65 アフタースペース297 自業自得で忙しい日々
領主の地味なお仕事な話。
会議で蒔かれた不信の種。これが芽吹くか枯れるか以前に、俺は相変わらず忙しい。会議の翌日も執務室にこもって、あれやこれやと事務作業に追われていた。
「コルテオさん、この資料をもって農産部まで行ってきてもらえる?赤字の場所について補足説明が欲しいと連絡しておくから。」
「は、はい。」
「大至急の案件だから、強気でいってね。ガタガタ言うようなら、僕に繋いで。」
「は、はいいい。」
渡された端末を抱えて走っていく新人秘書の名前はコルテオ君。最近採用した若者だ。若いといっても24歳、僕よりも10歳以上年上だけど、謙虚で優秀な人材ということでジルオールがスカウトしてきた期待の星だ。経験不足だからか弱気なところがあるけれど、そこは追々備わってくるだろう。
「さて、次の報告書はと。」
「では、D-84ブロックのインフラ整備計画書の確認をお願いします。」
「ほいほいっと、うわ、これもじゃん。」
もう一人の秘書でハーメルさんに提示された報告書を確認すると、ここにもミスがあった。長ったらしい文章に巧妙に隠された数字のミスと材料の間違い。一歩間違えれば該当地区の水道管が破裂するかもしれないという悪辣なミスだった。
「どうされますか?」
「悪質なので、指摘の上で廃棄。担当者には規則に従って減俸処分。インフラ部の部長には1時間以内にここに来るように通達をだして。」
「了解しました。すぐに手配します。」
丁寧に頭を下げるハーメルさんも新人秘書の1人だ。新人といってもこちらは53歳、最近までお爺様の元で働いていた税務官で、役人としてはかなりのベテランさんだ。非常に優秀で仕事も早いので、以前から交渉して最近になってやっと引き抜けた御人だ。ただ、
「さすがですな、リンガット様。」
「分かってるなら、上げる前に突き返してくれない?テストはもう充分だよ。」
「いえいえ、滅相もありません。」
お爺様の元で働いていた人らしく、俺のことを親戚の子供か何かと思っているところがある。そのため、ちょいちょい俺のことを試そうとこういったミスをスルーしてあげてくるから油断できない。
「信用しても確認をする、上に立つ人間はかくあるべきです。」
「上に従うが間違いは正す。ハーメルさんは臣下の鏡だね。」
「ありがたいお言葉です。それでは、長官を連れてきます。」
そう言ってそそくさとハーメルさんも執務室から出ていき、俺だけが残される。ちょうど休憩したかったタイミングなのでハーメルさんの気遣いがありがたい。悪戯心がなければどこまでも優秀な人なんだよね。
「フラウト。お茶を淹れてもらえるかな。」
『はい、すぐに。』
控えていた侍女の1人にお願いをしてお茶を用意してもらい、俺は2人の秘書が戻ってくるまで休憩することにした。
「ったく、ここぞとばかりに仕掛けてくるか。」
あげられてきた報告書を確認して問題なければ承認、疑問があれば突き返す。これが地味に忙しい。基本的にはデーターで提出されるためか、まず文章が長いので読むだけでも大変だ。その上で内容を理解し、現状と照らし合わせる必要がある。当然、俺のところに来るまでに何度も推敲され、AIチェックなどもされているのでよほどのことがない限りミスなどあるわけがなく、読んで承認するだけなのだが。
「今日だけでもう5件か・・・。」
処理した報告書の数を考えれば1割にも満たない数。些細な誤字や説明不足や見逃せば致命的なミスなどが確認された。それも巧妙というか絶妙な塩梅のものばかり。お爺様なら一目みるだけで内容の真偽を見抜けるし、俺の場合は解析による速読と分析ができるから対処できているが、一般人が対処していたなら、この事務作業だけでとてつもなく時間がかかったことだろう。
なんてもこともない、これらは俺への嫌がらせである。
