85 アフタースペース297コーダ あっさり秘密を暴露されました。
ついに新元素の秘密が、なお話です。
身体が浮き上がるほどのボディブローから、両足をへし折らんばかりのローキック。同時に繰り出された撃ち抜くようなビンタによってヴァーチェン博士の身体が風車のように回転した。3点を見抜いた妙技は、どこぞの合気道の達人もびっくりな技のキレである。
そして回転で空中に浮く相手に向かって、大砲のようなソバット。ヴァーチェンは漫画のような勢いで吹っ飛び後方の壁へと激突した。
なにがすごいって、壁には傷一つなくて、彼がまた一応生きていることだろう。グエといううめき声とわずかだが呼吸音が聞こえる。血が出ていないようだが・・・。
「あれ、なんで生きてるんですの?」
「個人用のバリア装置を装備されてたから致命傷にはならなかったようです。展開できのたのは、最後のキックのときだけっぽいですけど。」
呆然としながらも疑問を口にするテティスに、こそっと解説をしていると、アンポル博士はうーんとのびをしてから振り返った。
「うん、すっきりした。すまない醜態をさらしてしまったね、お客人。」
「「「いえいえ。」」」
「で、早速だが、紹介してくれないか、リンガット。」
そのまま戻ってくる彼女は平然としている。だが、どうしてもにその手足を見てしまう。
「それよりも、手とか足は大丈夫なんですか?」
「ふふふ、最低限の身体強化は施術してある。何より私は特別製なんだよ。リンガット。」
それを心配と判断したのか、アンポル博士は袖をまくって腕を見せてきた。高い身長相応にちょっと太いが標準的な腕には傷一つなかった。
この宇宙時代、適切な食事とトレーニングメニューによって大抵の人間は健康的な体つきをしている。特に俺やアニモ達のようなVIPな人々は普段から徹底した健康管理がなされているため、素の身体能力も高い。さらには遺伝子操作やサイボーグ化など身体強化の技術もある。外宇宙という未知の世界を旅するアビスの人間なら、それなりの強化をしていのも不思議ではない。
「というわけで、アニモ、テティス。改めてこちらは、アンポル・ヴァリエ博士。アビスの研究員で、新型エンジン開発の責任者だ。」
「うむ、宜しく頼むぞ。ご両人。」
「ああ、口調はこれがデフォだから気にしないでね。」
「おいおい、その気になれば、弁えた口調だってできますわよ。リンガット卿。」
その知識の下地もあったし実演された直後だったので、2人は直前の奇行には触れずに若干引きつりながらも笑顔であいさつに応えた。
「アンポル博士、初めまして。アニモ・ホープです。この度は運用計画の意見交換のためにアビスより招待を受けました。リンガットは私の友人ですので、私のこともアニモと。」
「え、ええっと。テティス・ビックオーシャンですわ。お会いできて光栄ですわ、博士。それに先ほどの技、御見それしましたわ。」
「ふむ、なるほど、あなたも?」
「ええ、私は友人だと思っていますわ。」
「そうか、そうか、こんな美人と友人だなんて、やるじゃないか、リンガット。」
年が近い(?)こともあり、打ち解けるのは早かった。俺たちはそのままアンポル博士の研究室へと戻り、改めて新型エンジンのお披露目が行われることなった。
主催したヴァーチェンは気絶していたし、情報の一部を秘匿していた重大な裏切り行為によってその信用は失墜してしまっていた。かといって、3つのコロニーのVIPたちへの対応なので延期もできない。そんなわけで現時点で唯一の研究者であるアンポル博士がそれを引き継いだことは、反対されるどころか、感謝されていた。
「まあ、私達が対応するのが妥当な流れだよな、リンガット。」
「さらっと巻き込まないでくれません?」
「つれない事言うなよ、私達の仲だろ、リンガット。」
さらっとお客側に回ろうとしたら、がっつり肩を掴まれた。やめてください、俺の身体は天然ものなので、そんなに頑丈じゃないんです。
で、仕方なく、新型エンジンの仕様と安定化のための工夫について説明をしたわけなんだけど。
「危なかった。エンジンの性能に目が眩んで、希少性を疑っていなかった。」
「あれだけの代物ですから、しょうがないですわ。この場合、あっさり解決したリンガットが非常識なんですから。」
「確かに。」
おいこら、それは失礼じゃないか。俺ほど常識的で平均的な人間はいないぞ。
「というわけで、量産化の目途はたった。ヴァーチェンが言っていただろう希少性はもはやない。多少高くはつくが、限定品ではなく、高級品程度にはなると思うぞ、アニモ。」
「それならば、ホープでも積極的に取り入れたいところだ。」
「ビックオーシャンでもですわ。循環システムの改良にはモーターの性能向上が不可欠ですから。」
