第29話 転生者、決意する
トイレ騒動に落ち着いたカミーラ王女は言った。
「アルス、何故、最初にトイレに手をつけたのだ」
僕は答えた。
「僕は自分の知識を使いました。これからも王女の為にその知識を使おうと思っています。今迄、トイレは暗くて汚い場所でした。それを変えることで、この村が新しく、何かを作って行く場所であることを僕なりに宣言したつもりです。
騎士団は王女の命令には従いますが、今の僕の実力では、騎士団への僕のお願いは王女の後ろ盾がない限り聞くこともないでしょう。今の僕の味方は、僕を知るクロードさんと王女しかいません。
ですが、僕は王です。
これから騎士団を王女の力なしで動かす必要があります。それをするには、力を示さなければなりません」
僕は顔を引き締め、王女の顔を見た。
「僕は小さく力がありません。武力で騎士団と戦っても今は勝つことができません。
この村を豊かに便利に過ごし易い場所に変え、それを喜ぶ王女の姿をみれば、騎士団も僕を見直すと思ったのです。そのためには、誰も予想しない場所を改善する方が、印象に残ると思ったのです。まず、上水道を改善しましたが、思ったほどの効果はありませんでした。
僕は考えました。
もっと身近で大きく見方が変わる場所が無いかという事です」
王女は微笑ましく僕を見た。
「そう、それがトイレと言う訳か」
「そうです。明日から、クロードさん含め騎士団の舎宅のトイレも変更していきます。少しですが、僕を認めてくれると嬉しいです」
僕は口をきつく結んだ。
「そうか」
王女は自嘲気味に言った。
「幼子に無理をさせたということか?愚かな王女だ」」
そして、僕に顔を近づけて囁くように話した。
「アルス、無理することはない。ゆっくりやろう。時間はあるのだ」
「そうでしょうか?僕は決めたのです。王女、いや、カミーラ。
僕は幼子ですが、貴方を幸せにすると誓いました。それを貴方は受け止めると言った。
前世の知識には、一度、口に出した言葉には神が宿るというものがあります。それほど、言葉は厳粛な意味を持ちます。
僕は貴方を幸せにする。それが、今日からの目標になりました。僕は少しづつですが、この村を変えていき、誰にも僕の力を示していきます。それは僕のためでもあり、貴方の為でもあります」
僕は彼女を真剣に見つめた。それが、伝わったのか、王女は僕を優しく抱きしめ、肩越しに囁いた。
「アルス、ありがとう」
濡れる肩越しから嗚咽が混じった。僕も強く彼女を抱きしめた。そのか弱き体の震えが僕より幼い娘のように思えた。
翌日、僕は、クロードさんの家、騎士団長の家、騎士団員の宿舎のトイレをウオシュレットに変更した。その戸惑いと驚愕で騎士団の午前中の練習と作業がなくなった。クロードさんを除いて、彼らの間では、僕はとんでもない人物だという評価が広がり、見る目が少し変わった様な気がした。
昼から共同浴場を作ることにした。
まず、池のほとりに例の四角家を縦長に建て、そこに上水管と下水管を引いた。そして二つの部屋をつくり、ひとつに浴槽と洗い場を作り、もう一方を脱衣所にした。浴槽は上水をそのまま流した水風呂と火の魔道具を通して温めたお湯が入る風呂を作った。温度の調整は水風呂から水を汲んで行う原始的な仕組みだ。
併せて、体を洗う石鹸を動物の油脂と花の蜜をまぜて作り、布で手ぬぐいを作った。風呂桶は土魔法で焼き上げた。
お湯を張り、水を張り、準備ができた。
作業が終わった騎士団長とクロードさんをお風呂に誘い、お風呂の作法を教えた。
「ここで、服を脱ぎます。そして、こちらの浴槽でお風呂に浸かるのですが、まず、石鹸で体を洗ってください。そして、流した後、ゆっくりお湯か水の風呂に入ります。体の血のめぐりが良くなり、疲れた体がリフレッシュします。
そして、お風呂上がりに冷たい水を飲むと、驚くほど気分が軽くなり、すっきりして、夜も良く眠れるようになります」
僕は湯気にあてられのぼせそうになったので、早々に風呂場を出た。
しかし、その二人は中々出てこなかった。
気になって、風呂場を覗くと二人は湯に浸かり、眠っていた。
「どうしたんですか?クロードさん、騎士団長。クロードさんは食事の用意がありますよ。騎士団長は団員にお風呂を紹介してください」
「いやー、坊ちゃん。今迄、お風呂は貴族の特権で、我々が使う者ではなかったのです。特に石鹸で体を洗うなど、初めての経験で、その体でお風呂に入っていると夢見心地でした。自分の今を見失ってしまいそうです」
「アルス殿。私も同感です。戦士という厳しさを見失ってしまいそうです。部下が知ってしまうと堕落しそうで怖い気がします」
