73 アフタースペース297 こんなこともあろうかとと言いたかっただけです。
引き続き、クソダディーVSなお話。どの口が言うかな醜い話です。
ベルベット・ビックツリーの人生は、けして順風満帆なものではなかった。
幼き頃に最愛の母親が病死し厳格で偉大な領主として称えられる父は、親として彼に接することはほとんどなかった。代わりにあったのは、次期領主としての厳しい教育と訓練の日々だった。他の同世代の子供たちが親のもとで朗らかにのんびりと育つ中、大人も顔負けな孤独で厳しい日々。そんな彼の境遇に同情し、周囲は可愛そうな子という色眼鏡で腫れ物扱いをしていた。
それでも偉大な父の背とそれを献身的に支える母を見ていた幼少期の経験から、ベルベット自身は自分のことを幸せだと思っていた。
「自分もいつかは、父のように。」
そう思い。日々の教育や訓練にも希望をもって臨んでいたし、それが当然と思っていた。
しかし現実は残酷だった。
きっかけは、教育係の嘆きだった。愚痴だったかもしれない。ベルベットにとっては神のごとく深謀遠慮で知識も豊富なその教師は、優秀でありながも閑職であった。この人こそもっと上で、父を支えるべき人だ。幼きベルベットはそう思って父に相談したが、教師は数日後はいなくなった。
成長するにつれて、その疑念は確信に変わっていた。コロニーの基幹となる役職は能力ではなく縁故とコネが重視される悪しき世襲制となり、政治や経済の現場は汚職と因習に塗れていた。そこに正義や将来への展望はなく、目先の権益を奪い合い、責任を押し付けあう醜い人の姿があった。
父の意向とESPのおかげで無難に運営こそされているが、先細りしていく林業と開発意欲のない老害たち、それらによってビックツリーは緩やかに衰退する。そんなことは若きレイウッドにも理解できる危機だった。
サイト40の再開発や新商品の開発、それと出自を問わない人材登用。やれそうなことはたくさんあった。若き彼は、同じような志の若者を集め、派閥を作り、そう言った改革を目指していた。
「能力もない一般人が。」
「世の理も知らない若造が。」
待っていたのは、老害たちの冷たい反応だった。
敵対も妨害もない。ただ協力はされなかった。
資金の確保がままならずサイト40の再開発は失敗。新商品を提案しても取り扱ってもらえない。ベルベットに人事権があるわけでもなく、彼の言葉は冷笑とともに流されるのが常だった。
「私にESPがあれば。」
思想や行動は間違っていない。足りないのはそれだ。いつしか彼はそう思うようになった。父も先代もESPに覚醒していた。それならば自分も訓練次第でESPに覚醒し、この閉塞的な社会を改革できるかもしれない。
それでもなお、現実は残酷だった。そもそもとして、ESPは希少なもので、努力したから必ず覚醒するものではない。
20歳を過ぎても覚醒する気配もないベルベットは荒れに荒れた。なまじ父親が有能であったため、領主としての仕事を任されることもなく、訓練に集中していたが、それも良くなかった。20前後から、己の才能の無さに失望したベルベットは、裏では堕落し、裏町で遊び惚けるようになった。
仲間たちは自分に同情し、いつの日か彼が帰ってくると信じて、それを見守った。
そして、25歳のときに、誰とも知らぬ商売女との間に子をなした。それが、のちに、ビックツリーの麒麟児ともてはやされるリンガット・ビックツリーだ。
最初は父親としてそれなりに愛情をもってリンガットを育ていた。だが、もともとが遊びの関係であり、子育てがうまくいくわけなかった。子どもが3歳の時、彼はとうとうビックツリーと息子を捨てた。
両親が不在の幼少期の経験から、親は無くとも子は育つという思いがあったからか、そこに罪悪感はなかった。
その後は、ギャラクシーのスラム街の一角で、かつての仲間とのコネを利用して細々と商売をして、生計を立てていた。本来ならそのまま落ちぶれていくのだろうが、数年して、風向きが変わった。
