78 アフタースペース297コーダ 一目で同類と分かりました。
アビスへ到着しました。
深遠の旅団。船乗りたちから尊敬と畏怖の感情込めて、そう呼ばれるアビスの本隊は無数の船の集まりだ。1人乗りの小型船から1000メートルクラスの大型船まで、100万近い船が一斉に動く様子は巨大な生き物のようであった。
「見ると聞くでは大分違いますね。」
「公表されている人口の数だけでもビックツリーの倍近い規模だからね。しかもそのほとんどが各分野のエキスパートだって話だよ。」
ビックツリーから出発して3か月、各地で補給したり、宙賊狩りをしたりしながらの旅路の果てに、俺たちはついにアビスの本隊へとたどり着き、今は接舷の連絡待ちだ。
『信号を受諾。ビックツリー所属のアーテムおよびコルノ両艦はこちらの誘導に従って接舷の準備をお願いします。』
「こちら、アーテム艦長、アル・リヴェルソ。歓迎感謝する。」
艦橋にて行われるやり取りを横目に俺は、モニターに映る船団の動きをつぶさに観察する。船団の一番外側はドローンを含めた小型船でそれらは皮膚のように全域をカバーし、アーテムが近づくと通り抜けるためにスペースを開ける。中央に進むにつれて船は大きくなり、中心部にある数隻の1000メートル級、そのうちの一つまで的確に誘導される。
「まるで化け物のお腹の中だねー。」
思わずそうつぶやくと周囲から笑い声が上がる。この状況で会話に参加こそしてこないが全員同じ気持ちのようだ。
この船団構成は未知の宇宙を旅するためにアビスの人間がたどり着いた理想形の1つらしい。船を大型化した場合、居住性や循環性は上がるが万が一の対応力が劣る。船体にできるわずかな傷はデブリや未知の放射線など様々な危険が想定されるとき、求められるのは対応力と互換性だ。周辺の小型船を含めほとんどの船は交換の効くパーツであり、いざというときは基幹となる数隻の大型船を守るための盾となるらしい。
そんな大事な大型船に俺たちは接弦し、接舷用のユニットが取り付けられた。
「ふむ、我々の接続システムと規格は同じようですな。」
「便利だからね、結構な数を購入してくれてた。」
その様子を一緒に見ていたヨハン博士が興味深そうに目を細めていた。数年前にミキサーと共に売り出した船体モジュールと接続システムは画期的なもので、各地で次々にと入れられている。ただ、それは新造されたものに限り、従来の船には互換用の追加パーツをつけている場合が多い。だというのに、目の前の大型船の接続モジュールは、最新のものになっている。いいモノは即座に取り入れる、これがアビスの特徴であり強みなのだろう。
「ふむ、かなり柔軟な思考をしているようですな。これは楽しみが増えましたぞ。」
「まだ、わからないよ。前は門前払いだったんでしょ。」
「ふむ、あの時は技術が確立できていませんでしたからな。商品価値はありませんでした。」
「じゃあ、今回は驚かせてあげよう。」
「ですな。」
二足歩行ロボットの実現のため、ヨハン博士はかつて様々なコロニーを訪ね回っていた。その一つにはアビスもあったそうだが、当時はまだ絵空事でしかなかった博士の考えは受け入れられず、門前払いだったそうだ。今回の招待への同行を依頼したときに、本人は若気の至りだったと笑っていたが、目の前で自分の開発した成果の一部が利用されているのを見てゴキゲンな様子を見る限り思うところがあるのだろう。
『接舷を確認。ようこそ。アビス4番艦「ラビス」はあなたたちを歓迎いたします。』
そんなことをしている間に、接続や気密の調整が完了し安全に行き来ができるようになり、俺は席を立ちあがった。
「じゃあ、行ってくるね。」
「お気をつけて、お帰りをお待ちしています。」
茶化したように敬礼をしてくる乗員たちに見送られ、俺と博士は艦橋から、接舷ブロックへと移動した。
「警戒。移動先の電子防御は強固。我々でも移動は困難。」
「そうなの、じゃあやめとく。」
「否定。困難なだけであって、移動は可能。警戒すべきはリンガット。」
「承知の上だよ。」
接弦ブロックまで移動すると肩にしがみついていたメトルが不意に声をあげた。今回の旅には彼女とカウントも当たり前のように同行している。いつも以上に気合をいれて飾り付けたミニロボの頭を扉に向けて、その向こうの何かを見ている。
「メトル殿。おそらくは特殊な合金による電波遮断でしょうな。この船を含めてアビスの大型船は、内部からの許可がない限りは何があっても開かれないようになっているそうですぞ。」
「思考、質問。それは研究所と同じという解釈でいいか?」
「その通りです。研究所のセキュリティはアビスのシステムを参考にしています。」
「理解、納得。それならば対処は可能。カウントと共有しておく。」
彼女の質問に対してヨハン博士が丁寧に答える。最初はお互いに警戒し合っていたけど、好奇心が強いメトルが博士に懐くのには時間がかからなかった。博士も博士で、貴重なデーターを提供してくれるメトルに敬意を払っているので、まるでお嬢様と執事のような関係に落ち着いている。
そんな話をしている間に接弦ブロックの扉がゆっくりと開き、俺たちはアビスの深遠へと足を踏み入れることになる。
