88 アフタースペース297コーダ これを漁業というには、あまりにワイルドだった。
宇宙クジラ捕獲作戦な話。
宇宙クジラの生態はほとんどわかっていない。ただ非常に臆病な生き物であり自分より大きな船が一定距離に近づくとすぐに逃げ出してしまう。アンポル博士曰く、船が動く振動や電波を感じ取るらしく、廃船や停止した船にはむしろよってくるらしい。そのため、網や艦隊の場所はかなり離れた場所に準備されているし、ミキサーチームも出力は最低にしていた。なまじフル稼働させるとそれだけで逃げられかねない。
サイズは関係ないということだ。
『ははははは。』
『MAX、最高速を維持するぜー。」
最高速で突撃するフォルテは、クジラ達にどう見えたのかわからない。ただ急に現れた巨大なエネルギーの塊を前に群れは、混乱して四方に散っていく。そして、俺たちは冷静に一つずつステップをカウントしていった。
「よし、狙い撃つよ。」
「了解、セーフティーを解除する。」
10
その様子を観察しながら、俺は群れに向かって砲撃を開始する。わずかなチャージ時間のあとに撃ち出される極太のビームは群がっていた宇宙クジラをさらに慌てさせる。
『QOOOOOOOOOO。』
聞こえないはずの鳴き声は、クジラの放つ特殊な電波だ。センサーを通して聞こえる鳴き声に込められた感情は分からない。だが、恐怖と混乱が込められているのはその動きから明らかだ。
9
密集していたクジラの群れにできた隙間にカナデがフォルテを滑り込ませて、手にした電波発生装置を銃のように構える。狙いは群れの外側にいたオレンジ色のクジラだ。
『照射』
『YES、夢見心地なナンバーだぜいー。』
指向性をもった電波に照射されたそのクジラは、嫌がるように身をよじり、反対方向へと泳ぎ出す。他のクジラはフォルテの出現と狙撃で慌てて気づいていない。連れ出すことに成功した。
8
「フルチャージ。」
「了解、3秒後に臨界。」
ターゲットが動き出したところで、更に追い打ちの極太ビームを撃つ。見た目が派手な分、威力は大きいが、弾速は遅い。続けざまに撃ち込まれるそれは遠目には高速で撃ち出される鉄の柱のようであった。
目的は当てることではなく、ターゲット以外のクジラを散らすことだ。カナデによって誘導される一匹を覗いて他のクジラは、砲撃から逃れるために散っていく。
ただ、ここで一つ予想外だったのは、群れの中の一匹が俺の方へと頭を向けたことだろう。
7
俺は即時離脱を決断して、僚機に合図を送る。2機のラーベはヴォーチェスピントを左右から挟み込むように掴んで、両肩のロケットを点火した。
「ぐえ。」
「警告、加速によるGは普段の3倍、意識を強くたもて。」
急な圧力は歯を食いしばって耐える。加速によるGはすさまじいが、コクピットとパイロットスーツの安全装置のおかげで死ぬことはない。ただ、覚悟してないと意識が持ってかれそうになる。ジェットコースターが乳母車に思えるほどの衝撃に耐えながらも俺は状況を観測し続けた。
『QOOOOO。」
俺に狙いを定めていた青色の宇宙クジラが、たどり着いたときには俺たちはもうそこにはいない。
「このまま、僕たちは本隊に合流するよ。カナデ、後は任せた。」
『了解。』
6
照射から逃れるためにのたうつように泳ぐ宇宙クジラ。動力などないはずの巨体の速度はすでに小型船の最高速に近い。それでいて、その軌道は生物的でジグザクだった。だというのにカナデが駆るフォルテは、それに追いすがり、的確に網へと誘導する。徐々にだが確実に、宇宙クジラは網へと追い込まれていく。
5
「各艦一斉掃射。他のクジラを近づけさせるな。」
オープンチャンネルで通信しつつ、俺もまたライフルを構えて射撃を開始する。相変わらずの極太ビームに呼応するように、閃光がきらめく。網を確保している本隊の砲撃だ。4隻のもの戦闘艦の火力は、遠くにいる宇宙クジラたちに当たることはなかったけど、脅威とはみなされた。
「QOOOOOOO。」
再び上がった鳴き声のあと、宇宙クジラたちは俺たちとは反対方向。外宇宙の奥へと逃げて行った。カナデが追い回しているオレンジの個体を覗いて。
4
追いかけるカナデを援護するために、各地に潜ませていたミキサーチームも電波照射装置を構える。見た目には見えないが、センサーを通してみれば、絵の具で塗りつぶすようにじわじわと宇宙クジラを追い込んでいく。最初は大雑把なものだったそれは、徐々に濃さを増し、最終的には、一本の道となり、そこにいるのはオレンジの宇宙クジラと、それを追うフォルテだけとなる。
