60 アフタースペース296 いざという時に、頼りになるのは女性ということらしい②
クソボンボンVSビックマムなお話です。
能ある鷹は爪を隠すというが、本当に怖いのは笑顔で刺してくる相手だ。
威圧的な相手とか見た目が怖い相手は、要求や行動がわかりやすいので対処を間違えなければ問題はない。敵意なら回避し、要求なら応えられる範囲で応えればいい。タイミングや引き際を間違えなければ、大体の交渉はうまくいく。
笑顔で対面に座るドーリス夫人は、満面の笑み。ほんともう油断ならない相手だ。
「昨日はバカ息子達が迷惑をかけたわね。」
「気にしてませんよ。そういう伝統らしいですし。」
「そう言ってもらえるとありがたいわ。リンガット卿は懐が広いわね。指摘されるタイミングも、こちらの面子を配慮してくれたみたいだし、助かったわ。」
「今後も付き合いがありますから。」
ソファーに座るなり、ドーリス夫人は謝罪と賞賛からスタートし、それを俺は笑顔で受け入れた。これは親としての謝罪であると同時に、ここからは外交だというポーズだ。先の会食の一件や昨日の訪問のグダグダについては、フェイステル様が領主として既に謝罪されている。なのでドゥシュがやらかした事実は消えないし、言い訳を挟む余地はない。ここで、俺が怒りを示したり、何らの要求をしたならばまだ交渉の余地があっただろうが、笑顔で受け入れた以上、この話はこれでおしまい。
ここから必要なのはより建設的な話だ。
「領民へ公開するのはもう少し後になるけど、一時間前に、オーベンは次期領主として正式に指名されました。ドゥシュに関しては政治的な資質はないと我々は判断し、今後はサブコロニーの管理を任せる予定です。今後、リンガット卿やビックツリーと関わることはないでしょう。」
「オーベン様は勤勉な方ですし、コロニー運営にも実直な考えをお持ちの人だと思います。隣人としては頼もしい限りです。」
「そう・・・。本当は、この場で挨拶と思ったのだけど、引き継ぎが済んでないので、後日改めてお時間をいただけると助かるわ。」
「もちろんです。オーベン様とは実のあるお話ができそうです。」
まずは当事者たちの処分。これは妥当なところだろう。昨日の様子からして次期領主にふさわしいのはオーベンで間違いない。やや堅苦しいところはあるが、訪問中の会話も建設的なものが多いし、昨晩調べ直した限りでは、経歴にも目立った傷はなかった。あえて言うなら、交友関係が男性ばかりで、女性の気配がないことだろう。
ドゥシュの扱いについても妥当なものだ。どのサブコロニーかは知らないが、領主関係者が婚姻や引退でもないのにメインコロニーから引っ越しするのは事実上の蟄居、島流しだ。よほどのことがない限り彼が表舞台にでてくることがないだろう。彼の人気を考えれば反対意見がありそうだけど、
「ドゥシュを推していた人達も、これを機会に職を辞される人が多いみたい。領主の代替わりをきっかけに色々な役職で顔ぶれが変わることになるわ。」
「うちも今そんな感じです。」
「まあ、頭の固い人たちは、こういう機会がないと変われないのよ。」
影響力がありそうな人間は、今回の騒動でブタ箱行きだ。ドーリス夫人は取り繕ったが、ドゥシュに協力していたのは、伝統派と言われる現状維持を望む連中だ。ビックオーシャンの過去の功績を誇り、コロニーの繁栄が100年先も続くと信じて疑わず、己の地位と権益が大事すぎる人達。原作では、テティスの政敵となり、改革とともにアフタスペース300年、つまり4年後に粛清される名もなきモブたちだ。
(あれ、もしかして、原作ではドゥシュが領主となっていた?)
ふと思いついたことだが、ありうる話だ。原作でも今回のような訪問があったとして、クソボンボン同士、原作リンガとドゥシュの相性は最悪に最高だったはずだ。子ども扱いに殿様扱いされたリンガットが額面通りにそれを受け取ってドゥシュを支持したことだろう。そして、それを足掛かりにみたいな展開だったのだろうか?
