第30話 転生者、隠された王女の秘密を知る
「アルス、私にフジャイラの王の資質とは、人の情報と能力を見極め、少しばかりの未来を見通す力と話したのは覚えているか?」
王女は話し出した。
僕はゆっくりと頷いた。
「覚えていたか?実は私に与えられた資質はそれだけではなく、私は離れたフジャイラの民と話すことが出来るのだ。いつの頃からか、分からないが、フジャイラを逃れてしばらくして、その声が聞こえた。起き上がって、見回しても誰もおらず、寝ている時だったので夢かと思った。
そして、その声を度々聴くようになった。そして、また、今日もその声に呼ばれ、誰にも知られないように、人知られず洞窟で話していたのだ」
僕は王女の話が理解できなかった。それが分かっているかのように、王女は続けた。
「その民は、奴隷になっていると言う。毎回、救いを求めてきているが、今の私にはどうすることもできない。それを毎回説明しながら、自分の無力を恥じている」
彼女も涙声になった。
「どうすることもできない。私は無力だ」
僕は王女が泣くとは思わなかった。もっと、強い人だと思っていた。
「私は弱い、戦う勇気がない、死ぬのが恐いのだ。少しだけ見える未来は私を何もできない人間にしてしまった」
王女が逆に泣き崩れてしまった。ずっと気丈に振る舞ってきた糸が、切れてしまったのだ。それが、今日壊れてしまった。僕のせいで。
僕は王女の気持ちが分かり、渦巻いていた不安が消え、落ち着いてきた。
「カミーラ、僕はどんなことが有っても君を守ります。僕が生きている限りの僕の魔法で君を守ることが出来る。
そして、貴方の苦しみは僕の苦しみです。
今日打ち開けた苦しみから貴方を救うにはどうしたら良いのですか?その悩みのもとを教えてください。
私も同じように苦しみます」
その僕の言葉に、王女は、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「私は弱い人間だ。王の資格などそもそもないのだ。許してくれ」
王女は誰かに謝るように、嗚咽を繰り返した。
強そうに見せていた素顔がそこにあった。
僕は静かに王女が落ち着くまで震える肩を抱きしめた。
王女は落ち着いてきて、そのフジャイラの民のことを語った。
「民と言ったが、本当は違う。相手は私の妹スコッテイだ。話しぶりからリザードマンの集落でフジャイラの民と奴隷として暮らしている」
そして、僕に聞いてきた。
「アルス、お前は、リザードマンを見たことがあるか?」
「いいえ」
「知ってはおろう?」
「いいえ、知りません」
「それで、よく悩みを解決するなどと...」
「でも、良い事があります」
「なんだ?」
「少しも怖くありません」
「ははは、何を言っているのだ。リザードマンはトカゲが人になったような魔物で、一匹でも人の何倍も強い。それが組織化して行動すれば人間の軍隊など人たまりもない。そして、上位種は魔法も使うという、厄介な相手なのだ」
「騎士団長は戦えますか?」
「戦えるが、良くて互角だろう。騎士団員では一匹に全員であたっても勝つことは難しいかもしれない」
「そうですか?それでは、騎士団で対応するのは難しいですね」
「そうだろう、だから私は何もできない」
また、王女は涙がでそうな悲しい顔をした。僕は言った。
「でも、方法はありそうです」
「無理だ。大きな国家でも対応に苦慮する魔物集団なのだ。無理に決まっている」
「いえ、あります。しかし、ひとつの方法だけでは、失敗の可能性が高くなります。少なくともあと二つは考えたい。リザードマンの特徴を教えてもらえますか?」
僕は、リザードマンの特徴を聞き出しながら、王女の悩みをほどいていった。それを聞きながら、おぼろげに対策ができてきた。
僕は弱い。
だから、まともに戦わない。戦わないで相手を無力化することを考える。そして、相手が戦えない状態で、人質を解放する。
卑怯だと言われるかもしれない。
だが、真正面から戦って勝てる相手ではない。
