64 アフタスペース296 やっぱりこのヒロインにニーズは少なそう。2
原作ヒロインとお話をするお話
会話のきっかけの鉄板といえば天気の話だろう。「今日はいい天気ですね」から会話を広げるのは困ったときのテクニック。というのは旧時代の話だ。
空気や水の循環から気温や気圧まで完璧に管理されているコロニー内で、「今日はいい天気ですね。」という言葉は、旧時代の生活を描いた古典小説の中にしか存在しない。なので、この世界での会話の鉄板は「褒める」だ。相手は今いる場所、あるいは食べている料理や最近の経験からともかく相手を褒めることから会話が始まる。
「ここは静かですね。」
「そうね、誰かさんのおかげで、みんな忙しくてここに来る余裕もないみたい。」
ああ、だめだ。この人、会話をする気がないぞ。いや、ここまでのストレスが反射的に言葉になっているのだろう。言葉にしてから、しまったといった感じに目がくわっとなってる。俺は優しいので指摘しない。
指摘しない代わりに、常識的に振る舞うことにした。
「用がないなら、別のベンチに行ってくれませんか?」
「ここはお気に入りなのよ。」
「先に座っていたのは僕です。」
「・・・こういうときは女性に譲るのがマナーでは。」
はい、原作のツンデレ台詞いただきました。なお、女性扱いしたらしたで、舐めるなと怒られる理不尽までセットです。
「それを言うなら、人が座っているベンチに腰かけるのはどうなんです?」
「そこは、それ、このベンチは一番の絶景ポイントなんです。」
「つまり、そこで憩う観光客を威圧して席を奪おうと。」
「そんなことしませんわ。それにこういうのはシェアするのが一般的です。だれが、いつ、譲れと言いましたか。お1人で過ごしたいなら、別のベンチへ行ってくださいまし。」
なんだその地元ルール。観光ガイドに書いてあるとか、看板があるわけでもない地元民にしか通じないルールを押し付けないでほしい。あとそれ、ベンチが満席のときのルールじゃない?あるよね、電車とかでもどこに座るかで地元ルールがあるよね、○○駅から乗るおばあさんが座る席は開けておくみたいな。間違って座っていた時に周囲からの視線の圧が強かった・・・。
「ほらほら、他の角度から見るのもいいものですよ。」
「いや、それはもう充分堪能したので。それに、護衛に余計な負担を駆けたくありません。」
「はあ?」
「いや、そりゃそうでしょ。」
俺もテティスもVIPである。そんな人物が同じ場所にいるとなれば護衛達だって気を使う。それぞれの主だけを守っていればいいと思いがちだが、万が一があった場合、責任を追及されるのは護衛の人たちだ。彼らからしたら同じ敷地内でもより近くにいる方が望ましいだろう。テティスにそこまで説明する気はない。だが聡明な彼女なら、このやりとりである程度は想像できたのだろう。神妙な顔で頷き、俺を追い出すのは諦めて再び滝へと視線を戻す。
「・・・リンガット卿は部下思いなんですね。」
「当然です、部下たちの働きがあってこその今の僕ですから。」
これも社交辞令だ。なんでか知らんがテティス様は俺と会話をしたいらしい。いや沈黙の時間が絶えられたないというやつだろうか。いるよね、人がいるなら話をしないといられないタイプ。
「領主の鑑ですわね。」
「皮肉ですか?」
「いいえ、本気で感心しています。同時に危ういとも思ってますけど。」
「へえ?」
最初に揉めたのがよかったのだろう。テティスはやや饒舌だった。高慢な態度は変わらないし、視線を合わせようとしない。その視線は、滝とベンチに腰掛けるミニロボの間をうろうろしている。
「部下を大事にするというのは素晴らしいです。先日のリンガット様の振る舞いも次期領主として、とても頼もしく思いました。ですが、それにかまけて自分の行動を縛るのは自分を殺し過ぎでは?我々だって人間です、自由な時間が必要ですわ。何者にも縛られず自由で1人の時間が。」
「なるほどわからなくもないですね。プライベートな時間は大事です。」
「そうです、それがなければ、我々は人形と変わりませんわ。」
「何を今更。」
これはこれは、なんとも甘い幻想を抱かれているよ。そういえば彼女、原作では領主としての役割を理解しつつ自由に憧れる女性だった。凛としつつも苛烈な判断を下してビックオーシャンの改革をしたと思えば、一般市民のフリをして市場で買い食いをしたり、戦場にでていく主人公組のために祈ったりもする。そのアンバランスな情緒がファンの間では人気だった。まあ、ロボットアニメに萌えキャラは要らない派だった俺からすると、余計なノイズだった。むしろこの世界の仕組みや領主の役割を理解した今の俺からすると、彼女は夢見がちで中途半端に思える。
言葉にするならば、覚悟が足りてないだろうか。少なくともまだ数回しか会ったことのない年下にこぼすようではまだまだだ。こちらに心を開いているなんて甘い考えは持っていないよ。