ビックツリーの景気が目に見えてよくなったのだ。
サイト40というかつて、自分が再開発しようとして諦めた場所がよみがえり、それに連動するように流通する商品が増えた。さらにはサンブラーだかミキサーという新型の作業機械が爆売れし、気づけば落ち目の田舎コロニーだったビックツリーは、コロニー間でも屈指のホットスポットとなった。
「私は間違ってなかった。」
それらのニュースを聞くたびにベルベットのなかにわずかにくすぶっていた虚栄心や正義感は満たされた。この発展は、かつて彼が描き、否定されたものだった。
また、ビックツリーの発展とともに、彼のもつ人脈や情報網の価値もあがった。ビックツリーに残るかつての仲間からの情報は高値で売れたし自分のもつ交流ルートからの密輸は大いに期待された。気づけばかつての出来損ないの若者だったときよりも、レイウッドは力と財力を得ていた。
改革をなしたのが、実の息子であったことも大きかった。
「先人の残した記録を参考にしただけですよ。」
ヘラヘラと笑いながら、インタビューに答える息子の言葉は、ベルベットを感動させた。先人と言葉ではかくしているが、それが自分が残した道だと疑わなかった。そうして改めて息子を見れば、その足跡は自分の若い頃と似ているように思えた。新たな価値を見出し、人材を登用する。一方で不正を許さず、スラムという弱き者を助け、老害を駆除するという正義の行い。
息子が自分の意志を継いでくれている。そう思っていた。
だが、実態は違うらしい。
「ご子息は優秀ですが、あれは死の商人です、老害たちと同じです。」
それを言ったのは、かつての同志イムールだった。堅実に仕事をこなし憲兵長まで上り詰めた友の話は、高まるベルベットの希望を絶望に塗り替えた。
経済は発展し、多くの人が豊かになったが、人事の根幹は変わらず、相変わらずの汚職と因習塗れ。そしてそれを支えているのが、他ならぬ息子が武器商売で儲けた資金だという。
これはいけない。
どんな栄光や発展も、正しき道筋がなければやがては滅びる。それは先人の歴史から学べる事だ。まだ幼い息子にはそれがわかっていない。
それもそうだ。本来それを教え導くべきだった父である自分は、逃げ出したのだ。
「今こそ、道を正されるときでは?」
今更という思いもあった。
一度逃げた自分がそれを為そうとするのはあまりにも厚顔でないだろうか。
一度逃げ出したあの場所に戻ることに恐怖もあった。
それでも、父として自分が正すべきと思った。
それでも、かつて描き、友と語り合った理想は忘れられなかった。
「これは正義だ。」
「そうです、我々が正義です。」
決意が固まるのは早かった。それだけ今のビックツリーは魅力的なもので、リスクを犯すだけの力が彼らにはあったのだ。
そして、自分は父親であり、本来あるべき場所に戻るべきものだ。
これは正しき事。
世界の厳しさを教え、その上で正しさを解く。
かつて、出来なかったことを、今度こそ自分は為すのだ。
それが、それこそ10年前に感情のままに手放した息子へのせめてもの償いだと、ベルベットは疑っていなかった。
しかし、現実は残酷だった。息子もまた悪しき因習に染まり切っていた。
なんてことを思っているのだろう。素巻きにしてボロボロになった男の考えは、事前に報告を受けていた。ずいぶんと傲慢で身勝手な考えを、この男は悪びれずに仲間に語り、酒場で武勇伝のように語っていたらしい。ギャラクシーの協力者からの情報をもらったときは正気を疑った。
これだけの妄言をする愚か者を、ビックツリー側の人間はスルーしたのかと。
人は常識や理性ではなく感情で動く。そんなことを信じられなかった俺もわずかに対処が遅れた。だからこそ、目の前の醜態が広がっている。
「ご、ごヴぇん。」
「口を開くなメンドクサイ。」
テロリストや宙賊には譲歩しない。これは国際常識だ。暴力や不法行為によって自分たちの要求を押し通そうとする相手を人間扱いしてはいけない。
