79 アフタースペース297コーダ 類は友を呼ぶ。
新キャラの掘り下げ 話です。
早々に相互理解を果たした後、アンポル博士は行動も判断も早かった。白衣から端末を取り出し操作をする。すると足元のタイルがスライドして幾つかのテーブルと人数分の椅子が上がってきた。テーブルの上には飲料水のボトルが載っていた。
「とりあえず座ってくれたまえ。客人たち。」
「これはご丁寧に。みんなも座って。」
礼を言いつつ、俺は迷わずテーブルに近い席に腰かけると、アンポル博士は対面に座った。他の者は少し離れた場所に腰かける。
これは防疫のための待機だ。船から船へ移動する際、危険な病気や物質を持ち込ませないために一時的に隔離してから消毒や経過観察をすることは珍しい事ではない。それが研究所となれば厳重な歓迎も納得だ。それこそ部屋に入ったときは、通信で指示をされて、小一時間待たされるものだと思っていた。
「で、早速なのだが、これを見てくれ、リンガット。」
「うーん、なるほど。ほぼ完成してますね。」
だと言うのに、彼女は機密情報である新型エンジンの設計図と立体モデルをためらいなく見せた。それは、秘密を守るべき研究所の職員としてはいかがなものかと思ったが、こちらとしては大歓迎だ。
その形は原作資料でみた新型エンジンそのものだった。ただ解析するとそのパラメータはどこか歪な情報が見える。このまま動かしたら、ほどなくしてばらばらになる。
「問題は、初期加速の変数と主軸の強度ですかね。」
「その通り、加速はできるが安定させるための変数が見つかっていないんだ。リンガット。」
「そういうのは試行錯誤を繰り返すしかないですからね。この出力はすごいですね、このサイズで戦艦級とは。本当に実現可能なんですか?」
「理論上は可能だよ。それに、小型艦で戦艦並みというのは、君たちだって実現させただろう。リンガット。」
「あれは、複数のエンジンを並列処理しているからです。居住性を犠牲にした結果です。」
「なるほど、それならば小型で強力なエンジンのニーズはありそうだな。リンガット。」
「初期加速を300以上なら起動はするけれど安定はしない。800以上で欠損の恐れあり。なるほど、必要なのは適切な変数と状況を調整するアルゴリズムの確立か。主軸の素材は選定済みなんですね。」
「そうだな、複数の素材が候補に挙がっている。だが試したのはそこにある通りだ。気になる素材があれば意見をくれ、リンガット。」
アンポル博士と俺の会話はテンポが速く、ヨハン博士や護衛達は顔をぽかんとさせていた。だが、今はそっちにかまっている余裕がなかった。
アビス、いや、アンポル博士が提言した新型エンジンは俺の予想通りのものだった。従来のエンジンと同じサイズでありながら出力は倍以上で消費エネルギーも少ない最新型、というのは外向けのセールス文句でしかない。完全な変数とアルゴリズムが整ったこの新型エンジンは、取り付けるだけでロボットや戦艦の性能を倍近く跳ね上がるチートアイテムとなる。原作終盤は、突然もたらされたこのエンジンの争奪戦となり、最終的には3つのエンジンをつけた主人公機が、ラスボスゼーレと最終決戦に臨んでいた。
「おや、基幹システムについては聞かないんだね。リンガット。」
「聞いても教えてくれないでしょ、想定する数値が本物なら充分です。」
「ふふふ、そこについてはもっとお互いに信頼関係を築けてからだよ、リンガット。」
この素敵チートの根塊は、エンジンの基幹システムに使われている新元素の働きによるものらしいが、その詳細については伏せられている。まあ、ビームライフルに使われている謎粒子みたいなものだろう。大事なのは正体ではなく性能だ。
俺は、テキストをスクロールさせて新型エンジンの仕組みや開発履歴を次々に解析していった。開発の履歴は2年前の新元素の発見から、エンジンに至るまでの様々な試行錯誤とその結果が記録されており、その情報量は膨大だった。解析をもってしてもそれを読み切るには数分の時間がかかる。
アンポル博士は楽しそうに目を細めて、その様子を見守っていた。彼女もまた「解析」持ちだ。俺のしていることの意味を正しく理解している。そして俺もまた、この膨大な資料の意味も分かっていた。
「僕、自分以外の「解析」持ちの人にはじめて会ったんですけど、アンポル博士は他に誰か知ってますか?」
「そうだね、アビスにはあと2人ほどいるらしいが、彼らは船乗りで研究職じゃない。他のコロニーにもいるとは聞くけど、領主クラスとなると君ぐらいじゃないか、リンガット。」
「まあ、僕は公表してますからね。」
資料の中身を解析しながら、俺はアンポル博士にESPについて話しかけた。特に深い意図はない、解析が完了するまでの雑談のようなものだ。
「君のように堂々とESPを公表している人間は珍しいよね。あぁでも、君のお爺様も公表してたっけ、もしかして、ビックツリーにはそう言う伝統があるのかい、リンガット。」
「たまたまですよ、お爺様のESPは隠しておいた方が有効ですけど、あえて公開することで信用の担保にしたんです。僕の場合も同じです、無害な能力だと周知させることで、余計な嫉妬を買わないようにしていただけです。」
「無害?面白い冗談だな。リンガット。」
「いやいや、博士の前で言うのもあれですけど、「解析」は一番の外れ能力でしょ。」
「解析」は一番の外れ能力。ESPについて語るときの鉄板ネタだ。高速演算や資料の読み込みは、人間の知覚レベルを超えたものだ。しかし、この思考速度は優れたセンサーやパソコンがあれば代替可能なもので、お爺様やジルオールのように人の真贋を見抜いたり、カナデやスーザンのような超絶感覚をもたらしたりはしてくれない。
「くくく、誰が言い出したんだろうなあ。リンガット。」
「そうですね、便利ですよね。これ。」
同じ「解析」持ち同士、考えることは同じらしい。
「そろそろかな?リンガット。」
「うん、そうですねー。やっぱりまともにやったら3年はかかるんじゃないですか?」
「まともにやればか。面白い表現だね、リンガット。」
分析によって収拾した開発の記録と、原作知識にある新型エンジンの完成系のイメージとスペック、それらを解析し、今の開発方法を継続した場合に必要な時間は、最新の資料取りだった。
「そうだな、マテリアルの組み合わせや回転数や運用アルゴリズムの確立。まともにやっていてはそれくらいかかると私も思うぞ。リンガット。」
そう、まともにやったらだ。
俺は資料から目を離し、数度瞬きをして休ませてから、アンポル博士の顔をみた。彼女はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべたまま、無言で先を促した。
「喜んで協力させてもらいますよ。微力を尽くします。」
「うん、よろしく頼むよ、リンガット。」
どうやら、最初のテストに俺は合格したらしい。
護衛 「あれ、どんな会話をしてるんですか?」
ヨハン博士「わかりません。」