「僕たちの生活は領民や部下たちの働きがあってこそ成り立つものです。彼らが生産し経済を回す。僕たちの仕事はその循環を調整しコロニーのブランド力を維持することです。そういう役割分担なんですから。」
「理想論ね。それならAiにでも任せればいいじゃない。」
「そうしたければ、そうすればいいんじゃないですか?」
「はい?」
テティスの言いたいことは分かる。支配階級という役割を窮屈に感じ、自由な自分を夢想したいときは俺にだってある。真面目で誠実な仕事をAIでいいじゃないと皮肉るのもわりとある表現だ。
コロニーの維持という意味であれば公平な判断ができるAIに任せればいい。それこそ、多くの人間は日々の食事やワークライフバランスをAIに委ねていることが多い。スラムの人間達だって、公共の管理AI便りの生活をしている。
「何か期待されているようですが、ここで次期領主の立場なんて捨てて自由に生きたい、なんて甘い言葉を僕は言いませんよ。仕事は面倒ですが今の生活は充実しています。」
「うっ、ほんともう百点満点の答えですわね。」
先に断っておくが、これはビックツリーの次期領主であるリンガットとしてのポーズだ。正直に言えば、領主の仕事なんてすぐにでも投げ出して、適当なコロニーに引きこもりたいとも思っている。
田舎コロニーの領主なんて進んでやる役割じゃない。貧乏くじ以外の何物でもないと心の底から思っている。そうすればおそらく数年後の戦争に巻き込まれて破滅する未来は避けられるだろう。
だがそれをした場合、ロボット開発の主導権は握れず、開発チャートは原作の流れとなってしまう。そうなれば原作通りフォルテシリーズが正式採用され、ディープベースが日の目を浴びることはなくなってしまう。それではつまらない。
待っているのが破滅だとしても、原作で見ることが出来なかった未知なるロボットと出会い、あわよくばそれに乗って宇宙を駆ける。そのためなら領主の役割をこなすことぐらいなんだというのだろうか。狂気にも似た覚悟だが、ロボットオタクのファン魂を舐めてもらっては困る。
「典型的な領主なんですね。先代様の影響ですか?」
「お爺様は非常に優れた方です。僕の目標ですね。」
だから、テティスの魅力的な見た目にも惑わされない。それが領主としていい感じに見えるのならいいじゃないか。オーベンが次期領主として内定した今、彼女と仲良くするメリットもないしね。
その後も当たり障りのない会話ばかりで実のある会話とはならなかった。帰還のときは、オーベンとともに一家総出(ドウシュ除く)で見送りへ来てくれたが、2人とは簡単な挨拶をしただけで話していたのはドーリス夫人だけだった。これでもう、縁談が上がってくることもなさそうで何よりである。
あっそうそう、何もないと思ったけど、この対話には一つだけメリットがあった。
「と、ところで、そのミニロボは一体?」
「ミキサーのモーションデーターを集めるためのおもちゃです。機械いじりとプログラミングは数少ない趣味なので、宣伝も兼ねて持ち歩いているんです。」
「なかなか素敵な趣味ですわね。」
「ああ、服装はスーザンと侍女たちの趣味ですよ。どうせなら着飾りましょうって日々はりきってくれてます。」
愉快な電子精霊であるメトルはテティスの前では沈黙を貫いていた。彼女からしてテティスは興味の対象外らしくプログラム通りに動くミニロボに徹していた。普段の姿を知っていると、動きも反応も遅く、文字通りのおもちゃにしか見えなかった。
「ぜひとも、欲しいですわ。」
「はあ、注文は受け付けてますけど。」
「ぜひ。」
だが、テティスのほうは着飾ったミニロボの見た目に興味津々だったらしく、帰還後すぐに大量の注文があった。その影響から、ミニロボとオプションパーツの注文が増えてちょっとではない儲けになったよ。なんだかんだ、彼女の人気も馬鹿にならないということなんだろう。
「ずいぶんと対応が塩だったね。」
「解。彼女には正体を隠していた方が今後有益と判断した。」
「なるほどねー。」
なお、塩対応な理由を後になってメトルに聞いたところ。そんな言葉を返された。
確かにテティス・ビックオーシャンは蚊帳の外にいる方が面白くなる人物だろう。自覚はなかったが、俺もそんなことを思って、あんな対応になっていたのかもしれない。自分の行動の真意なんてものは分からないものだ。
ともあれ、原作のヒロインであるテティス・ビックオーシャンとの邂逅には何の色気も思惑もなく、僅かな儲け話だけを残して幕を閉じた。今世において、リンガット・ビックツリーと彼女が関わることはもうないだろう。
会話に色気がないのは、リンガット君がどこまでも事務的で塩対応だからです。
ともあれ、ここでアフタスペース296年は一区切りです。次回はEX回で人物一覧となります。