「どうかしたの、もしあれなら休憩しましょうか。」
「いえ、大丈夫です。続けてください。」
原作のチャートを想像して考え込んでしまい、しばしの沈黙となったが、話はまだ終わっていない。
「なら、続けさせてもらうわね。ビックオーシャンとしては、今回の御縁を大事したいの。だから、今後五年間のビックツリー関連の船舶の入港税の免除と取引における2割引きを約束させていただくわ。定期的購入契約の拡大も検討しています。」
そして、大事なのは賠償である。ごめんなさいで済んでいたら、こんな事態にはなっていない。内輪のゴタゴタで迷惑をかけたこと、それに昨晩のちょっかいに対する詫びとして、ドーリス夫人が提案した内容は、破格のものだ。
入港税とは港の使用料ことだ。これを支払うことで、燃料補給や整備などを受けることができる。それを免除するということは5年間の間、ビックツリー関係者は無料で補給や整備を受けることができるということだ。しかも商品が2割引きで商品が買えるとなれば、商人たちは大喜びだろう。
定期購入契約の拡大も似たようなものだ。木材や水などはお互いのコロニーにとって必要なものだ。だからこそ年間で決まった量の取引が決まっている。これが増えれば、ビックツリーは優先的に水資源を回してもらえるし、木材も売れるので収入も増える。
ざっと概算するだけでもとんでもない金額の儲けとなるだろう。
「色々と迷惑をかけたからね。どうかこれで一先ずの手打ちにしていただけないかしら。」
金額の大きさは、今回の一件を婦人たちが重く受け止めていることやビックツリーや俺との今後の関係を大事にしているという意思表示だ。これを受け取り、色々と水に流して今後も仲良くやってきましょう。そういうことだ。
「ははは、舐めてます?」
まあ、受け入れる気などさらさないけどね。金で解決ふざけんな、である。
「・・・あらー、これでもこちらができる限界まで用意したのだけれど。何か足りないかしら?」
ニコニコと笑顔で毒を吐いた俺に対して、ドーリス夫人は首をかしげてすっとぼける。そういうあざとい感じの仕草はドゥシュの母親といった感じだ。まあ、こっちは計算された作為によるものだけど。この人は大事なことをすっとぼけて流そうとしている。
「僕に対する態度はどうでもいいです。立場の近い人間が親しくなろうとして距離感を間違えただけのことですから。今後、改善していけばいいことです。」
先ほども言ったが、今更だ。そもそもとして、交流中のお茶目は、問題にするほどのことでもない。
「ですが、昨晩から僕の部下たちに対する不躾な行為の数々。それに対する謝罪がないのはどういうことですか?」
「うっ、それを言っちゃう。」
「言っちゃいますよ。なんなら、記録をまとめて他のコロニーに調停に入っていただくことも検討しています。」
人の大事な人材に手を出しておいて、その事実を認めないこと、なにより当事者を隠そうとしていることは許せない。あのメンバーを集めるのに、俺がどれだけ苦労したのかわかっていない愚か者は徹底して報復したい。
「それを込みでのあの条件なんだけど。」
「金を積めば誤魔化せる。そうお考えと。」
「いえいえ、そんなことはないわ。ただ、あれよ、お互いに大事にはしたくないじゃない?」
「何のことです。こちらは被害者なんですけど?」
「・・・証拠は残してないと。」
「だから何のことですか?」
夫人しては、こちらのハッキングと情報リークについて、不問とすることで相殺と思っていたのだろう。だが、同じクソボンボンでも俺は証拠を残すようなヘマをしない。状況証拠から俺がやったことは推測できても、すっとぼけられたらそれまでなのだ。
「つまり、お茶目働いた人間への明確な罰則も要求したいと。」
「そうですね。昨晩の一件がビックオーシャンの総意ではないと言うなら、暴走した人がいるってことでしょうし、然るべき対応をお願いしたい。」
「そうね、正義感が暴走した子もいたみたいだし。」
