第12話 転生者、生きるために戦う
「坊ちゃん、危ない!」
硬直した僕を救ったのは馬車から遠く離れたところに投げ出されたクロードさんの一言だった。その言葉に僕は体が動き出し、咄嗟に右に転んだ。僕の体をかすめるようにゴブリンロードの剣が地面に刺さる。その振動で、さらに僕の体が転がっていく。僕はこのままではいけないとは分かったが、どうすべきかが分からない。その間にも、ゴブリンロードは地面に刺さった剣を抜き、僕をにらみつける。そして、容赦なく剣を振り下ろした。しかし、左足が折れていて、踏み込めないため、その剣は僕をかすめて行くことになった。
その剣のすれ違い様に、僕は咄嗟に魔力の塊をゴブリンロードの剣にぶつけた。魔力暴走させたときの魔弾である。その魔弾によりゴブリンロードの剣がとばされる。
武器がなくなったゴブリンロードは、次はじりじりと近づきその腕で僕を掴もうとする。その度に僕は魔弾を放つ。魔物の腕はその度にはじかれ、中々つかめない。その繰り返しで埒が明かないと分かったのか、ゴブリンロードは、折れた足を無理矢理使い、立ち上がろうとする。逃げられないように一気に僕の傍に来るつもりなのだろう。
僕は考える。もう、逃げる選択肢はない。いくら手負いの魔物といえど、後ろを向いたら僕の命はないだろう。嫌な予感しかない。クロードさんは馬車から遠く離れたところで動けないでいる。動けない所を見ると、どこかの骨が折れているのかもしれない。
護衛の冒険者達も惨憺たる状況だ。リーダーのアルドさんは腕が切られて戦闘不能、リオンさんの槍はゴブリンロードに刺さったままで、振り飛ばされた状態で動かない。魔法士のアルマさんは魔力切れ、弓使いのクロエさんは既に矢を使い果たして戦う術がない。誰も戦えない。
「詰んだ」
まだ、生き残る方法はあるのか。自問自答する。答えは---生き残る方法はある。しかし、その確率は天文学的に低い。ここで死ぬのが運命ならそれに抗うことも運命なのかもしれない。僕に出来ることと言えば魔法だ。”魔法はイメージである”と、アーネスト博士は言った。
僕は、火魔法の制御はできた。だから、火魔法は使えるはずだ。しかし、アルマさんの火の魔法はきかなかった。僕は別の魔法を考える。切断のイメージだ。
僕は風の魔力を円盤状に集め、回転させる風のブレードをイメージする。このブレードは、回転が速いほど外周の密度が下がり、やがて真空の刃が生まれる、そのイメージだ。
「ウインド」
僕は風のブレードを体の前に作った。立ち上がろうとするゴブリンロードの折れていない右足にぶつける。風の魔力で作った見えない円盤が飛び、右足の脛から下が切断される。立ち上がりかけていたゴブリンロードはバランスを崩し、前のめりに倒れて来た。
”どーん”
と、大きな音がして、その振動が僕に伝わる。その振動で僕の軽い体はゴブリンロードに寄せられるように転がり、咄嗟に瞑った目を開けると、ゴブリンロードの持ち上げた顔が目の前にあった。ゴブリンロードが爬虫類の眼をぎらつかせ、大きな口から牙を見せながらにやりと笑い、手を伸ばして来た。僕はあとずさりしながら、もう一度、風のブレードを撃つ。
「ウインド」
ゴブリンロードの首が空中に舞うと同時に、血しぶきが盛大に上がる。そして、僕を掴もうとしていたゴブリンロードの腕が僕の腹に落ちて来て、その衝撃で仰向けになる。
「うっ」
一瞬息が詰まり、呼吸ができなくなる。苦しい。勝ったのにこんなことで死ぬのかと思っていたら、肺から息が吸えるようになった。
「ぷはーっ」
なんとか生き延びた。
僕は重たいゴブリンロードの腕を持ちあげ這い出し、立ち上がる。全身にゴブリンロードの血を浴びている。よろよろと立ち上がって、魔力切れで気を失ったアルマさんをクロエさんが抱えているところへ向かい、告げる。
「終わりました」
「ひっ」
と、全身に血を浴びた僕を見てクロエさんは怯える。
次に、倒れて、苦悶している右腕の無いアルドさんの元に向かう。そして、言う。
「終わりました」
「ううっ、そうか?ゴブリンロードは女を攫って逃げて行ったのか?」
「いえ、倒しました」
「誰が?リオンか?クロエか?アルマか?」
「違います」
「えっ、それじゃ、クロードさんか?」
「それも違います」
「じゃ、誰だ?」
「僕です、アルスです」
「冗談言うんじゃないよ。そうか、これは夢か?死の世界か?」
