第51話 転生者、ガレオンの街に入る
ガレオンの街は赤土の荒野に風の魔法で迷彩を施された街だった。
ガレオン伯に案内され、僕たちは馬車で街へ入った。馬車の窓越しに見る街は、どう表現すべきか、砂漠の中にあるオアシスの街というべきか、そこにはガレオン伯の言う通り、静かな秩序があった。行き行く人々を興味深くみているうちに、やがて、大きな屋敷に入り、待つようにと部屋が与えられた。
僕が馬車に乗る前に異次元収納に家を消えるように丸ごと放り込むと、また、不審気な目をガレオン伯は僕に向けた。賢い王女は種明かしをせず、艶然とガレオン伯に微笑みを向けていた。あたかも、これが普通のことだと言わんばかりに。
王女は、僕という常識外れの力を持つ男の妻として振る舞い、交渉を有利に進めようとしていた。
ガレオン伯が一人の男を連れて、部屋に入って来て、僕等はテーブル越しに話し合うことになった。
「これが、私の息子のカルガンです。これからの街の将来は息子に任せるつもりでおります。先ほど、アルス殿が申されたこの街の未来を担う者です」
ガレオン伯が息子のカルガンを紹介した。鍛えられた戦士のような体格だが、その目には知性が宿っていた。カルガンは遠慮なく話し始めた。
「私はカルガンと申します。父とともにこの街を治めております。父の話を聞いても雲を掴む話で要領を得ません。まず、フジャイラの王と王女を名乗るお二人がこの街に来た目的を率直に話してもらえませんか?旧フジャイラの民として、ご協力は惜しみません」
飾りのない彼の言葉に僕と王女は顔を見合わせ、僕が話し出した。
「僕はマギビスタ王国ブルーバーグ公爵家の三男、アルスです。縁あって窮地にあったカミーラ王女を救い、こうして夫となりました。
今は辺境にアルスブルクという村を作り、そこで王女の夢である旧フジャイラの国を復興することを夢見て生活しております。
当初はカミーラ王女と騎士団、それに、リザードマンの谷から救出したスコッテイ王女一行、魔物の追われた難民を受け入れ、現在は約150人足らずの村となりました。今、マギビスタ王国の商人を入れ、村で作った魔道具の販売で利益を得て、また、村の農園での自給自足を行っていますが、次の事業を起こすための人材が欲しく、失われたフジャイラ国の民に手伝って欲しいと思い、探していたところ、このガレオンの街にたどり着きました」
「ほう、それで何故、マギビスタ国で国民でなく、フジャイラの民を」
「はい、実は訳がありまして、僕が作った水の魔道具のせいでブルーバーグ公爵家を追い出されまして、マギビスタで大々的な村人の募集ができないのです」
「おかしな話ですね。作った本人が追い出されるなんて。よろしかったら、作られた魔道具を見せていただけませんか?」
僕は言われるがままに、水の魔道具、灯りの魔道具を取り出した。そして、それぞれを実演した。
「ほう」
と、ガレオン伯は呟き、
「素晴らしい」
と、カルガンさんは言葉に出した。王女もその様子を満足そうに眺めた。僕は続けた。
「マギビスタ国では十二歳になるまでは魔法を使うことが禁止されています。しかし、僕は七歳で、その僕が作ったことになれば、公爵家が法を守らなかったと非難されるのを避けるために追放されました」
「なるほど、これほどの物を作る能力がありながらも、公爵家の援助が得られない訳ですか?さぞ、お困りでしょう」
「はい」
僕は即答したが、カルガンさんからは次の”協力しましょう”の言葉が無かった。しばらくの沈黙の後、カルガンさんが言った。
「私、いや、我々は、父も申したとおり、滅びた王国の亡霊にすがるつもりはありません。我々はフジャイラの国が滅びても、この街で生活する人を守ってきました。そして、それ以降もこの街を守っていくことが私の使命だと思っています。
失礼ですが、貴方がたの村の規模では我々が守る立場になってしまいます。その為に、多くの費用や兵を出すことはできません。その費用や兵はこの街の未来のためのものだからです。
いま、迷彩が施されたこの街は歴史上忘れ去られた街で、住人はこの街の中だけ生活しています。そして、その中での秩序と平和を愉しんでいます。
お二人が望むその世界はこの街に不要だと思いました。便利さも、美味しい食べ物も、知らなければ不足とは感じません」
「お言葉ですが、」
と、僕は食い下がった。
「周りが変わっていけば取り残されてしまうのではないでしょうか?」
「そうかもしれません。変わることを強要することが豊かな社会でしょうか?」
