56 アフタースペース296 思った以上に悪辣でした。
カナデ達への接触、その意味とはなお話。クォータさんの存在を覚えている人はどれくらいいるのか・・・。
(会食2時間後 アーテムブリッジ クォータ・ノート視点)
アーテムはビックツリー自慢の最新鋭機だ。建造されてからもう1年以上経つが、日進月歩なこの世界でも、航行速度や居住性についてはどの船よりも優れている。そして何より速く、早い。
「クォータさん、また、報告が。」
「はいはい、お疲れさまです。すぐに確認します。」
アップデートされ続ける観測機器とプログラムによって構築されたシステムは、周囲の情報を収集し精度の高いマッピングが行われている。また、アーテムの乗員は、次期領主であるリンガット様が直々に集めた人員で、仕事熱心な人が多く、目的地への移動や報告がともかく早い。
そのため、アーテムのブリッジには常に最新情報が更新され、膨大な情報が集まってくる。それを確認し、必要な部署に振り分けるのが副官を任されている私の仕事だ。
「クォータ、リンガット様の護衛はどうなっている。」
「それなら、フィグールさんたちにお願いしてあります。ちょうど手が空いていたそうで、既に現着していますよ。」
「なるほど、適役だな。」
ここで気をつけないといけないのはバランスだ。懐の広いリンガット様は、軍属や民間の船乗りだけでなく、スラム出身者からも乗員を募られた。出自ではなく能力や性格で選ばれたそうだが、出自の違いというのは、無視できる問題ではない。規律や階級を意識する軍属出身者と実力主義の船乗り、それまで日の目を浴びることがなかったスラム出身者の間では、価値観からして違う。それこと船の運用当初は様々な問題がおこり、乗員同士の衝突も多かった。
艦長に任命されたのが、スラム出身のアルだったことを気にする人間もいた。だが、生粋の船乗りであったあの男は仕事はきっちりしていたので、表立って、文句を言うやつは少なかった。
まあ、表立って言えない愚痴や不満を聞いていたら、俺まで信用されるようになったのはおどろいたけど。そもそもとして、リンガット様を尊敬しているという点に関しては共通しているので話せばわかるというやつである。
そんな仕事熱心な彼らの情熱をそぐことなく、適切に情報や仕事を振り分けるのは骨が折れる。
「クォータさん、観光中の乗員にまたしても接触があったって。」
「接触があった人は引き上げさせて、通信は切らないで位置情報の更新は適宜おこなってください。あと、定時連絡は徹底し、万が一にも不心得者がでないようにしてください。」
「くそ、なんなんだ、こんな横紙破り。」
「まあまあ、落ち着いてください。それだけ我々が上げた功績が大きいということなんですから。リンガット様も理解されているから、警戒されていたわけなんですから。」
「そ、そうですね。クォータさんがそう言うなら。」
気づけば、アーテム内の仲間意識はすごく高くなった。なので、裏切りや内通者は疑っていない。代わりに手綱はしっかりと握っておかないといけない。船を中心として人間関係が構築されるのは船乗りの習性のようなものらしいが、仲間や船が舐められたときに、過剰に反応するのは、味方でもちょっと怖い。うまいこと宥めておかないと今すぐにでも殴り込みに行きかねない。ミキサーという便利すぎる兵器があるのもあって、マジでやりかねないのが何人もいる。
「しかし、これはまたひどい話ですね。」
「舐められてます。」
上がってきた報告を精査しリンガット様へと送るのも私の仕事だ。そこには要約することも含まれる。その作業中、見たくもないのに見えてくるのは相手の無礼っぷりだ。
今、まとめているのは、ビックオーシャンを観光中の乗員たちへの接触、ぶっちゃけるとスカウトなのだ。観光中に話しかけられる、あるいは会食中に言質を取ろうとする事案が、この時点で結構な数にのぼってきている。手段は様々で、何気ない風を装って話かけてきた相手がスカウトだったとか、軍服のお偉いさんが部下を引き連れて話しかけてきたなど様々だ。中にはミキサーを置いてある港のドックで待機する乗員へ直接押しかけてきた連中もいたらしい。
