これが一番良い選択肢だと思った。
カミーラ王女が言った。
「アルス、そなたが冒険者になれば良いではないか?冒険者であれば、街の出入りは自由だ。そして、偶々帰った王都で家が大変になっていると聞いて、やむにやまれず家に戻って来たと言い、それから、工房を再建すれば良い。そして、それが終わったら、冒険者に戻るということで王都から、この村に帰るのじゃ。良い考えだろう?」
「そうですね。魔道具工房が再び動き出せば、僕は用済みですから、冒険者をやっている方がブルームバーグ家としては秘密も漏れずに安心ですよね」
「そうじゃろ、我ながら良いアイデアだ」
王女は悦に入った。
「では、クロードさんとカルロスさんと僕の三人で、近くの街をファビオさんに教えてもらってギルド登録をします。そこで、依頼をこなしながら、王都に行くことにします。カミーラさん、三カ月あれば戻って来るので、それまで、僕の代わりにこの村の管理をお願いします」
僕が言うと、カミーラ王女は先ほどとうって変わって怒り出した。
「アルス、そなたは何故、最愛の妻を一人にするのだ。エルザが恋しいのか?」
「エルザさん?なんで、エルザさんが出てくるのですか?」
「私に隠れてエルザと会うつもりなのだろう」
「何でそんな事をするのですか?」
「それは決まっておる。男だからだ」
「えっ」
「男とは妻を置いて、浮気をするものなのだ。そうであろう」
「浮気?」
「私も冒険者になる。一緒に連れていけ」
「でも、危険ですよ」
「いや、そなたを一人にする方が危険だ」
カミーラ王女は可愛い鼻の穴を少し広げた。
僕等はファビオさんの口利きで村から一番近い、ボーグの街の冒険者ギルドで、各々冒険者登録をした。カルロスさんが剣士、クロードさんが戦士、カミーラ王女が神官、僕は魔法使いを名乗ると目立ちすぎるため、探索役の盗賊として登録した。そして、4人でパーティを組み、名を白銀の翼とした。
村を旅立つ時に、トーリさんに三カ月で帰ることを前提に全権委任した。トーリさんも困惑していたが、事情を説明し、村を守る為だと言って、納得してもらった。
ボーグの街で冒険者の真似事を始めた。ランクがAからDまであり、Dランクが最下位ランクで、僕等は当然、Dランクである。
ただ、七歳の子供のいるパーティなど見当たらず、冒険者登録も嫌がられたが、最終的にはファビオさんからの金の力で無理やり登録してもらった。しかし、子供のいるパーティに加え、カミーラ王女の美しさは群を抜いており、スカウトやちょっかいを出してくる輩も多く、その度に、僕が彼女の代わりに魔法で懲らしめた。そのせいか、カミーラ王女は凄い魔法を使う神官という評判を得た。
定番の薬草集め、角うさぎの狩り、ゴブリン退治を行い、ある程度、冒険者として見られ始めた頃、王都へ旅立った。移動の魔道具でひとっ飛びだった。
王都の門をくぐって、街に入り、ブルームバーグ家の執事であるセバスさんに息子のクロードさんから連絡をとってもらった。
そして、すぐに連絡があり、ブルームバーグ家への入場が許された。
僕等四人は冒険者パーティとして、ブルームバーグ家の玄関にたどり着き、セバスさんに出迎えられた。そして、
「お久しぶりです、アルス様。旦那様がお待ちです」
と、言われた。僕は笑って答えた。
「クロードさんにはいつも助けられてます。今回は、僕の冒険者仲間も一緒に連れてきております。一緒に面会しても良いですか?」
「では、聞いてまいりますので、ここでお待ちください」
セバスさんの慇懃ぶりは筋金入りだった。しばらく、待たされてやがてセバスさんが現れた。
「坊ちゃま、おひとりでお願いします」
と言われ、僕はその言葉に反応して、
「では、仲間は僕の部屋で待たせてもらって良いですか?」
「もちろんです、坊ちゃんの部屋ですから。では、私はお仲間をご案内します。
お父様は書斎でお待ちですので、坊ちゃんは、直接、お尋ねください。私はお連れの方にお茶をだした後で、お二人にお茶をお持ちします」
と言って、仲間を僕の部屋まで案内し始めた。別れる時に、カミーラ王女が心配そうな声を上げた。
「アルス、一人で大丈夫か?」
僕は声をあげず、無言で軽く頷き、父の書斎へ向かった。
僕が父の書斎のドアを叩くと、
「入れ」
父の声が返ってきた。
ドアを開けると、そこには以前よりもやつれた公爵の姿があった。
「元気だったか?」
「はい」
「ベルンハルトの村を出たと聞いて心配したぞ」
「申し訳ありません。村長と折り合いが悪くなりまして」
「うむ。人には相性というものがある。そこは責めぬ」
父はそう言ったあと、深いため息を吐いた。
「だが、困ったことが起こった」
――来た。
僕は心の中で身構えた。
「お前の兄、ジョージとリチャードが争った。些細な口論だったらしい。しかし、魔法を使った結果、工房が焼けた」
父の声は重かった。
「王家肝入りの魔道具工房だ。急いで建物は建て直した。しかし、生産設備も原版も焼失した」
父は机の上で拳を握った。
「そして分かったのだ。あの設備は、お前にしか作れん」
僕は黙って聞いていた。
「ベルンハルトへ使いを出した。だが、お前はもういなかった」
父は苦笑した。
「王家からの催促は日に日に厳しくなる。商会との契約も滞っている。正直に言おう。私は疲れた」
公爵は七歳の息子に頭を下げた。
「父を助けてくれ」
その姿を見て、僕は少し驚いた。
誇り高い父が頭を下げるなど、昔なら考えられなかったからだ。
その父が今、僕に助けを求めている。
胸の奥にあったわだかまりが少しだけ揺らいだ。
「協力いたします」
父が顔を上げる。
「本当か?」
「はい。ただし、条件があります」
「条件?」
「兄上たちは今どうされていますか?」
「ベルンハルトへ送った。今はそこで暮らしている」
「では、工房の監督は父上が?」
「そうだ」
父は苦々しく笑った。
「馬鹿な息子を持った親の報いというやつだ」
「分かりました」
僕は父の目を真っ直ぐ見た。
「では、条件をお話しします」
父の表情が強張った。
僕はゆっくりと言葉を選んだ。
これは公爵家の未来だけではない。
アルスブルクの未来を守るための交渉でもあった。