正直に言って、俺はお爺様のような公明正大で正義の味方な領主ではない。スラムでの違法な商売や、役人たちの中抜きや横流しといった商売は見逃しているし、ミキサーが兵器転用可能なことを承知で商材としている。昨日の会議で指摘されたように、俺がミキサーを売っているせいで宙賊の被害は増していると言えなくもない。あとは未来の破滅に備えて戦力は着々とため込んでいるので、いざという時は武力でなんやかんやできる領主でもある。
だが、違法な事はしてないし、脱税とか横領といった公金に手をだすようなことはしていない。ロボット開発に投資している資金の大半は、各地にばらまいたOSのライセンス料や資産運用で増やした俺のポケットマネーで賄っている。
スラムを利用した食品ロスの改善やサイト40の開発、スペースアントの巣を利用した鉱物資源の採掘などは公共事業として運営しているので、俺の手元に金が入ってくることはない。まあ、これらの事業が横領や横流しといったものの温床にはなっているけどね。
そんなわけで表向きには善良な次期領主。裏の顔では、慣例や既得権益に理解のある懐の広い次期領主ということで、それなりの人気はあるはずだ。だが、若くして実権を握っているというだけで、俺のことが気に入らない輩は多い。いや、お爺様の話では、こういった嫌がらせは昔かららしいけど。
あとは、致し方ない形で排除されたり、権益を減らされた人間の逆恨みだろう。
領主の権力としてもっとも大きなものは人事権だ。コロニー各所の役割を担う人材を指名、あるいは承認する権利と責任は俺やお爺様にある。もっとも直接決定するのはトップの人選ぐらいで、細々とした人選はそれぞれを信任することになる。
サイト40の再開発などで功績を上げ始めた7歳の時から俺はそれを乱用している。人身売買や違法薬物の所持、情報漏洩など、一定のラインを超えていた人間は徹底的に排除し、クリーンなコロニーを目指している。それによって没落した人間の知り合いや家族たちが俺に逆恨みをしているといわけだ。
面従腹背。表立っては逆らわず粛々と役割を全うしながら、こういう巧妙な嫌がらせを仕掛けてくる。
「にしては多いんだけどね。」
「お茶、多かったですか。」
「ああ、ごめん。こっちの話。お茶は適量だったよ、流石はフラウトだね。温度も量も適量だよ。」
「ありがとうございます。」
思わず漏れてしまった愚痴でフラウトを不安にさせてしまった。反省反省。彼女は侍女としては優秀で気配りもできるいい子だ。けれどスーザンのように荒事には慣れていないので、漏れ出た俺の不機嫌にですら怯えてしまうので、注意しないといけない。
「それはともかく、今のうちにお昼を食べようかな。」
「そうですか、すぐに準備しますね。」
そそくさと部屋からでていくフラウト。そう待つこともなく昼食が運ばれるだろう。
「スーザンなら、先回りして用意してくれてたんだろうなあ。」
それでもわずかに不満に感じてしまうのは、先回りしてお茶や食事を用意してくれるスーザンの手際の良さに慣れているからだろう。書類仕事にしたって、ジルオールならもっとうまくさばいてくれていたはずだ。新人さんに仕事を覚えてもらうためとはいえ、わずかな手間が億劫になってしまう。
「まあ仕方ないよね。今は2人に頼れないし。」
我ながら2人に頼り過ぎていた。そのツケが今になって現れている。色々含めて問題はここにあるんだろうな。
リンガット「不穏だけど、これが日常なんだよね。」
もはや慣れてしまったが、なかなかの綱渡りな日々を過ごしているリンガット様の明日はどうなる。
新キャラ補足 まだまだ名前ばかりです。
コルテオ・・・新人秘書 真面目で優秀だけど経験不足
ハーメル・・・新人秘書 超有能だけど、ちょいちょい主を試そうとする悪戯好き
フラウト・・・侍女 戦闘力はないけど、家事能力は高い。