とくに、この男は、コロニーの資金を持ち逃げした上に、数年に渡って俺やお爺様周辺の情報を各地に流していた愚か者だ。元次期領主だとしても、いや元がつく次期領主だからこそ、自由にさせてはいけないというのに。
お爺様の御意向のほか、血生臭い手段を好まない俺の性格から見逃されていただけだというのに。
「り、リンガットさま、話を。」
「だまれ、イムール。お前の話を聞く気はもうない。」
大事な事は耳を傾けないこと。暴力や権威で武装しないと話せない相手とまともな交渉ができるとか思っていはいけない。
話せばわかるなんて、平和な猶予期間はとっくにすぎている。
「武装してアポなしで訪れる野蛮人を客人と呼べと?」
直々に手を下したのはせめてもの温情、いや次期領主としての義務感だろう。
幼い頃に置き去りにされたことに対して思うことはない。前世の記憶と融合最適化される以前から、父親の存在はリンガットの中では希薄だ。家族としての情はお爺様の方が強い。
今のリンガットは、ロボットに乗ることと未来の破滅をさけることにしか興味がない。
解析によって最適化された思考は、この目的を最優先に好き勝手な感情を生み出す。だからこそ、好きな事には邁進するし、領主の仕事は文句を言いつつ淡々とこなす。緊急事態でもどこか冷静に対処できるのも、最適化された人格故だろう。
そういったことを踏まえた上で、この男に感情を向けるとしたら。
「うざ。」
面倒なので放置していただけで、のこのこと目の前に現れなければ記憶の片隅に置いておくのも面倒だった。色々と掻きまわされたことはイライラしたが、それだってこの男がいてもいなくても起きたことだ。必要経費、必要悪として割り切っていた。
原作でこの男は名前すらでてこない。出奔しリンガットがぐれた原因となったと説明があるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。もしかしたしたら本編がはじまる前にこんなエピソードがあったのかもしれない。だが原作でのリンガットの人格構成には一切関わっていないと確信できる。
「それなら、最後の最後まででてこなければいいのに。」
人を1人、いや数人排除するのは結構な労力がかかる。けどそれをしないといけない。
「た、たひゅけて。」
「うん、状況への理解が早いのは心地よいね。」
わずかに漏れる弱音と垂れ落ちる体液。執務室がこれ以上汚れるのは嫌だなー。かといって場所を動かせば目撃者が増えて面倒なことになる。
「スーザンがいてくれればなー。」
優秀な人材が近くにいないのが悔やまれる。自分で為すことに躊躇いはない。だが面倒だとは思う。誰か変わってくれないかな。
「いやいや、流石に。決断はリンガット様が。」
「へいへい、分かってるよ。」
期待できそうなのはハーメルさんだけど、彼にそこまでの裁量を与えるのは嫌だ。彼の忠義はお爺様にあって、本人はお目付け役のつもりだろう。ほかの新人たちに任せるのはもっとだめだ。ここで、このゴミの排除という十字架を背負わせたら後々面倒なことになる。
お爺様がいたら、押し付けるんだけどなー。
「じゃろうな。ここはワシか、リンガットが動くべき場面だ。」
「あれ?」
喧騒と緊張感が支配する執務室。そこにはいつの間にか戻ったのか、ソファーに腰かけて苦悩に額を抑えるお爺様の姿があった。
「お爺様、お帰りだったのですか。」
「うむ、予定が早まってな。つい先ほど戻った。お前を驚かせようと隣室に控えていたのだが・・・。」
「お爺様も預かり知らぬところだったと。まったく警備体制は見直さないとですね。」
こと、ここに至り、お爺様の登場に淡々と接しつつ、タイミングよく表れたお爺様に俺は疑いの視線を向けるのだった。
リンガット「マッチポンプ乙」
レイウッド「どうしてこうなった・・・。」
多少同情が引けるように書いたつもりが、どこまでいってもベルベットの被害妄想でしかならない・・・。




