第32話 転生者、リザードマンの戦士と戦う
僕はリザードマンと対峙した。足が震えているのは寒さのせいだけではない。
「アルス、戦ってはいけない。早く乗れ、この船を出すのだ」
カミーラ王女が叫んだ。
その声に少し足の震えが止まった。しかし、心臓のドキドキは止まらなかった。
リザードマンは、そんな僕の怯えなど気にも留めず、僕でなく、移動の魔道具の方に爬虫類独特の縦長の目を向けると、奴は牙を剥き、爬虫類めいた笑みを浮かべた。そして、持っていた大きな剣を振り上げた。
”まずい、移動の魔道具を壊すつもりだ”
僕は、奴の気を引くために、魔弾を彼の振り上げた剣に当てた。魔弾の勢いが振り上げた剣を跳ね上げた。剣はリザードマンの手から離れ、奴の後方に雪の中に落ち、見えなくなった。
奴は剣が無くなった手を確認する動作をして、そして、もう一つの予備の剣を取り出し、今度は、僕の方を見た。最初に倒す相手を決めたのだろう。
すると、その剣は素早く小さな僕に振り出された。
それは一瞬で、僕には見えない剣の軌道だった。
鋭い斬撃音と共に、鮮血が雪を赤く染めた。
「騎士団長!」
僕が声をかけると、
「アルス殿、早く移動の魔道具へ。ここは私がなんとかします」
騎士団長が鎧をつけた脇腹を片手で抑え、片手で剣を持って、リザードマンの前に立っていた。
”助けられた”
僕は瞬時に悟った。同時に、手負いの騎士団長もこれでは長く戦えず、自分の命を代わりにしようとしているのが分かった。
僕は騎士団長に回復の魔法をかけた。
「ヒール」
騎士団長の血が止まり、回復したのに気づくと、
「かたじけない」
と言って、騎士団長は両手で剣を構えた。
その間、リザードマンはその様子を見ていた。そして、互いに向かい合い、間合いをとった。
奴もそれなりの身分のある武官なのかもしれない。それで騎士団長との技量を試すのを楽しみにしているのかもしれない。
僕は考えた。
”二人の距離が近すぎて、秘密兵器の高温の魔道具も落とし穴も使えない。
闇の魔道具も奴だけでなく、騎士団長も巻き込まれるかもしれない。それより、奴は多少視力が無くても戦える技量があるような気もする。
いっそ、二人の戦いを運に任せ、もしかしたら、傷ついても騎士団長が勝つかもしれない。それを騎士団長も望んでいるかもしれないと想像してみたが、自分でまき込んで、助けてもらったのに、それは、無責任だ。
うーん、必殺のアイスブレードは、どうだろう。奴は鎧を着ている上に、リザードマン独特の硬い皮膚がある。ブレードで鎧は切れても固い皮膚は切れそうにない。弱いところの首は金属の輪が巻かれて隙がない。
何か、ないかと考えていたら、思いついた。
奴を倒す必要はないのだ。騎士団長と一緒に移動の魔道具に乗り込めさえすれば良い。”
僕は大声を上げた。
「みんな、伏せて」
灯りの魔道具の魔法陣を魔法で展開して、最高出力で一瞬でリザードマンの戦士の前で燃やした。
白い閃光が夜を切り裂いた。
同時に、
「ウグワァー」
と叫び声が上がった。リザードマンの戦士はあまりの目の痛みに剣を放り投げ、そして、目を抑え、うずくまった。ただでさえ、暗いなかで相手をよく見るために爬虫類の目を見開いていた。そこに日の光の十倍以上の光量が飛び込んできたのだ。網膜が焼き切れたかもしれない。
僕は伏せている騎士団長の手を引き、移動の魔道具に乗り込んだ。騎士団長も目を傷めた可能性もあるが、後で、ヒールで治せばよい。今は、ここから逃げるべきだ。
「みんな、出発します。いいですか?」
僕は風魔法を使って、移動の魔道具を浮き上がらせ、アルスベルクの村までの風の坂道を作り、移動の魔道具を滑らせた。