カルガンさんは僕に問うた。
「僕はそう考えますが、カルガンさんはそう思わないという事ですね」
カルガンさんは無言で答えた。
なるほど、王家の権威でありもしない王国へ税金を払えとか言われても困るということだろう。なんとなく、分かる気もした。
「そうですね。時期尚早ということで、今回はご協力を求めるのは諦めます。お話を聞いてもらってありがとうございます」
僕は無理に笑って答えた。
「はい、面白い話が聞けて楽しかったです」
カルガンさんも白々しく笑って答えた。ガレオン伯は無言で僕たちを見据えていた。
話が終わったとみたか、カミーラ王女が話し出した。
「もし、病人とか怪我人とか食べていけず、この街で生きていくのに不自由を感じている人がいたら、我が村へ誘ってはどうだ」
僕はその言葉を聞いて、再度、カルガンさんにお願いした。
「カルガンさん、どうでしょうか?」
カルガンさんがガレオン伯を見て、ガレオン伯が軽く頷いた。それを見て、カルガンさんは苦々しく言った。
「いないと思いますが、一応、確認してみましょう。昼過ぎには分かるはずですが、今日の宿はどうされますか?ご用意できますが」
「いや、結果が出たらその人達とともに街を出ますので不要です」
僕は答えた。
「そうですか?では、私は早速、その打診をしに行きますので、何か、ありましたら父にご相談してください」
カルガンさんは去っていった。
ガレオン伯は話し始めた。
「あやつは頑固でいかんなぁ。
王と王女よ、申し訳ない。
国が無くなり、私ともども援助も頼ることもできず、息子はこの街を守って来た。その自負もある。許してやってくれ」
ガレオン伯は軽くお辞儀をした。そして続けた。
「病人とか怪我人とかを連れて行っても、貴方がたの村では厄介者を引き受けることにはならないのか心配だが、本当に良いのか?」
「大丈夫だ、アルス、いや、王は治癒魔法が使える」
カミーラ王女が言った。
「ほう、魔道具の作成だけでなく、聖魔法も使えるのか?」
「いや、それだけじゃないぞ、全属性魔法を使える」
「うむ、なんと!」
「嘘ではないぞ」
カミーラ王女は僕を見た。魔法を使えということか、僕はガレオン伯に魔法を使うことにした。
「ガレオン様、足が不自由なようで腰を悪くされていると歩き方を見ながら、考えておりました。それを少しだけ軽くできれば良いと思っていますが、治療してもよろしいでしょうか?」
「よく分かったな。若い頃、戦に出て負傷して以来、足に力が入らないことがあって、腰が痛いのだ。補助をしてもらえればまだまだ大丈夫なんだが、歳のせいかもしれないと諦めておる」
「分かりました。
ヒール」
僕が呪文を呟き、ガレオン伯の体が一瞬光った。
「終わりました。いかがですか?」
「おっ、腰が痛くなくなった」
と言って、ガレオン伯は勢いよく立ち上がった。そして信じられないという顔で部屋を歩き回った。
「おっ、足も痛くない。王よ、貴方は何をしたのだ」
ガレオン伯が驚いたように言った。
「治癒の魔法を使いました」
「そんな簡単に治るものでは無い。街の医者も治癒士も治らないと言っていたのだ」
「いや、多分、それは根本的な原因を直さずに痛い所だけを対処されていたのだと思います。ガレオン様は足の負傷による骨折がきちんと治っておりませんでした。まず、その骨を綺麗につなぎました。そして、その不自由な動きを補っていた筋肉を調整したうえで腰の痛んでいる筋肉を修復したつもりです。多分、最初は歩くと違和感があると思いますが、そのうち慣れて、本来の体の動きを取り戻されるはずで、腰の痛みは無くなるのではないでしょうか?」
「そうか、よく分からぬが体が貴方の言う事が正しいと語っているようだ。カルガンはああ言ったが許して欲しい。息子には小さい頃からこの街を守ることを厳命していた。私が戦で居ない間も街を守った。それは、王国が滅びても変わらなかった。それが、彼の誇りなのだ」
「はい、それはよく分かりました」
と、僕が言うと、ガレオン伯は言った。
「願いがある。
貴方の村に孫を連れて行ってもらえないか?広い世界を見せてあげたいのだ。
この街は、いずれ行き詰まるだろう。
私は長く生きてきた。だから分かる。
王よ、貴方は世界を変える側の人間だ。
我々はその変化から目を背けて生きてきた。
だが、それも永遠ではない。
街は無理かもしれないが、私の血を残そうと思う。
貴方達が作る王国にだ。
どうだろう?」