誤魔化しなのかもしれないが、その作戦を王女に話した。しかし、それは全てではなかった。全て話せば、王女はそれを妹に話してしまうだろう。それは、いつか、どこからか、漏れてしまう可能性もある。敵も馬鹿ではない。それが分かれば警戒する。そうなれば、作戦は失敗どころでなく、こちらにも損害が出るだけでなく、死者も覚悟しなければならない。
肝心な作戦は一人で行動する。
僕は王女に話しながらそう決めた。
僕と王女は三階に作ったお風呂で一緒にお湯に浸かっていた。
僕に話をして落ち着いたのか、僕の夢のような救出作戦で心の重荷がとれたのか、以前の王女に戻っていた。いや、それ以上に親密になった気がした。
お風呂の使い方を説明すると、王女は、手放しで喜んだ。それまで体を拭くだけで済ませていたのだが、それでは満足できなかったようだ。
軽く汗を流したい時はシャワーでゆっくりしたい時は、お風呂で足を伸ばしてぬるま湯に浸かることもできると説明すると、一緒に入ろうと言われた。
「アルスは、まだ、子供だろう?気にすることもあるまい?」
いつもの王女に戻っていた。
「いえ、これでも男です。魅力的な女性を前に普通の状態でいることはできません」
「魅力的な女性か?アルスも、ちゃんと女として見てくれていたのだな、嬉しいぞ、ははは」
王女は僕を試すように笑いながら言った。
「アルスは、私を自由にして良いのだ。何せ、アルスは私の伴侶だ。きっと私を救ってくれる」
そして、先ほどのことを思いだしたのか、少しだけ悲しい顔をした。また、彼女が塞ぎ込むのを気にして、僕は言った。
「そうでした。僕はカミーラと生涯を誓った男でした。なら、今さら恥ずかしがる必要もありませんね。では、気にせず、風呂に入ります」
そう言い残して、服を脱ぎ、裸になると、浴槽のある部屋に入った。魔道具を操作し、お湯を入れた。お湯が入り始め、やがて湯気が立ち、その先に王女の影があった。王女から声がかかった。
「言ってはみたものの、やはり、裸を見られるのは恥ずかしいものだ」
王女の恥じらいから出る彼女の言葉に、僕は返した。
「寝るときはいつも裸ですよね、それは平気なのですか?」
「あー、あれは気にならない。なぜなら、寝ることで意識を無くしているからな」
僕と王女は浴槽で肩を並べ、開け放した扉から見える夜空を見ていた。二人でいるはじめてのゆっくりした時間なのかもしれない。
「アルス、今日はありがとう」
王女は言った。それは王女でなく17歳の本心かと思えた。
「いえ、僕の方こそわがまま言ってすいません」
「それは良いのだ。
今の私には、大きな城も着飾ったドレスも振舞う美食も力強い軍隊も何もない。
それでも私は幸せだ。
そう感じる」
「...」
「私はゆっくり星を見る事がなかった。
星だけではない、食べ物も本当の味をしらなかったのかもしれない。
私は王家に生まれたことを呪っていたのかもしれない。
常に誰かに見られ、話せば、誰かに評価され、そして、その言葉で敵と味方ができてしまう。言い直すこともとりなすことも出来ない窮屈な生活。
私はそれに疲れていたのだろう。何も本物を知らなかった。いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない」
「...」
「アルス、申し訳ない、私はお前を利用しようとした。
許してくれ。
でも、今は思うのだ。
お前が大切な人だと。
お前が私を救う人なのだと。
私にはお前がかけがえのない人なのだ。
王女としての嗜みにも欠ける馬鹿な女が言う」
「...」
「お前を愛している。心から」
王女は僕の唇にキスをした。
「おい、アルス、どうした?」
僕は揺り動かされた。湯あたりのようだった。僕はお風呂でのぼせてしまったようだ。意識が戻って来た。
「だ、大丈夫です。少し、湯あたりしていたようです」
王女が冷たく言った。
「アルス、お前は残念なやつだ」
僕はその怒りの理由を考えたがよく分からなかった。