「これは、スゴイな。」
扉の向こうは60㎡ほどの何もないホールだった。天井の高さは3メートルで、正面には銀色の壁と床で扉はない。足元をみると無数のタイルが敷き詰められており、僅かに伝わる振動から、その一つ一つに動力が備わっていることがなんとなく想像できた。おそらくは必要に応じてタイルが動いて扉となるんだろう。
「驚愕。振り返ってみろ。」
「えっ、まじ?」
メトルに促されて振り返ると、俺たちの背後はフルスクリーンとなっていて、外の様子をバッチリ映していた。その精度はあまりに高く、入口がなければ自分たちが宇宙に放り出されたのではと錯覚しそうになるレベルだ。
「高純度のクリスタル、あるいは投影システムか、どちらにしろ恐ろしい解像度ですな。」
「そうだね、まるで水族館だ。」
その光景は、前世の知識にあった水族館の大型水槽を想起させた。特殊なアクリル板を何層も重ねたもので、まるで水の中にいるかのような感覚があった。ちなみにこの宇宙時代において、水族館は愚か一面ガラス張りな場所はほとんどない。万が一のために最低限の窓はあっても、船やコロニーの外壁は分厚い鉄板であり、視界はカメラ越しにみるモニター映像ばかりだ。
「ふむ、水族館とな。確かに旧時代にはそのような設備があったと記録にあるが、なかなか面白い例えだな。リンガット。」
なので、今のは少々迂闊な発言だったかもしれない。
「いえいえ、旧時代のドラマで見たことを覚えていただけですよ。」
「なるほど、創作に知見を求めるか、君はなかなかのロマンティストらしいな。リンガット。」
そんな動揺は微塵も出さすに振り返ると、壁の一部がスライドして1人の女性が入室していた。初対面の客を出迎えるの彼女1人だけだった。だというのに、ニヤニヤと楽しそうな顔をしながら無警戒にこちらに近づいてくる。合わせるように俺もまた歩き出し、部屋の真ん中あたりで握手できるほど近づいた。
「リンガット・ビックツリーです。この度はお招きいただき、大変光栄です。」
「アンポル・ヴァリエだ。アンと呼んでくれたまえ。リンガット。」
差し出した手は優しく握り返された。その時になってお互いの目が不自然に明滅する。
アンポルは、若く、そして美人だった。まず背が高い。やや猫背であるのに関わらず視線の高さは俺よりも高い。おそらくは180センチ以上はあるだろう。服装は、ジーンズとYシャツというラフな格好でその上からよれよれの白衣を着ている。そんな野暮ったい恰好ながらスタイルは決して悪くない。宇宙時代では健康管理システムも徹底しているので、大抵の人間は健康で均整の取れた身体をしているが、彼女の場合は素のスペックが高いのだろう。後ろ縛ってまとめられた紫色の髪とちらりと見えるうなじの褐色の肌は、男女問わず目を奪われる魅力があるだろう。あとは視線を合わせるためにややかがんだことでボタンの隙間から胸の谷間がちらりと見えている。
これは。明らかに狙っている。狙って、こちらをからかっているなこの女。
「ようやく会えましたね。通信越しでも美人だと思っていましたが、実物を見るとまるで女神様のようだ。」
さっと彼女の容姿を確認した上で俺はさっと目を逸らしながら、ほめる。どうだ、これで満足だろう?
「くく、なかなかお世辞が上手なんだね。リンガット。」
「人の長所は素直に口する主義なので。アンが美人だと思ったのは本心ですよ。」
「ふむ、ならば賞賛は素直に受け入れておこう。御礼にハグの一つでもすべきかな?リンガット。」
そんなことを言いながら俺たちを手を離し、お互いに一歩ずつ離れる。そして、今度はお互いに無遠慮に観察しあう。その時間は一分もかからない。
「なるほど、同類に会うのは初めてかな?リンガット。」
「ESPはそもそもが希少ですからね。」
やり取りはわずかな言葉のみ、そんな様子に博士や護衛達は戸惑った様子だった。まあ、彼らも俺の奇行は珍しくもないので、口を挟む気はないようだ。
「いやはや、心配はいらない。私もリンガットと同じく「解析」のESPを持っているんだよ。ヨハン博士と護衛の皆さん。」
「な、なるほど?」
「そうだよ。まさかの同系統の能力だったみたいだから、びっくりしていつも以上に観察してただけさ。ああ、でも美女に視線を奪われたといえば、初対面の女性に対して不躾すぎたかな。」
そんな周囲の反応を充分に楽しんでから、俺とアンポルはネタ晴らしをした。事前に打ち合わせをしたわけではない。だが、一目見てアンポルが俺を観察していたことには気づけた。解析のESPは媒体を問わないけど、気になる情報は肉眼で確認したくなる。さんざん色んな人やモノを観察、解析してきた俺だからこそ、その視線の意図には気づけたわけだ。
「くくく、改めて歓迎しよう。ようこそ私の研究所へ。リンガット、ヨハン博士。」
アンポル・ヴァリエ。彼女がどんな人間かはわからない。ただ俺は一目で理解したし、ヨハン博士も今になって気づいたと思う。
彼女は俺たちと同類だ。
リンガット「なんかキャラ濃い人がでてきた。」
ヨハン博士「おまいう?」
メトル 「鏡を見ろ。」
新キャラの掘り下げは次回。




