89 アフタースペース297コーダ 周囲の評価を気にしてはいけない。
クジラに対するみんなの見解なお話。
ほぼ完ぺきに近い宇宙クジラの死体。それは1000メートル級のアビスの研究船のドックへと運び出された。事前に置いてあった船や機材はほぼすべて運び出され、代わりに大型のチェンソーやドリルが持ち込まれ、その出番を今か今と待っていた。
だが、その出番はなかなか訪れない。
めったにない機会を前に見学者が続出しているからだ。
「せっかくの個体だ。まずは、充分に観測する、解体はそれからだぞ、お前たち。」
その中心で嬉々として指示を出しているのは、血走った目を爛々と輝かせるアンポル博士だ。言葉では観測といいながら、彼女自身がメスを片手にクジラの死骸に頬ずりしそうなほどの至近距離で近づいている。その姿は正直アレであるが、彼女以外にも何十人もの白衣たちが周囲をわちゃわちゃと動いているのできにならない。
いや、それにしてもデカい。
「なあ、坊ちゃん。」
「なんだい、アルさん。」
「これってクジラ達が逆襲に着たりしないよな。」
「ははは、そんなコミックみたいなこと・・・あるかな?」
生身で対峙すると宇宙クジラはやはりとてつもない。頭から尻尾にかけては100メートル、それでいて胴体は大型船ばりに太い。同じようなサイズの船は存在するが、それらの洗練されたフォルムと違い、流線型でありながら、ゴツゴツした肌はデコボコで規則性がない。魚の形を型に接着剤で色々とくっつけたようなもの
今回の捕獲作戦の成果発表として、この現場に集めれた他のコロニーの代表者たちも、その巨体を前に驚きを隠せなくなっていた。今はそれぞれで集まっているが、自然大きくなる声は離れていても耳にはいってくる。
「これが、ついさっきまで動いてた。この目で見ていなければ信じられませんわね。」
「テティス様クジラというのは、こういう生き物なのではないのですか?」
「そうですね、形状は確かに水棲哺乳類と類似していますが、あのようにゴツゴツした質感は見たことがありませんわ。それにあの金属質な皮膚、密度は分かりませんがあれでは水中に浮かびませんわ。」
実在の水棲生物として比較して議論しているのはテティスたちビックオーシャン組。彼らの見解と知識はなかなか興味深かった。生きて発光する宇宙クジラを見たとき、その見た目から誰もが迷わずクジラと思っていたが、そもそもこの宇宙時代に置いて実際のクジラを見たことがある人間なんていない。前世の知識で当然のように受け入れていたが、実在の生物と比較して考えるという感覚はなかった。
「ふふふ、なかなか面白い見解だね、私も同意見だ、テティス。」
「そうなんですの?」
「ああ、ただアレにクジラと名付けた先人の見識は間違っていない。旧時代の資料と見比べるとその生態構造にはいくつもの共通点がある。脊髄の構造や口や鼻の配置、あのゴツゴツとした外殻を剥がしてみればよりはっきりすると思う。ハチとアリのようなものだぞ、テティス。」
「それって、もともとは同じ生物だったと?」
「賢いな、私はその説を疑っている。宇宙クジラの一部が古代に地球環境に適応したのか、クジラの一部が宇宙に旅立ったのかは迷いどころだがな、ロマンがあるだろ、テティス。」
目ざとく聞きつけたアンポル博士が会話に加わり、その話は更に盛りあがる。たしかにハチとアリは元々同じ生き物だったと聞く。女王を中心に集団を形成する生き物で同じ昆虫なので身体の構造も似ている。ハチが地面の中で生活するようになってアリになったのか、アリが空を飛ぶようになったのかまでは知らない。だが、アンポル博士は、宇宙クジラと地球にいたクジラをそのように関連づけているらしい。
あれ、そうなると、スペースアントも似たようなものなのか?SF特有の少し不思議生物だと受け入れていたが、こうして生物学的に考えると色々と面白い。
「宇宙船と船の構造が似ているのと同じことなのかもね。」
「確かに、気密性が求められるのは、一緒ですね。あのクジラも宇宙という海を泳いでいたというわけっすか。」