報告をざっと見っている限り、手当たり次第といった感じだ。節操がなさすぎる上に、ここ2時間ほどで、一斉に行われているあたり計画的だ。事前準備してあること、相手側のお偉いさんの指示によるものは明らかだ。
そのあたりの推測を添えて、報告をするが、その間も細々した苦情がくる。
尾行されているようなので、一端船に戻る。喧嘩になりそうなので、船に戻る。接触を避けるために宿で待機する。などなど様々であるが、ほとんどが交代や増援の要求である。おかげ、人員の再配置でこちらは大忙しである。
「これが警備を手薄にさせるための謀略なら恐ろしいですね。」
「そうですか、面倒ではありますが対応は可能ですよ。」
「いやいや、恐ろしいのはリンガット様の予測ですよ。」
「は、はあ。」
事前のミーティングと演説でリンガット様はこの可能性を語っておられた。それは言葉だけにとどまらず、管理体制を確認し、人員の配置に余裕を持つように指示まで出された。客人である彼が船の運用に口を出すのは、いささか失礼な話であるが、他ならぬリンガット様の言葉であり、無理のないレベルの話だったので、我々はそれに従った。
結果として、ちょっとした混乱にも慌てず、私達は対処できている。
「先方への対応はリンガット様が直々になされるそうだ。我々はオーダー通り、朝までミキサーや船に人を近づけないことに集中しましょう。」
「そうですね、リンガット様のことですから。」
「リンガット様だからな。」
そして、この信用である。留守番役として今夜は徹夜になりそうだが誰も文句は言わなかった。
昼行灯、影が薄い。など言われる私だが任された仕事をきっちりしよう。その上で余計な事はしないし、目も向けない。いにしえの言葉にある。「見ざる聞かざる言わざる」というやつだ。
(会食終了後 ゲストハウス リンガット視点)
ゲストハウスに戻った俺は、クォータさんから届いた報告を見ながら、改めて相手の異常さに頭を抱えていた。
「なにこれ、馬鹿なの?」
「肯定。効率がいいとは思えない。」
空中に投影したモニター映るのは、うちの部下たちへのアプローチの数々。アルさんや高官同士の会食の場での雑談に、食事中の末端職員への勧誘。場所も相手も手段もバラバラ、ともかく手当たり次第にアーテム関係者に声をかけてスカウト、あるいは情報提供を打診している。
留守番していたメトルとともに、それらを整理していくと、そのカオスっぷりがよくわかった。
あえてまともだったのは、カナデ達への交渉だろう。シャープチームへの調査はかなり深堀りされ、準備もしっかりされていた。それでいて、他がかなり強引なアプローチである中、ひげ面の少将の交渉は、次につなげることを目的とした手堅いものだった。これだけは異質、あるいは毛色の違った本気度を感じた。
「カナデ達のところには少将。アルさんのところには官僚クラスのお偉いさん。と思ったら、整備士のところへきれいなお姉さんによるハニトラかあ。」
「興味。これは交渉の教本にできる。」
「ははは、言えてる。」
多種多様の交渉。メトルの言葉どおり、これらの事例をまとめれば交渉術の教科書にできるレベルの多彩さだ。実害がなければ俺も本気で笑っていただろう。
これの厄介なところは、バラバラ過ぎて裏が追えないことだ。
交渉が行われたのはここ2時間ほど、俺がオーベン達と会食をはじめたタイミングだ。誰かが裏を絵を描いているのは確かだ。だが、動いている人間の立場や方法がバラバラ過ぎて、黒幕やその意図が見えてこないのだ。それこそ、すべての裏取りをするにはリソースが足りない。
「リンガット様、警備にあたっていたフィグールたちから連絡がありました。不審者を数名捕らえたとのことです。」
「適当に事情聴取したら、逃がしていいよ。」
「・・・よろしいので。」
「うん、こちらが警備をしていただけという証拠を残せればそれでいいよ。深追いは必要ない。」
そして、交渉ラッシュに紛れて行われる諜報活動。これがまた厄介だ。マニュアル通りに交渉の裏取りに動いていたら対処が間に合わなかっただろう。いや、現時点で対応はギリギリである。血の気が多く仕事熱心な部下たちが暴走しないように手綱をしっかりと握っておかないと、面倒な事になるだろう。