「どちらでもなく現実です。僕が倒しました。あまり無理にしゃべらない方が良いと思います。アルドさんは骨だけでなく、内臓もかなり傷んでいます。僕の為に戦って下さりありがとうございます。お礼をさせてください」
僕は聖魔法を使おうと思っている。そして、今は、それが使える気がする。僕は内臓を傷めている彼の体に触れる。健康の内臓と皮膚のイメージを思い浮かべ呪文を唱える。
「ヒール」
アルドさんの体が修復される。さらに、折れた肋骨と足の骨折を治す。
「ヒール」
アルドさんの顔から苦悶の表情が消え、やがて上半身を起こす。
「坊ちゃん、俺の体に何をした?」
「回復の魔法をかけました。出血が多くてまだ気分が悪いと思いますが、後でポーションを上げますので、それを飲めばそれも治ると思います」
アルドさんがあたりを見回してゴブリンロードの死体を見つけ、血まみれの僕を見て言う。
「坊ちゃん、酷い格好だ。でも、坊ちゃんが本当に倒したんだなぁ」
「はい、やっと分かってもらえました。良かった」
「助けてもらって、ありがとよ。命があって良かったが、でも、今日から俺は冒険者は廃業だ。だから、坊ちゃんを辺境の村まで送って行くことはできない。ここから、王都に戻って、別の冒険者を雇ってくれないか?」
「何故でしょうか?」
「見てみろよ。腕がなく、剣が持てない。剣が持てない剣士はいないんだよ。当然だ」
「えっ、そうですか?分かりました」
「そうか、その方が良い。ギルドには俺の方から言っておく」
「アルドさん、そのままでいて下さい。ちょっと取ってきます」
僕はアルドさんの近くにあったゴブリンロードに切られた腕を拾って戻った。そして言う。
「アルドさんの腕です。幸い、綺麗に切られていました。何とかなると思います」
「何をするんだ?」
「腕をくっつけます」
「おい、おい、そんな事はできない...」
とアルドさんが話しているうちに、拾ったアルドさんの腕を切られた腕に合わせて、神経、筋肉組織がつながるイメージをして回復呪文をかける。
「ヒール」
アルドさんの腕がつながった。僕が言う。
「繋げました。どうですか?腕は、指は動きますか?」
アルドさんが腕を動かし、指を動かす。
「腕も指も動く。動くぞ」
アルドさんが喜びの声を上げる。
「これで冒険者を続けられますよね。僕を辺境の村まで送ってもらえますよね」
「おう、大丈夫だ。ありがとうよ、坊ちゃん」
「良かった。僕はリオンさんとクロードさんを見てきますので、アルドさんはアルマさん、クロエさんの様子とゴブリンの状況を確認してもらえませんか?」
「おう、分かった」
アルドさんが立ちあがる。そのアルドさんに僕は声をかける。
「でも、大量に出血した後なので、無理はしないでくださいね」
「おう、それも分かった」
と、言いながら、アルドさんはアルマさん、クロエさんを見つけ、僕の注意も聞かず急いで近づいて行った。やはり、兄としては妹が心配なんだろう。僕は、リオンさんの腰の骨折と、クロードさんの両足の骨折を聖魔法で治した。とりあえず、僕達は生き残った。
「今日は戦いに疲れたので、ここで野宿しよう」
アルドさんが言う。
「そうですね、その方がいいですね」
クロードさんもそう言いながら、野営の準備を既に始めている。アルドさん達は疲れた体にむち打って、ゴブリンが湧いた辺りを探索し、ゴブリンがいないことを確認した。また、二十数体のゴブリンの死体から魔石もとってきたようだ。ゴブリンロードの魔石は僕にと差し出されたが、今回、壊してしまった冒険者パーティの剣や防具の費用にしてもらうということで、彼らに受け取ってもらった。
その代わりゴブリンロードやゴブリンの剣や防具は、闇の魔道具で収納し、次の街の冒険者ギルドで売り、これからの旅の旅費にすることにした。また、逃げ出した僕等の馬車を引く馬は、近くの茂みで草を食べているのをクロードさんが発見し、連れて来た。当然、赤く血に染まっていた僕は、水魔法で出した水を頭から何度もかぶり、服も着替えて綺麗になっている。
ゴブリンの死体は一か所に集められ、回復したアルマさんの火魔法で燃やされた。その嫌な煙の臭いが戦いの終わりを告げていた。
僕は、野営の準備をしている皆の姿を漠然と眺めていると、これから旅を続けていくうえで、自分の能力をクロードさんを含め、暁の光のメンバーに話しておく必要があると感じていた。