「いや、仕事や訓練の疲れもとれて、活力も湧いてくるはずなので、これからも使って下さい。このお風呂は常に入れる状態になっていますので、ご利用下さい。
風呂上りには今は水ですが、それ以外の飲み物も考えておりますので、準備ができしだい提供します。こちらも楽しみにして下さい」
「坊ちゃん、分かりました。ありがとうございます。これからも利用させて頂きます」
「アルス殿、団員ともども使わせて頂きます。心使い、ありがとうございます」
その言葉をもらって、僕は共同浴場を離れ、自宅に戻った。
自宅を二階建ての屋上付きに改造しようと考えた。
天井を土魔法で張って強化し、二階の一部に四角い穴を開け、一階からの階段を付け、一階は作業場とした。一階にあったベッドを二階に持って行き、ここを寝室兼居住空間として、二階の天井にも開口部を作り、三階に部屋を作った。そして、その部屋から屋上に出られるようにし、屋上に出て、三階の外周に魔法で手すりを設置した。
それから、三階の部屋に浴槽を作った。共同浴場のお湯は沸かすタイプだが、ここには新しい魔法陣で水と火の組み合わせで、温水、冷水の温度調整ができるようにし、この魔道具を天井近くに設置したので、シャワーもできて、シャワーとして使わなければ、浴槽にお湯を貯めることできるようにした。
さらに、浴槽に風魔法の魔法陣を組み込んでジェットバスを堪能できるようにした。
全てはカミーラ王女を喜ばす為である。作りながら、彼女の姿を思い浮かべていたが、僕の家に彼女は居なかった。
どこへ行ったのだろう――。
そこで、僕は気づいた。
僕は彼女のことを何も知らない。
いや、表面的には分かっている。亡国の王女で17歳のカミーラという名前。
それだけだ。
それ以上のことは知らない?
僕を何か得体の知れない物が包み込んだ。
皆で夕食をするクロードさんの家に行くと、いつものように王女はおり、その横の僕の席は開いていた。僕はいつものように、そこに座り、食事への感謝を告げると、夕食が始まった。
団員達は口々に風呂のことで感謝の言葉を述べ、それから、狩りの話や昔話をし始めて、いつもの食事風景になった。
僕は王女に昼間何処に行っていたのかと聞くことが出来なかった。なぜなら、彼女が僕から離れていくようで怖かったからだ。
その不安を隠すように僕は食べ、それを知らない彼女も夕食を食べていた。
時折、彼女が話しかけるが、段々、彼女の顔をまともに見られなくなり、返答が上の空になった。最後は食事が終わったのかもよく分からなくなった。
ともかく僕等は一緒に家に帰った。
「アルス、どうした」
カミーラ王女は、僕からの反応があまりなくなっているのに気づくと、僕の肩をその手で掴み、僕をその世界から取り戻すように揺すった。
気づけば、涙が溢れていた。止めようとしても、止まらなかった。
「どうしたのです。騎士団にいじめられたのですか?嫌な事を言われたのですね。私が成敗します。だれですか?どんな恰好をしていますか?言いなさい」
抑えきれない感情が僕からあふれ出し、それが言葉になった。
「カミーラ王女、僕は貴方のことを知りません」
「知っているではないか?アルスがいつも見ている十七歳の娘だ」
「僕は今日、この家で作業しました。貴方を喜ばせようと家を改造し、お風呂を作りました。そして、家の改修もお風呂の取り付けも終わりましたが、そこで、僕は何かが足りないと気づきました。褒めてもらう貴方がこの家に居なかったのです。
僕はその時初めて、王女のことを何も知らない事に気づきました」
「たまたまその時、農園の作業を行っておった」
僕は、本当はこれで”そうだったのですか”と会話を打ち切るべきだった。しかし、王女を離したくない気持ちはそれを許さなかった。
「それは嘘です。それは僕を信じていない、悲しい嘘です。僕は食事の前に確認していたのです。騎士団の人達も誰も、貴方を見ていないと言っていた。口止めをされている様子も見受けられなかった。
僕が傷つくとしても、本当のことを言ってもらえないでしょうか?
お願いします」
僕は涙で曇る目で彼女を見つめた。彼女の顔がやけにぼやけて見えた。彼女の声が低くなった。
「アルス、私には騎士団にも言えない隠し事がある。ただ、それは貴方を裏切るものではないと信じて欲しい」
「それだけでは信じることができません。本当のことを話して下さい」
彼女は深くため息をついた。そして、僕をジッと見つめていて、何か確かめるように、そしてためらっていた。
「分かった。話そう」
彼女は静かに言った。