「人海戦術でくるとはねー。」
「リンガット様が予測していなければ混乱していたでしょうね。」
関わる人間が多すぎて黒幕が誰か追いきれない。この一点に関しては素晴らしい手際だ。
だが、外交としては、悪手中の悪手である。
あいさつ代わりの賞賛やスカウト、雑談レベルの情報漏洩というのはコロニーの間の交渉であれば黙認レベルだ。いちいち、毛を逆立っていたら器の小さい為政者と思われるだろう。
だが、今回の件は明らかにやりすぎである。ここまでの報告書を現領主であるフィステル様に叩きつければ、両者の関係に致命的な溝を作ることになるだろう。他のコロニーからの信用も失墜、責任問題でフィステル様は解任、息子達もただでは済まないだろう。他のコロニーやどこぞの組織がビックオーシャンを攻撃するために仕掛けた謀略と考えたほうがまだマシだと思う拙さだ。
「俺たちが、大事にしないだろうって楽観なんだろうね?」
「理解困難。これだけのことをして?」
「そうするのが、割といい手なんだよ。」
しかし、うちが黙認した場合、ビックオーシャンにはそれなりに旨味がある。
仮にこれら交渉がうまくいった場合。ビックオーシャンは、多くの批判や信用失墜と引き換えに、二足歩行ロボットのノウハウや優秀なパイロットを獲得できる。そして、みすみす部下を奪われた俺の立場も悪くなるだろう。善悪や筋道以前に、人の心を掴んでいられなかったという事実は、領主として無能と言われるに充分なレベルだ。さらにここで俺が騒いだ場合、器の小さい男だ、そもそも交渉下手など、色々と言われてしまうだろう。ビックオーシャンが失うものと比べると些細なものであるが、そんな損をするぐらいなら歯を食いしばって我慢する方が得。今は、そういう塩梅なのだ。
「得るものがあれば、もう少し動けるんだけどねー。」
ここで、この謀略に勝ったところで得るものがなさすぎる。ビックオーシャンの立場を考えれば、強気な要求は出来ない、精々引き出せて交易の融通ぐらいだろう。そもそも、統治制度が崩壊するかもしれないとなれば、他のコロニーも黙っていない。そうなると俺やビックツリーが悪役となって攻撃される可能性だってある。黒幕の個人が特定できれば、まだやりようはあるが、ビックオーシャンそのものに責任を問うのは、メリットとデメリットの収支が悪すぎる。
「理解、推測。これらの行動は楽観による無謀。黒幕は根拠なき自信家。」
「だろうね。」
黒幕は部下たちの引き抜きの成功を疑っていない。もしかしたら俺の部下であるよりもビックオーシャンに所属したほうが、部下たちは幸せになる。そんなことを思っているかもしれない。
そして、そんなあほな事を考える人物には1人だけ心当たりがある。
「うん、これはもう、手加減する必要ないね。」
何もできない?収支が悪い? それは今回の件に限ってのことだ。
喧嘩を売っていいのは、売られる覚悟のあるやつだけだ。あと、関係なくてもこの事態を防げなかった時点で、ビックオーシャンの領主一家は傲慢がすぎる。
そろそろ、その傲慢のツケを払ってもらうとしよう。
「メトル、カウントを呼んでもらえる。ちょっと楽しい事をしよう。」
「英断。仲間外れにした場合、アレは拗ねる。」
電子精霊同士の独自のネットワークで、カウントを呼んでもらい。その間を準備をしておく。。
「スーザン、しばらく、いや、朝まで部屋には誰も近づけないでね。そのための離席も許可する。」
「了解です。お任せください。」
スーザンに人払いを頼みつつ、荷物からパーツを取り出して組み立てる。用意するのは俺用にカスタムした情報端末。ハードもプログラムも特注したカスタム仕様で、小型船が買えるレベルの高級品だ。
こんなこともあろうと思って準備しておいてよかったよ。
クォータ 「マニュアル通りにやっています。だから、みんな大人しくしてね。」
部下たち 「がるるるるる(喧嘩なら買うで)」
リンガット「やーめーてーねー。」
大規模な引き抜き交渉という、嫌がらせもとい謀略。それに対するリンガットのカウンターはどのようなものなのか。次回をお楽しみに。
次回リンガット様の反撃です。