しばしのにらみ合い。お互い笑顔だったけど、夫人の顔はめっちゃ怖かった。そもそも笑顔とは、動物が、威嚇を誤魔化すために表情に緩急をつけることから生まれたそうだ。そんな豆知識を思い出すぐらい、夫人の笑顔は完璧で究極で、肉食獣のようなどう猛さを秘めていた。テーブルを挟んだ距離など一瞬で詰め寄って、俺の首をへし折る。そんな姿が容易に想像できる。
それでも引けない。ここで日和っては、ゼーレ以上に面倒な存在に貸しを作ることになる。
震えそうになる身体を必死に押さえつけて笑顔を張り付ける。ここが踏ん張りどころだ。
「あなた、もうダメよ。流石にもう庇えないわよ。」
「くっ、お前でもだめか。」
そして、それは最良の結果をもたらした。ドーリス夫人はふっと肩の力を抜き、やれやれといった様子で執務中のフィステル様へ声をかけた。
「ごめんなさいね。この後に及んであの人ったら、まだドゥシュを庇おうとしてるのよ。」
「は、はあ。」
「あれだけお茶目かました上に、無茶な引き抜きよ。普通にアウトよねー。」
「そ、そうですね。」
態度が急に変わってより親し気なドーリス夫人。なるほど、笑顔ってこうやって作るのか。
「ええっと。昨晩の話だと、夫人はドゥシュさんを溺愛していると。」
「まさかー、それはあの人とオーベンのことよ。私はそもそもとしてあの子たちが今回の訪問を担当することから反対していたもの。それを伝統だなんだといって、甘やかした結果が昨晩のあれなんだから。まったく、30歳を超えたのに未だに子ども扱いしているからああなるのよ。もう手遅れね。」
「まともだ。」
確認するようにフィステル様に視線を向ける、気まずそうに頷いてからは、顔を伏せてしまった。どうやらマジらしい。昨晩のあの振る舞いも息子を庇うための演技だったと・・・。
「もう、ぶっちゃけちゃうけど、私と主人は、ドゥシュのESPは把握していたわ。だからこそ私は厳しく育てようと思ってたけど、あの人は昔から息子達に甘々でね。結果として、ファンも増えちゃってあんな俗物ができちゃったのよ。」
「俗物って、確かにそうでしたけど。」
解析も真贋判定もいらない。ドーリス夫人は本気で、ドゥシュをダメだししているし、切り捨てる気満々だ。為政者としてこの決断力は見習いたいものだ。
「ほら、アナタ、仕事に逃げてないで、こっちに来なさい。」
「わ、わかった。」
そして夫人は立ち上がり、執務室から動こうとしないフィステル様の腕を掴んで俺の前に引きずってきた。
「この度は、ドゥシュが多大なご迷惑をおかけしてすまなかった。」
「本当に、ほんとーーーに、申し訳ありません。」
そして、夫婦そろってその場で土下座した。罪を認めて頭を下げる。正直に言おう。ドン引きだ。
「責任をもって、フィステルは今回の件が片付き次第引退させて、オーベンに全権を引き継ぐわ。ドゥシュによるアナタたちのへ迷惑行為は、威力業務妨害と偽計業務妨害として扱います、ついでに過去の諸々の罪も公開して法による裁きを下させてもらうわ。数十年は表社会に出てこれないわ。」
頭を下げ続けるフィステル様の横で、顔を起こしたドーリス夫人はどこかすっきりした顔でそう宣言した。ちなみに
「今度こそ、これで手打ちにならない?」
「まあ、そのくらいで。」
うん、引き際は大事だ。俺はここで矛を収めることにした。
こうして、ビックオーシャンの世代交代は、なんとも恥ずかしい幕引きとなった。もっともドーリス夫人がいる以上、その屋台骨が揺らぐことはないだろう。そう思わせるだけの迫力と決断力だった。
リンガット 「めっちゃ怖かった。」
ドーリス夫人「どの口が言ってるのかしら?」
ドゥシュさん終了のお知らせでした。
捕捉
威力業務妨害・・・「威力を用いて人の業務を妨害した場合」に成立する犯罪
例 執拗なクレームや電話、SNSでの脅迫的書き込み
偽計業務妨害・・・虚偽の情報を流布したり、
人を騙すなどの手段で他人の業務を妨害した場合に成立する犯罪
例 無言電話や大量のいたずら注文を行う
リンガットやビックツリーの人員に対してのなので、本来は公務執行妨害なのですが、それをするとガチ目の政治問題になるので、さりげなくドーリス夫人は、言葉を選んでいたりします。