この移動の魔道具を見つめる血塗られた眼をしたリザードマン兵士が後ろから追いかけて来るようで全速力で逃げた。
アルスベルクの村の灯りが見えるまで追いかけられているという不安は消えなかった。
アルスベルクの村は何事もなかったかのように僕等を出迎えた。
移動の魔道具で村の広場に降り立つと、残りの騎士団員とクロードさんが集まって来た。
「ご無事でよかった。坊ちゃんのことだから、死んでもヒールで回復して戻って来ると信じておりました」
クロードさんも満面の笑みだった。
”死んだら、僕もヒールは使えない”と言うのを抑えて、クロードさんに言った。
「大変でした。もう少し、命を落とすところを騎士団長に命を救われました。奇跡としか言い様がありません」
「私もアルスが死んだと思った。アレオスに感謝だ」
カミーラ王女も同意した。
「しかし、囚われたフジャイラの民の救出ができ、目的は達成した。僥倖である。救われた民に食事と休むところを用意しよう。そして、病人と怪我人は我が家に連れて来てくれ。アルス、いや、王よ、よろしく頼む」
「カミーラ、少し待ってください。騎士団長をもう一度見てみます。それが終わったら、病人と怪我人の治療に戻ります」
「あい、分かった。救出した民の治療も急いで頼む」
頃合いだと思ったのか、クロードさんから声がかかった。
「大した物はありませんが、お腹だけは一杯になると思います。こちらへおいでください」
そして、元気な人達を食堂に案内した。
僕は騎士団長の様子を見た。やはり、目から血が出ており、傷めていた。僕は目にヒールをかけた。
「ヒール」
やがて、目の腫れと血がはがれて、騎士団長の眼が開いた。
「アルス殿、ご無事で」
「いや、それは、こちらのセリフです。傷は癒えているはずですが、血を大分失っています。しばらく、安静にしていてください。
それにしても、よくあの時、リザードマンに僕が切られると分かりましたね。助かりました。命の恩人です。感謝いたします」
「なんの。あの時、王女が叫んだのです。『アルスが切られる』と。それはリザードマンが予備の剣をとった瞬間でした。それで、私は思わず、その剣に自分の剣を重ねたのです。切られはしましたが」
「そんな、謙遜なさらず。ご無事で何よりです。これからも王女をお守りください」
と、言って、団長を騎士団に預けた。
僕は急ぎ家に戻り、怪我人と病人の状態を診た。幸い、命に係わる状態ではなく、ヒールで治しておいた。
「さすがですね、アルス」
僕の作業を見守っていたカミーラ王女が言った。
「いえ、大したことありませんよ。カミーラの役に立てて良かったと思うし、また、僕を救うように、騎士団長に声をかけてくれたのですね。ありがとうございます」
「そうか、話したのか、アレオスもおしゃべりだな」
彼女は満足そうに笑った。そして、気づいたように言った。
「アルス、これが、私の妹のスコッテイだ。可愛いだろう?」
「姉様、可愛いだろうって、奴隷の仕事をしていたので、顔も洗えず、髪もぼさぼさ。今の私が可愛い訳ありません」
スコッテイが話し出した。
「スコッテイ、このアルスが私の夫になる。可愛いだろう。でも、盗るなよ」
カミーラ王女がスコッテイに言った。
「いや、そんな事は...。と言っても、アルス様は何歳でございますか?」
スコッテイが僕に聞いた。
「七歳です」
僕は正直に答えた。スコッテイは思わず、声を上げた。
「えっ、私より若いではないですか!大丈夫ですか?」
カミーラ王女が反応した。
「誰に言っている。私か、アルスか?」
「両方です」
スコッテイが言った。
「問題ないと思うが、アルスは不満か?」
カミーラ王女が僕に聞いてきた。
「いえ、特には」
と答えると、スコッテイが言った。
「姉様達は異常です」