3
『電磁ネット通電。これだけお膳立てされたんだ、しくじるんじゃねえぞ。』
『おう。』
ここからは、戦艦組の仕事だ。アルさんの号令の下、4隻の船は連携して動き、細い道を塞ぐように網を張り直していく。全長100メートルはありそうな宇宙クジラですらすっぽりと収まりそうな大きな網。俺や、他のミキサーチームたちは、驚嘆の感情でそれを見守っていた。
2
追われる宇宙クジラもただ追われているわけではなかった。電波の波を嫌がりつつも目の前にある網の存在に気づいたのか、その口を大きく開ける。あとで見せてもらった記録映像では、その巨大な口の中は真っ黒で、無数の鋭い歯が幾重にも並んでいたそうだ。まともにぶつかれば、電磁ネットすら噛みちぎられるだろう。
「まあ、させないけどね。」
『完了、ポイントをロックした。』
だが、それは最初にいた脅威を忘れていた愚行にすぎない。口を開いた直後、その顎に向かって極太のビームがぶち当たる。撃ったのは俺が操るヴォーチェスピント。圧縮された重金属の一撃は、それだけで戦艦の装甲に風穴を開ける。だというのに、宇宙クジラの甲殻にはヒビが入った程度だった。もはやあれを生き物と呼べるかは謎な頑丈さだ。まともに攻撃されたら、艦隊ですらひとたまりもないだろう。
だが、目的は殺傷ではなく衝撃だ。予期せぬ攻撃によって驚いた宇宙クジラは、その勢いに押されて口を閉じてしまった。
1
口を閉じた宇宙クジラは、そのまま網へとツッコミ、絡めとられてた。
『QOOOOOOOOO。』
悲痛に聞こえる叫び声をあげて身体を捻る宇宙クジラだが、絡みつく網と4隻の戦闘艦のパワーによって抑え込まれる。そして、その抵抗は徐々に弱まっていく。宇宙クジラの顎の力は脅威だ。一度噛みつかれればどんな戦艦も一飲みにされてしまう。だが、ワニのように開く力が強いわけではないので、このようにからめとってしまえば開くことはできないそうだ。その上でマグロのように動き続けることで、バイタルを維持しているらしく、動きを止めればすぐに弱っていくそうだ。
この時点で、作戦は大成功といえる。
『あ、あぶねええ。』
その背後で網にぶつからないように、きれいなターンを決めているフォルテが映るのはご愛敬だ。
0
「ごめんね。」
網にからめとられて、弱弱しくうごめく宇宙クジラに、俺は一言だけつぶやく。すでにライフルの設定は済んである。
パシュー。
乾いた音とともに打ち出されたは極限まで細められたレーザーだ。射程と見た目を重視した極太ビームではなく、殺傷力と弾速を極限まで圧縮した糸のように細いレーザー。
それは、まっすぐに宇宙クジラの眼球を貫き、奥にある脳みそに致命的な一撃を与える。
『QOOOO・・・。』
想像絶する痛みに、再度咆哮をあげる宇宙クジラであったが、それも一瞬のことだった。目にわずかな焦げ色をのこして、その瞳は色を失い、オレンジ色の発光も収まっていき、鈍い鋼の置物となっていく。
『うむ、固体化に成功したな。見事だ、リンガット。』
「だってさ、みんなお疲れー。」
最期の仕上げは、宇宙クジラが暴れて素材が痛む前に留め刺すことだった。この不思議生物は死ぬ直前は暴れまわるので組織がボロボロに崩れてしまうそうだ。そして、骨を含めた死骸は仲間の餌となるので、わずかな残骸ですら確保するのは非常に困難だ。
アビスが過去に成功したように、宇宙クジラを殺すだけならば現状の兵器でも可能だ。だが、今回のように、丸ごと確保するには、大胆かつ繊細な作戦が必要だったそうです。
「無茶ぶりがすぎる。」
『それでもやりとげたじゃないか、愛してるぞ、リンガット。」
「はいはい、どうも。」
作戦段階では、半身も手に入ればよかったし、失敗の確率も高かった。
そこを俺を、フォルテの圧倒的な機動力と、ヴォーチェスピントによる精密射撃。何より、各コロニーの誇る優秀な船員たちの連携によって起きた奇跡。
宇宙クジラ捕獲作戦は、その奇跡的な成果に反して、実に効率的に遂行されたのだった。
リンガット「いわゆる活き締めってやつ?」
カナデ 「新型のお披露目なのに、なんか地味・・・。」
かくして、また歴史を塗り替えたリンガットの明日はどうなる?




