76 アフタースペース297 準備と期待はしすぎるほどいいものだ。
一方その頃なお話
(アニモ・ホープ視点)
自分は凡人だ。
周囲の一部は、私のことを天才だとか、さすがはホープなどと賞賛しているが、私自身は自分のことをそう評価している。
客観的に評価した時、私は人よりも少しだけ耳が良く、訓練や教育の成績は同世代と比べて頭一つ抜けて優秀だ。14歳とという若さで、兄の秘書を任されているの決して、縁故だけではないという自負もある。
だが、それは人よりも恵まれた環境で、人よりも努力した結果だ。私でなくても努力すればこのくらいの役割はこなせるようになると思う。
天才というのは、兄やビックツリーの友人のような人間のことを言うのだ。
兄であるゼーレ・ホープの深謀遠慮は、些細な兆候からありとあらゆる事態を見抜く。わずかな収支の変化から汚職や違反行為をする役人の摘発し、日常のわずかな変化から循環システムのエラーを事前に察知して大災害を防いだ。また、船の運航ラインの乱れから敵を追跡し、要人の救出や宙賊の殲滅なども数多く成功させている。
その一つ一つは他の者でもできることだが、その行動は何時だって相手の一歩先を行っている。
まるで未来を予知しているような視野と思慮深さをもって、小説やチェス盤を見るかのように物事を俯瞰している。そんな彼の座視は父上や大人たちからも畏怖されている。
この世界の誰であっても兄には勝てないし及ばない。幼いながらにそれを思い知らされたていた私は、そう思うことで、優秀な兄に及ばない自分を慰めていた。
彼と出会うまでは。
「アニモ。よかったら「アビス」へ行ってみないかい?」
「「アビス」ですか?何か新発見でもありましたか?」
「うん、まあ、そうなるよね。」
急な兄の呼び出しと提案に対し、私は冷静にその意図を確認することから会話を試みた。
アビスはホープに匹敵する規模のコロニーだ。だが、ハイパーレーンの内側に目を向けるホープと外側への進出を目指すアビスの理念と目的は真逆なもので、交流はほとんどない。そんな場所に領主一家の1人である自分をわざわざ派遣するのは、よほどの理由があるのだろう。
10歳の時の自分ならば、兄からの指示というだけで黙って従っていただろう。だが、盲目的な信頼は思考停止と同じであることを知って以来、兄に対して、疑問を口にするようになった。
兄もこの変化を好意的に受けいれてくれているのか、私の質問に限っては笑顔で答えてくれる。
「実はね、「アビス」から新技術の研究への協力要請があったんだ。実用化に向けて戦艦での運用ノウハウについて意見が欲しいそうなんだ。」
「それなら、専門の技術者を派遣すればよいのでは?」
「それは当然だ。ただ、どうにも革新的な技術らしくてね、一部に秘匿するのでなくうちを通じて宇宙全体に公開したいそうなんだよ。」
「なるほど。」
「うち以外にも、ギャラクシーのシップメーカーにも要請をだしているらしい。」
「プロモーションということでしょうか?」
「その可能性が高いね。」
新技術、新商品を出すときに、ホープやギャラクシーを通してプロモーションをするのは割とよくある手法だ。技術開発への協力要請というのは建前で、それを理由にホープやギャラクシーから大物をひっぱりだしたいのだ。こうした要請やイベントへの招待は、それこそ星の数ほどある。なので基本的にはオンラインでの参加か、代理を立てるのが常だ。
私を派遣すると判断した時点で、兄には特別な考えがあるのだろう、だがそれが分からない。」
「これはまだ公開されていない情報なんだけどね、今回の技術開発にはビックツリーのリンガット君も呼ばれているらしいんだ。」
「それは本当ですか?」
そんな私に、兄は彼の名前をだしたものだから、私は思わず変な声を出してしまった。まさかここで彼の名前がでてくるとは思わなかった。
リンガット・ビックツリー。コロニービックツリーの次期領主にして、私のことを友人と呼ぶ彼は、兄とは違ったベクトルの天才だ。いや奇才というべきだろうか。
リンガットと初めて出会ったのは10歳の時だった。親善訪問で訪れた兄の数々の無茶ぶりを、彼は涼しい顔で対応していた。当時は兄の強引さを申し訳なく思いつつ、同い年なのに見事な手腕を見せるリンガットに感心しつつ、嫉妬もしていた。だが、当時兄の言動は、そのほとんどが、若きリンガットの実力を探るための仕掛けであり、テストだった。そこで支援が必要な相手なら支援を、警戒が必要な相手なら釘を刺すつもりだったらしい。
結果は予想外の高評価だった。
「彼は本当に素晴らしい。今後、ビックツリーとの関係は見直す必要があるね。」
兄はそう言いながらリンガットを何度も讃えていた。私が知る限り、兄があそこまで評価した人物は彼だけだ。
「リンガット君が関わっているとなれば、今回のアビスの新技術は相当なものだと思う。」
「そうですね、少なくともコロニーの発展に寄与するものな可能性が高いです。」
ここまで色々考えていたことが、みみっちく思えた。
あのリンガットが関わっている時点で無視できない、と兄は考えたのだろう。おそらくは新技術についての情報もまだあまり集まっていないはずだ。あるならば、この時点で新技術への情報もあったはずだ。
普通ならもっと情報を集めてから慎重に判断すべき場面だろう。だが、リンガットが関わっているなら、このわずかな躊躇いによって大きく差をつけられてしまうだろう。
それでいて、中途半端な人間を送ればまるめ込まれてしまうだろう。友人は人がいいが、自分のコロニーの利益を一番に考えるちゃっかりした人物でもある。
となると、状況的に自分が行くのが適任だ。
「最初からそう言ってほしかったです。」
「それじゃあ面白くないだろ。お前の驚く顔もみたかったしな。」
一言だけ文句を言わせてもらった。だが、にんまりと上がる頬を隠せなかった。4年ぶりの友人との対面のチャンスを提供するために、兄が気を利かせてくれたというのはわかっている。
「ありがとうございます。その役目、謹んでお受けします。」
「うん、資料はこれだ。宜しく頼むよ。」
「すぐに、準備します。」
返事をしつつ、視線は端末に送られた情報に集中させ、足場やに執務室を後にする。お行儀は悪いが今は一分一秒が惜しい。うまいこと先回りして、あの風変りな友人をどう驚かせるか。楽しい予感に私の足取りは自然と速くなっていた。
アニモ「楽しみだなー。」
ゼーレ「楽しみだねー。」
知らないところでまた期待値が上がっているリンガット様でした。