より好条件となったことで、2人も前向きになってくれた。もちろんだが、うちの特許技術が絡んでいることも事前に説明して了承してもらっている。エンジンの性能に比べれば些細な事なので、あまり気にしていないようにも思えた。
「そうかそうか、3つのコロニーが協力を約束してくれるか、順風満帆だな。リンガット。」
「確かに、一般への普及は難しいかもですけど、少なくとも量産と改良の目途は立ちましたね。」
すっかり助手扱いされていることに疑問を持ちつつも、ソロバンをはじく。事前に聞いていた生産コストにうちへのライセンス料や、手間賃。それらを合わせるとそれだけで、中型船が買えそうなお値段になりそうではあるが、金で解決できる問題になったなら、問題ではない。
「ところがどっこい、実はまだ一つ、大きな問題がある。」
と思っていたら、アンポル博士の暴露によって状況は変わった。
「このエンジンの核となる新元素。これの入手経路がかなり特殊なんだよ、お三方。」
「「「ほう。」」」
博士の言葉に俺たちは顔を見合わせた。新元素とそれに関わる情報、これは大変貴重であると同時に、危険なものだ。聞いたら最後引き返せないかもしれない。研究への協力の確約は確実として、最悪の場合口封じに消される可能性もある。
「ご想像の通り、現時点でアビスの最高機密の一つであるが聞きたいかね。アニモ、テティス。」
その重さは博士も理解しているらしく、そう言って返答をまった。ここで、俺には確認を取らないあたり、彼女もいい性格をしている。
「構わない、ホープの代表として、新型エンジンの確保は絶対だ。そのためなら秘密を守ることを誓う。」
「ビックオーシャンも同様ですわ。ただし、環境への影響が大きい場合、それ相応の対応をさせていただきますが。」
2人が考えていたのはほんのわずかな時間だった。悩んでいたというよりは言葉選んでいた時間だ。そして、当然のように俺の返事は待ってもらえなかった。
「うむ、それなら3人を信用して、情報を公開するが、しばらくはここだけの話としてくれ。」
そう言ってアンポル博士は端末を操作して、新元素の入手経路、もとい原材料を映し出した。
それは巨大な骨だった。
クレーンによって吊るされた骨は、モニター越しでもわかる重量感と迫力をもち、それでいて生物的だった。磨かれたような光沢をもつ白さながら、シルエットは魚のそれ、いや特徴的な顎とヒレがあるのでクジラだろうか。一方で胴体部分は地球のクジラと違って肋骨が太く密集しているので筒状になっており、骨格だけなのに潜水艦の様にも見えた。
「宇宙クジラ・・・。」
「そうだ。」
誰が言ったか、それとも3人ともだったか。そのつぶやきにアンポル博士は短く答えた。
宇宙クジラはスペースアントのように、この世界に生息する謎生物だ。まるで海を泳ぐ魚のごと優雅さで宇宙を泳ぎ、群れを成す。鉱物や金属を食するのはスペースアントと同じなのだが、サイズも規模も段違いだ。最小でも100メートル近いサイズの巨体は、小惑星をクッキーのようにむさぼり、廃棄された人工衛星や船などもばりばり食べる。
人類が宇宙に進出してから遭遇した未知の生物であり、その生態は謎。わずかな目撃情報や映像記録によってその存在は認知されているが、多くの人はその痕跡すら見たことがない。そんなレア生物だ。
「さすがはアビス。まさか宇宙クジラの死体を確保していたとは。」
「調査中に偶然発見されたものだ。彼らは同族の死体すら食うからな。まさに奇跡的な出会いだったわけだよ、リンガット。」
とんでもない発見である。俺が過去に発見したスペースアントは、以前にも死骸の一部が確保されたことはあった。だが宇宙クジラは臆病なのか、気まぐれなのか目撃情報が少ない上に、遭遇してもすぐに逃げられてしまう。狂気的に調査している組織がいるとは聞くが、それは信仰に近いモノで、宇宙クジラの肉片一つだって発見された話は聞かない。
原作では、敵の罠によってピンチになった主人公たちが偶然現れた宇宙クジラの群れのおかげで難を逃れるというエピソードがあったが、たった1話、ほんのわずかな登場でしかなかった。
「詳細は省くが、新元素は、宇宙クジラの体組織の一部に含まれている。つまり、エンジンの安定供給には、宇宙クジラを捕獲する必要があるわけだ。」
「「「無茶苦茶だ(ですわ)。」」」
やっぱり、伝説級のアーティファクトじゃないか。ヴァーチェン博士が希少性を訴えたのって、技術云々ではなく、こっちが理由だったりするのではないか。
そんな疑問を持った時にはすでに遅かった。
アンポル・ヴァリエ。真に狂気的な天才は、この時すでに俺たちを勘定に入れて人類史上最大の狩猟計画を練っていたのだから。
アニモ 「リンガットの知り合いなら納得だな。」
テティス「さすがはリンガットの知り合いですわね。」
アンポル「友人も愉快なんだ、リンガット。」
本人はあずかり知らぬところで、妙な信頼をされている