俺と同じく耳を傾けていたアルさんとそんな感想を語る。なお、カナデを筆頭に他のメンバーはあちこちウロチョロして、宇宙クジラを観察していた。その姿はまるで遠足でテンションの上がった子供たちのようで、ちょっと恥ずかしい。
「リンガット気にするな、今回の捕獲作戦でもっとも危険な役割を担ったのはビックツリーだ。優先的に見学するぐらいは当然の権利だ。」
「・・・アニモ。ありがとう、なんか悪いね。」
「気にしない。それよりも」
「分かってる、分かってる。新型エンジンの稼動データーはただで渡すよ。ほいっと」
「話が早くて助かる。」
そんな様子に呆れていたら、ふらっとアニモがホープの人間を連れて近づいてきた。
「アル艦長、見事な指揮だった。タイミングも配置も完璧だった。」
「そっちもすごかった。こちらの指示を先読みして準備してくれてたから、展開がしやすかった。」
「うむ、だが、手順4についてだが。」
「ああ、あれは。」
アルさんは、残った数人の理性的な乗員たちとともにホープの乗員たちと、作戦の反省会をはじめてしまう。大きな仕事を共にしたことでその距離感は前よりもずっと近く、内容もより細かい事になっていた。それこそお互いのトップを放置するレベルで話し込み始めてしまう。彼らにとっては宇宙クジラよりも、先ほどの大規模な作戦の内容のほうが大事らしい。
「ホープの多くは、生粋の船乗りだからな。アーテムの構造にも興味津々だったぞ。」
「形状は気に入らないらしいがな。」
「まあ、機能美ばかりで微妙だからね。」
そんなわけで、取り残された俺とアニモは改めてクジラを見上げる。
「しかし、宇宙は広いな。こんな生き物がいるとは。」
「美味しくはなさそうだよね。」
「食べる気だったのか!」
「冗談だって、アリと似たようなものなら、身体のほとんどは鉱物じゃないかな。」
「確かに、旧時代では虫や魚を食べていたと聞くが。」
「いやいや、君も豚や鶏を食べたことあるでしょ、それと同じだよ。」
俺の指摘にアニモは信じられないと首をかしげた。基本的にこの世界の食べ物は効率優先の合成食品ばかりだ。生き物を加工して、食用にするなんて経験をしたことがある人は少ないだろう。
なるほど、同じような経験をしても、育ちや性格でここまで考えることが違うのか。
「面白いな、リンガットにはあれが食べ物に見えたわけか。」
「そう言うアニモは。」
「気になるのはやはり、動力。どのような仕組みであの速度をだしていたかが気になるな。」
「確かに、魚のように泳いでるわけじゃなさそうだよね。」
「魚は対流を起こして、水中を動くと聞くが。」
「そもそも宇宙には対流を起こすだけの密度がない。逆に慣性は消えづらいから、一度の加速でも止まらない。となるとやっぱり体内に加速機構があるのかな。」
「そうだろうな。あるとしたら尻尾か。」
「肛門からってのは?」
「それは嫌だな。」
そのまま、俺たちは俺たちでクジラについてアレコレと想像と予想を語りあった。
「この個体は、尾びれを上下に移動させていました。クジラの動きと合致しますわ。ただ体温を維持する皮下脂肪の部分がなくて、代わりに鉱石のようになっているようですわ。」
「うむ、硬い外殻は真空状態での生存の維持のためだろうな、構成材質はカルシウムと金属、素材としては一流だぞ、リンガット。」
気づけばテティスとアンポル博士まで加わり、俺たちは宇宙クジラについてアレコレ議論をはじめてしまう。まるで博物館で珍しい展示を前にしてはしゃぐ学生のようなノリだが、周囲には同じようなグループがいくつもできている。
その果てしない議論は時間とともに盛り上がり、やる気満々で準備された大型のチェンソーやドリルの出番は来るのはまだしばらく先のことになりそうだ。
リンガット「クジラ?」
テティス「クジラではないです。」
アンポル博士「クジラだろ?」
アニモ「いや、どっちだ?」
なんだかんだすっかり仲良くなりました。




